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東の森の破壊神  作者: たけぞう


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11/13

10.天山山脈 後

 天山山脈を登りながらタパはクルセウスとだらだらと話していた。

「姫様は蛮族王の顔を見たことがあるんですよね?」

「あるわよー。え?っていうくらいさえない感じのとくに特徴のないおっさんだったわ」

「それで、やっぱり蛮族王の眼ってひとつなんですか?」

 昨日ムスカリ商会からきた一行に紛れ込んでいた3人の修行僧たちに天山山脈の向こう側の東の帝国から旅をしている偉いお坊様を探すよう頼まれて農場から人を割いて捜索隊をだすことになった。今回はムスカリ商会から来たばかりの従業員に農場の仕事を教えなくてはならないためラウルと破壊神とチャーリーは農場に残ることに。することがなくて暇なタパとその博識を買われたクルセウスと3人の修行僧、そしてアルトゥンベックと彼が率いる11人の息子たちで捜索隊を編成して出発してきたのである。とはいえどこを探すというあてがあるわけではなく当面漫然と森を抜け山を登るばかりなので退屈してきたタパはクルセウス相手におしゃべりが止まらない。

「眼がひとつ?そんなことあるわけないでしょ。ちゃんとふたつあったわよ」

「そうなんですか。じゃあ一つ目族じゃなくて食人族の方かな。でも食人族は大昔に奇妙な病が蔓延して衰退したって伝承されていますし……」

「食人族?奇妙な病?なにそれ?」

「シルウェストリス王国の北には1000年ほど昔、食人族と一つ目族が住んでいたという伝承があります。食人族には一族の先達が死んだ時、その死んだ人間の肉をみなで食べて亡くなった偉人の力を相続するという習慣があったそうです。それはそれは強かったそうで最初は戦争で負けなしと恐れられていたのですが、次第に一族の中で躰が震えてまっすぐ歩けなくなったり明晰に言葉を発することができなくなったりする奇妙な病を発症する者が増えはじめたんだそうで、次第にその姿を見ることもなくなってしまったとか」

「なんの話?」

「わたしの祖先が住んでいた世界文化の発祥の地である島々で1000年ほど昔に書かれた世界の歴史について書かれた本がありまして」

「1000年も前なんてそんな昔に文字や本があったの?このあたりではまだ破壊神が暴れていた時代じゃない」

「ありました。わたしたちの民族は遥か昔から著作や思索、弁論に秀でていたのです」

「そんな優れた民族の出自なのになんであなたははるばる遠いシルウェストリス王国で小役人なんかをやっていたのよ」

「我が民族には日常的に鍛錬を積むことを美徳とする勇猛果敢な戦士たちの島もあったそうなのですが、総体的に見ると文弱に流れる傾向がありましてね。そこで半島において新たに台頭してきた帝国の侵攻を受け、併呑されてしまいました。その帝国はわたしと同じ肌の色が白い民が統治していまして、法理と土木事業や軍事に優れその後大帝国に発展します。今もある北西の帝国はその末裔ですよ」

「ふーん」

「この北西の帝国は歴史的に南西の帝国と何度も戦争を繰り返していました。わたしの先祖も何度目かの戦役で兵士として動員されまして、負けて捕虜になって南西の帝国に連れていかれてしまったのです」

「あー、あなたって見るからに戦闘には向いていない感じだもんね。ご先祖様もそうだったのかな」

「でしょうねぇ。その南西の帝国は火の神を崇める教団の肌の色の濃い民族によって統治されていたのですが、そこで捕虜になって以来わたしの家族は代々奴隷として働かされておりました。ところがつい最近この南西の帝国で新たな唯ひとりの神を信仰する教団が勃興いたしまして火の神を崇める教団の王朝を打ち倒すという政変が起きました。その余波でわたしたちを支配していた奴隷主は殺され、混乱に乗じてわたしの父は家族を引き連れて南西の帝国から逃げ出してシルウェストリス王国のあるこの地に辿り着いたのです」

