11.一つ目巨人 前
アルトゥンベックは大鉞を一閃させてタパに向けて振り下ろされた一つ目巨人の棍棒を横へはらうとその間へ強引に割り込んだ。そのまま撃ち合いの乱戦に持ち込んで一つ目巨人の突進を牽制し足を止める。アルトゥンベックの11人の息子たちが剣を抜いてその周囲を包囲した。アルトゥンベックは一つ目巨人と互いの得物を撃ち合いながら背中越しに指示を出す。
「姫さんを後へさげろ」
その声をきいてはっと顔をあげたクルセウスがわたわたと走り寄ってタパを抱えあげると全速力で逃げ出した。タパを抱きかかえて一つ目巨人から距離をとったまま洞窟の入口付近でぼーっと突っ立っていた三人の修行僧の背後に隠れる。心配そうに顔を歪ませたクルセウスは岩陰にタパを寝かせると慎重に容態を窺った。どうやら骨が折れたり大きな裂傷を負ったりはしていないようだが、叩きつけられた時の打ち所が悪かったようで呼吸が浅い。
「……大丈夫」
タパは気丈に躰を起こそうとして激痛に顔をしかめた。クルセウスが肩を押さえてタパを止める。
「起きちゃダメです」
「……王家への忠誠に感謝する。頭でっかちの腰抜けかと思っていたけどやるじゃない。助かったわ」
「戦闘の得意不得意と勇気のあるなしは別の問題ですから」
タパは起き上がることを諦めてクルセウスに促されるまま地面に躰を横たえ力を抜いた。三人の修行僧たちがあきれたようにタパの顔を覗き込む。
「やれやれ、こっぴどくやられたのう。あちこち打撲して筋を違えておるようじゃ。どれ診てやろう」
修行僧たちはタパの打撲を負った個所を手分けして撫でさすり整えていく。
「あちこちひどく打ち付けられて気の流れが塞がっておる。こうして整えていけばじきに呼吸も落ち着くだろうて」
「気?」
戸惑ったタパが修行僧たちに尋ねた。修行僧たちは手を休めず厳かな声で答える。
「万物が流転し世界を進行させている兆しのことじゃ。あんたの躰の中も様々なものが巡ってその命を保っておる。目を閉じて感じてごらん。息や血が躰の中を巡り脈打つのがわかるじゃろう」
タパは目を閉じて意識を自らの躰の奥深くにまで沈ませた。そういえば黒魔術の修行をはじめた頃は自分の魔力を探るためによくこうしていたっけ。最近は大技ばかりどっかんどっかん連発していたからそんな感覚忘れていたわ。
呼吸する音。血が体内を流れる気配。あちこち打ちつけられてできた傷が炎症を起こして発する熱。自らの躰を確かに意識する事で少しずつ気持ちが落ち着いて呼吸が安定してくる。
「わしらが探しておる偉いお坊様が天竺へ取りに行っているありがたいお経にはそうした世界の真理が書き記されているのだそうな」
「あなたたちは怪我人の治療もできるの?」
「われわれは戒律を守り日頃から修行を重ねているからの。やってできぬことはない」
あたたかな修行僧たちの手がタパの打ち身でこわばった躰をほぐしていく。タパは介抱に身を委ねることにして目を閉じた。
タパの影から解き放たれた闇の眷属たちは全力をあげて瘴気を吐きだし牙や鉤爪で攻撃を繰り返しているのだが、どうやら多少の傷や腐食など気にもしない鈍感で頑丈な一つ目巨人には効果が乏しいようだった。力業であらゆるものを薙ぎ払う一つ目巨人はでろでろのぐちゃぐちゃな闇の眷属たちにとって相性が最悪なようで、必死に一つ目巨人の躰に巻き付いては攻撃を仕掛けるものの半ば幽体、半ば腐食した流体のような軟かい躰では容易に引きちぎられてしまいその動きを抑えることすらままならない。タパの魔力が続く限りいくら引きちぎられようが再生されるとはいえ決め手を欠いていることは否めなかった。
逆に距離をとって包囲していたアルトゥンベックの11人の部下たちは一つ目巨人の攻撃と同時にタパの闇の眷属たちの瘴気だの牙や鉤爪だのの攻撃に巻き込まれないよう警戒しなくてはならず、うかつに踏み込めないもどかしい状況に陥っていた。実際一番近くで一つ目巨人と対峙しているアルトゥンベックの躰には一つ目巨人の攻撃による負傷より闇の眷属たちの攻撃のとばっちりを受けて負った傷の方が多い。
「姫さん、意識があるようならあんたのでろでろでぐちゃぐちゃの化け物をひっこめてくれ。邪魔くさくって攻撃しづらい」
アルトゥンベックがタパに向けて叫んだ。タパはクルセウスに支えられて半身を起こすと闇の眷属たちにアルトゥンベックの部下たちが作る包囲の外まで下がるよう命じた。退いた闇の眷属たちに代わってアルトゥンベックの11人の部下たちが前にでる。
「俺がこいつの動きを止めるから、お前たちは距離を取りつつ隙を見て交代で斬りかかれ。指先から少しずつでいい。徐々に四肢を斬り落とすんだ。出血を強いろ。筋を断て」
アルトゥンベックは部下たちに檄を飛ばすと自ら今までに倍する勢いで大鉞を振り回した。一つ目巨人に比べればふた回りほど小さいとはいえ、人類の中では人並外れて大柄で鍛えあげられた肉体を持つアルトゥンベックが繰り出す攻撃を一つ目巨人が受けきれず持て余す機会が多くなってきた。アルトゥンベックが一つ目巨人の棍棒を大鉞で横にいなした瞬間、泳いで流れたその右手に部下のひとりが鋭く剣を突きこんで親指を斬り落とした。戦果をあげたのは前日タパに慇懃無礼な態度を取った例の年嵩の『息子』だ。