「そうなんだ。なんか瞳の色が薄いし、髪の毛が穀物のひげみたいな色でわしゃわしゃまとまりが悪くて変わっているなーと思っていたら、そういう事情だったのね」

「タパ様の髪はまっすぐで黒くて美しいですからね」

「まあ、そんなことどうでもいいけど」

「奴隷の地位に堕とされてはいましたがそんな暮らしの中でもわたしたち家族は民族の誇りを守るべく可能な限り文化を伝承しようと努力してきました。祖先たちの著した書物を断片的ながらも収集し知識を蓄えることに余念がなかったのです」

「だから珍しもの好きのお父様……シルウェストリス国王の目に留まった、と」

「まあ、そういうことです。そこで世界文化の発祥の地である島々で1000年ほど昔に書かれた世界の歴史について書かれた本には北西の帝国と南西の帝国の間に海のような大きな湖があるということと、その周辺に食人族と一つ目族というふたつの蛮族が住んでいたと記されていたことを思い出したのです。まさに蛮族たちが攻めてきたシルウェストリス王国の北にあたる方角についての文献です。この食人族か一つ目族がシルウェストリス王国に侵攻してきた蛮族たちの正体ではないかとわたしは推察しておりまして」

「だから蛮族王には眼がふたつあったってば。蛮族たちが王都を占領してからシルウェストリス王国の民を食べたって話もきいたことないし。食人族とか一つ目族とかよく知らないけど、普通の人間に見えたわ。だから勝てると思って戦いを挑んだんだけど」

「そうなんですか?本当に普通の人間でした?」

「うーん。……だと思ったけど。そこまでいわれると自信ないかな」

 シルウェストリス王国を攻め滅ぼした蛮族たちの正体か……考えたこともなかった。タパは沈黙し考えに耽った。

 そもそもシルウェストリス王国は北西、南西、東のみっつの帝国から遠く離れた空白地帯にある小国だ。それくらいは知っている。天山山脈の雪解け水という天然資源に恵まれた豊かな土地ではあるものの、どの帝国からもあまりに遠い僻地にあるために遠征して領土に組み込み直接統治することに苦労するよりは土着のシルウェストリス王族に任せて交易の補給地として利用する方が合理的だと判断されあえて見過ごされてきたようなふしがある。掠奪を目論む盗賊団に攻撃されたり資源の権益をめぐって近隣の諸民族と小競り合いになったりすることは頻繁にあるが、王国の根幹を揺るがすこれほどまでに大規模な侵攻を受けたことは歴史上ない。それは王国を訪れる者たちにとってシルウェストリスで補給を受けられなくなって困るのが他ならぬ自分たちであることがわかっているからだ。

 それなのになぜ蛮族たちはシルウェストリス王国へ侵攻し滅亡させることを選択したのか?略奪と移動を常とする蛮族たちでは王国を乗っ取ったとしてもこれまでシルウェストリス王国が担ってきたような交易の要衝としての役割を果たすことなどできまい。果てしない草原や荒野、そして砂漠に囲まれた厳しいこの気候風土でシルウェストリス王国からの豊かな水や食糧物資の供給を失えば近い将来自らの頸を絞めることになることは自明の理だというのに。

(蛮族だからそこまで考えが及ばないのか?)

 まさかね。蛮族であるからこそ、生きるために必要な問題には慎重かつ狡猾であるものだ。たとえ対立し戦争中であってもいろんな民族がシルウェストリス城下のバザールを利用しその豊富な物資に依存してきたことは間違いない。それなのにシルウェストリス王国を滅ぼしてこれからどうやって生きていくつもりなのか?

 クルセウスが遠慮がちにタパへ声をかけた。

「蛮族たちについてはただ憎むばかりでなく、もっと調べて知らなくてはいけないことが多そうですね」

「……」

 タパは答えない。足下を見つめながらただ歩き続ける。


   ※ ※


「もうすぐ森が尽きる。森林限界を越えるぞ」

 先行していたアルトゥンベックが声をあげた。標高が上がってもはや木々が育つことすらできない高さにまで登ってきた。夏なのにどこか肌寒く吐く息が薄くなってくる。広大な東の森が途絶え天山山脈のごつごつと険しい岩肌があらわになってきた。

「さて、3人のお坊さん、どこを探せばいいのかね?」

 アルトゥンベックが問うと3人の修行僧たちは飄々と答えた。

「さあのう?わしらは山脈のこちら側には土地勘がないもんでな。むしろこの地に生きる貴殿らに聞きたい。どこを探せば見つかると思う?」

「おいおい。雲をつかむような話だな。そんなあやふやな」

「そもそもその偉いお坊様が天山山脈を越えてこちらへ来たと決まったものではないしな。わしらは万が一こちら側に迷って来てしまった時のために派遣されただけじゃ」

「万が一の話かよ。ますますどうやって見つけりゃいいんだよ、そんなの」

 アルトゥンベックは天を仰ぐと改めて『11人の息子たち』に指示を出した。

「これより広域捜索に切り替える。3人ずつ組になって四方にわかれ痕跡を探せ。何か発見したら深追いせずに呼子を使い報告せよ。いかなる場合も対処は集合してからだ。タパ様とお坊さんたちはここで待っていてくれ」

 アルトゥンベックはいい終えるなり巨大な鉞を背負い直して自らも息子という名目の部下を引き連れ捜索に去っていった。


 残されたタパは退屈でしょうがない。もともとただ待つことは苦手だ。修行僧たちにひとりひとり根掘り葉掘りと生い立ちをきいては暇を潰していたが、一刻ほどして探索にでていたアルトゥンベックの部下たちが戻るとたちまちそれに喰いついた。

「報告します。ここより東側へ1リーヴのところに足跡を発見しました」

「あら、早かったじゃない」

「ただ、その足跡が通常のものに比べると2倍くらいの大きなものでして、果たしてお探しの一行のものかどうかは……」 

 口ごもる部下のひとりの言葉に修行僧たちは喜色をあらわにした。

「おお、それこそまさに偉いお坊様御一行の足跡かもしれん。その偉いお坊様がお供に連れている猿は妖術に長けているそうでな、大きくなったり小さくなったり分身したりいろいろと変化できるそうじゃ。きっとその猿の足跡なのだろう。よし、追いかけよう」

「判断を急ぎすぎるのはどうかと思われます。その足跡はどうやら怪しげな洞窟に続いているようです。待ってください。今呼子でアルトゥンベックの親父を呼びます」

 部下ひとりが呼子を吹いた。甲高い響きが天山山脈の寒々しい岩肌を吹き抜ける。応じる笛の音が遠くから返ってきた。

「呼ぶのはいいけど、待たなくていいわよ。そこに何かがあることは確実なんでしょ?だったらわたしたちで踏み込みましょう」

「いえ、ここは親父の指示を守り人が揃ってから行動すべきです」

「まどろっこしいわねー。いいわ。あなたたちこそここで待っていて。ちょっとわたしが見てくるから」

「いえ、姫様を危険な目に遭わせるわけにはいきません。何があるかわかりませんから。そうまで仰るなら我々が見てまいりましょう。姫様はどうぞここでお待ちください」

「えー?あのね。わたしは黒魔術を極めていてあなたたちよりずっと強いのよ?なんでわたしが待つのよ」

「お願いします。そうでないと我々は職務を全うできません」

 アルトゥンベックの部下たちはタパたちを洞窟の入口まで案内した。決死の表情を見せここで待つようにタパたちに懇願すると自分たちは慎重に中へ入っていく。

「じきアルトゥンベックの親父がきます。そうしたら状況を説明して指示を仰いでください」


 そうまでいわれてはタパたちは洞窟の前で待たざるを得ない。アルトゥンベックの部下たちが洞窟へ足を踏み入れるのを見てタパたちが緊張感の欠片もなくそれではまた休憩しましょうかと腰を降ろそうとした。しかしその瞬間、洞窟の中から緊迫した声が響く。

「うわっ!なんだこいつは」

「落ち着け!こいつは近接攻撃しかしない!距離を取るんだ!」

 あわてて洞窟からとびだしてきたアルトゥンベックの部下たちを追って緑がかった褐色の肌をした一つ目の巨人が姿を現した。人間にしては大柄なアルトゥンベックと比べてもふた回り以上は躰が大きい。異様な光を放つ大きな一つ目の上には一角獣のような長い角が生えていた。