親指を切り落とされた一つ目巨人は手から棍棒を取り落とすとつんざくような怒声をあげた。あわてて四つん這いになって棍棒を拾おうとする。だが何度も取り損なっては棍棒を落としてしまう。おそらくは知能が低いので親指を失ってしまった右手では棍棒を握ることができないのだということが理解できないのだろう。困惑して跪いたままもがく一つ目巨人の背後から息を殺したふたりの兵士が忍び寄って両足の足首に斬りつけるとその腱を切断した。
激高した一つ目巨人は立ち上がろうとしたのだが足首の腱を断たれてはそれも叶わず転倒した。歩くことも棍棒を持ちこともできなくなった一つ目巨人は咆哮し膝立ちのままでたらめに両の手を振り回す。その勢いは暴風雨のようでこうも無秩序に暴れられては近付くことさえままならない。アルトゥンベックの部下たちは再び距離を取っての包囲にも戻った。
「これでいい。このまま一つ目巨人の出血を強いつつじっくり時間をかけていけば勝利は必ず俺たちの方へ転がり込んでくる」
アルトゥンベックが吼えた。11人の部下たちが「おう!」と応える。しかし戦況は一つ目巨人の命が絶えるのが先かアルトゥンベックたちの体力が尽きるのが先かという予想もつかない消耗戦に向かっていた。
三人の修行僧たちの介抱で呼吸が落ち着いてきたタパはよろよろと立ち上がった。包囲の外側で待機させられていた闇の眷属たちが指示を求めてタパの周囲に集まってくる。タパの傍らにいたクルセウスがおぞましい化け物に接近されて「ひぃぃっ」と息を呑んだ。
とはいえ黒魔術の修行と蛮族王との正面きっての戦いというそれしか人生経験のないタパには戦況がどうなっているのか、自分が今何をすべきなのか判断する術がなかった。困惑したタパが救いを求めて三人の修行僧たちに顔を向けると、修行僧たちはタパににっこりと笑いかけていった。
「どれどれ、姫君の容態も安定したようだし、わしらも加勢することにするかのう」
「どうも攻撃が一途すぎるようじゃ。あれでは怒らせてもっと厄介なことになりかねん」
「追い詰めすぎるから暴れるんじゃ。あの大男は攻撃は的確で見どころもあるが、いささか不器用なようじゃのう」
三人の修行僧たちが頷きあって荒れ狂う一つ目巨人にゆるやかに飄々と近付いて行った。
「ちょ、ちょっと!危ないわよ!あなたたちは天山山脈の向こう側の世界のどこぞの教団で修行をしてたんでしょ?戦う人ではないじゃない!」
タパが制止するが修行僧たちは気にとめる素振りすらなく平然と一つ目巨人に近寄ると、荒れ狂うがごとく振り回される拳をひょいひょいと避けながら掌底を連発して打ち込んで一つ目巨人を弱らせその動きを封じこめ始めた。
「え?強っ!あなたたち、どこぞの教団の学究の徒じゃなかったの?」
タパの問いに三人の修行僧たちはにっこりと笑って答えた。
「われわれは戒律を守り日頃から修行を重ねているからの。やってできぬことはない」
「さあ、これからは持久戦だ。一つ目巨人がくたばるのが先か、俺たちが力尽きるのが先か。お前らに限ってこの期に及んで後れを取るようなヤワな鍛え方をしてる奴はいねぇだろうな」
アルトゥンベックが大鉞を振るいながら高笑いする。息つく間もなく戦い続けているというのに息を乱す気配すらみせない。返り血を浴びて真っ赤になった顔を綻ばせ、大鉞から血を滴らせながらアルトゥンベックは戦場で陽気に振る舞う。「おう!」とアルトゥンベックの部下たちが応じた。体力は消耗させているがその戦意に衰えはない。果てしないような時間が流れ、それでもアルトゥンベックや3人の修行僧たちが打ち込んだ結果生まれた隙を見定めて数を頼りに連携のとれた一撃離脱の攻撃を執拗に繰り返す。逆にさしもの一つ目巨人はその足元におびただしい血だまりを作るほどの出血を強いられて動きが鈍くなってきた。
「よぉぉぉし!畳みかけるぞ!姫さん、あんたの化け物で一つ目巨人を牽制できるかい?それから目だ。あのバカでっかい一つ目を狙え!隙さえ作ってくれたら俺がとどめを刺す!」
「はい!」
タパはアルトゥンベックの指示を受け、夢中で闇の眷属たちに命を下した。闇の眷属たちが一斉に一つ目巨人の手が届かない距離を飛び交いつつ翻弄する。同時にタパは自らの魔力を練り上げ『地獄の業火』と『暗黒の嚆矢』と『虚無の雷撃』という自慢の黒魔術をみっつ同時に発動させて一つ目巨人の眼を焼いた。タパの集中攻撃で眼を焼かれて視界を奪われた上に周囲を飛び交う闇の眷属たちの気配に翻弄され、その低い知能では状況を判断しうる許容量を完全に超えてしまった一つ目巨人は思考を停止し困惑したように天を仰いで一瞬その動作を止めた。そこへ電撃のようにアルトゥンベックが大鉞を振りかざして突進する。
ザン!
アルトゥンベックの大鉞の一振りで斬り飛ばされた一つ目巨人の首が天高く舞った。
一つ目巨人の首が落ち、その躰がゆっくりと大地に崩れ落ちると、三人の修行僧たちがすかさずその背中にとび乗ってポーズを決めた。