「一つ目の巨人?キュプロス?」

 クルセウスが興味半分恐怖半分といった声でいった。

「なんでこんな化け物がシルウェストリス王国の領内にいるのよ?」

 タパが叫ぶ。クルセウスがいち早く遠くの物陰に身を隠しつつ答えた。

「さあ?太古の昔、神話時代からこのあたりにに住みついていた一つ目族の末裔か、それとも蛮族が侵攻のために連れてきたのか」

「まさかこの化け物が探してる偉いお坊様とかいうんじゃないでしょうね?」

「さて、お坊様にも猿や豚や河童にも眼がふたつあるはずじゃがのう?」

 修行僧たちが首をひねる。アルトゥンベックの部下たちはタパたちを守るべく警戒して距離を取りながら一つ目巨人に応戦する。

 タパはクルセウスにいった。

「あんたねー、主君を放り出して自分だけ隠れてんじゃないわよ」

「わたくし、戦闘は得意ではありませんので」

「太古の昔からってどういうこと?」

「破壊神がうろついているせいでこの東の森に足を踏み入れる人間はほとんどいませんから。神話時代の化け物が人知れず昔から隠れ住んでいても不思議ではありません。こいつはその末裔かも」

「ああ、もう面倒くさい。いいわ。わたしが地獄の業火で焼き尽くしてくれる!」

 タパは短く鋭く詠唱した。たちまち一つ目巨人の躰のあちこちから黒い炎が立ちのぼる。だが勝利を確信してドヤ顔をきめこんだタパは次の瞬間目を疑いその表情を凍らせた。

「……え?」

 効いていない。どんな化け物でも地獄の業火にその肉体を焼かれれば苦痛に悶えて戦闘不能になるはずなのに。一つ目巨人は煩わしげに立ち上る炎を払うばかりでその動きを止めない。どういうこと?こいつには黒魔術が効かないのか?混乱したタパは自身の影の中に潜む闇の眷属を呼び起こし一斉攻撃を命じた。タパの影から闇の眷属たちがでろでろぐちゃぐちゃと解き放たれ一斉に一つ目巨人に襲い掛かる。  

 ところが一つ目巨人は闇の眷属を躰に纏わりつかせたまま暴れ続けた。攻撃は効いてはいるのだ。その証拠に一つ目巨人は嫌がっているように見える。しかし一つ目巨人の攻撃の勢いは衰えるそぶりさえみせない。やがてこの不快な攻撃がタパから発せられていることを認識すると、一つ目巨人は他の者たちの攻撃を無視して一直線にタパに向かって距離を詰めてきた。

「きゃあ!」

 一つ目巨人が振り回す棍棒の勢いは凄まじく、直撃は免れたもののタパはその風圧に吹き飛ばされて山の岩肌に叩きつけられた。したたかに背中をうち息が詰まる。身動きができない。タパの意識が遠のいたその一瞬に一つ目巨人は棍棒を振り上げて一気に迫ってきた。

(……やられる!)

 タパは目を瞑った。


「うおぉぉぉぉ!」

 その時、大鉞を振りかざしたアルトゥンベックが駆けつけた。



あとがき。

あれ?今回でキュプロス戦を終えて次のエピソードに進むつもりだったのですが持ち越してしまいました。天山山脈がらみの話がもう少し続きます。


予告:次回はアルトゥンベック親父が大活躍。

中央アジアの言葉でアルトゥンは「金」ベックは「男の子」なので無理やり直訳すると「金太郎」

なのでマサカリかついで鬼退治です。


今回はクルセウスの出自について語られました。補足するとタパはシベリアあたりから南下してきたスラヴ系遊牧民族。クルセウスはペルシア帝国で奴隷にされていたギリシャ人の末裔。ラウルは中央アジアに暮らす典型的なアジア人(日本人にそっくり)ですが母親からペルシア系の血を若干受け継いでいます。東西の人々が交易に行き交う中継地である中央アジアは人種のるつぼ。ところでラウルのお母さんってどんな人なんでしょうか?


さてそれではまた来週。闇堕ち姫とチューリップがまきおこすほのぼの日常系ダークファンタジー。登場人物たちを応援していただければ幸いです。


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