1.荒野を越えて
「なろう」初心者です。どうぞよろしくお願いします。
毎週土曜日、日付けがかわるまでにひとつずつエピソードを投稿できればいいなと考えています。
登場人物たちと楽しくお付き合いいただければ幸いです。
(2025年11月9日)
「世界など滅びてしまえばいい」
気を抜くと遠のきそうになる意識を必死につなぎとめながら旅の少女タパ・グロウス・シルウェストリスはぼそっと呟いた。束ねた長い黒髪に陶磁器のような白い肌。昏い光を宿した鋭い眼。躰つきは幼いが芯の強い意志のはっきりしたその姿は過酷な旅でぼろぼろになっていた今も亡きシルウェストリス王家の生き残りとしての品位に溢れていた。
タパは旧王国の辺境にある東の森へ封印された破壊神の伝説を求めてひとり荒野を横断する旅をしている。浅く短い息を絶えず吐きながら華奢な身体を鞭で追い立てるように一歩、また一歩と足を前に進めていく。その最中も口からは呪詛の言葉が絶えることはない。折れた剣を収めた鞘を杖代わりに躰を支え気力を振り絞る。そろそろ夕刻に差し迫る頃とはいえまだまだ苛烈な日差しがそのちいさな背中を焼き、その影を砂まみれの風が吹きぬける荒野に長く伸ばしていた。
8年前、平和を謳歌していたタパの祖国シルウェストリス王国は突如はじまった北方の蛮族たちの侵攻によってあっけなく滅亡した。王である父も王妃である母も王宮へ押し寄せた津波のような大軍に玉座から引きずり降ろされ八つ裂きにされ殺された。その骸は王宮前の広場にさらされた後でその脇を流れる川に投げ込まれた。花のように美しかった姉姫には蛮族たちの男どもが次々と覆いかぶさりあっという間にその姿は人の波に呑み込まれて見えなくなってしまった。後に聞いた話では数えきれない蛮族たちによって汚され嬲られた挙句に連れ去られ、その後の消息はわからないそうだ。王宮は炎上し、あの日厄災が襲ってきてからわずか数刻で幸せだったタパの世界はあっけなく崩壊した。
当時6歳だったタパは一握りの臣下たちに手を引かれてかろうじて燃え上がる王宮から逃げ延びた。だが生きながらえたところで何になるというのか。蛮族たちは執拗に王国の残党を狩り立てる。共に落ちのびた忠臣たちもひとり、またひとりと倒れすぐひとりになった。
王都から離れた街に身を隠してからのタパは復讐と呪詛という昏い感情しか知らない。しかし年端もゆかぬ幼い身では旧王国領において我が物顔に振る舞う蛮族たちに復讐を誓ったところでできることは限られていた。身分を隠し孤児として生きていくしかなかったタパは野良犬のように裏路地を徘徊しゴミ捨て場の残飯をあさりながら育ち、次にその育ちの劣悪さにも関らず隠しようのない滲み出る品位のある顔立ちや佇まいを武器にあやしげな人々の庇護を受けつつ居場所を転々とするようになった。その間も世界を呪い蛮族たちの死を願う気持ちは止まらず、やがて自ら望んで闇の世界へと踏み込んでいく。成長とともに復讐の誓いを重ね、黒魔術——特に呪術を修め闇の眷属を従え、来るべき復讐の日に備え腹部から四肢へ、襟からもはみ出して頬に至るまで全身に自ら魔方陣を刺青で刻んで己が肉体をもって呪物となし……。
そしてタパは旧王国を知る者たちからこう呼ばれるようになった。
『闇堕ち姫』と。
※ ※
ザッ。
踏み出した足元の砂岩が突然崩れ、斜面を登っていたタパは踏み止まることができず滑って谷中へ転げ落ちた。痛みに顔をしかめ、それからじたばたともがく。地面に投げ出された時に足をひねったらしい。立ち上がれない。
「いったぁ。もう無理。やっぱりひとりで荒野を越えるなんて無謀だったのかな」
すぐに起き上がるのは無理だと悟ると、あきらめて全身の力を抜き仰向けに躰を横たえて空を見上げた。中天が遠く青い。
タパはその影の中に黒魔術によって召喚する闇の眷属を宿している。少女がひとりで辺境の東の森まで荒野を越えて行くなんて無理だと誰からも忠告されたのだが、その眷属の力をもってすれば問題ないだろうと高をくくって引き留める人々を振り切り出発して来た。実際には荒野の過酷さは想像以上で旅がはじまった当初からずっと闇の眷属を使役しっぱなしという状況に陥ってしまう。そのせいで旅の序盤で早々に魔力が尽き、それからは仕方なく自分の二本の足でもう四日も歩き続けている。碌な装備もなく水も食料もなく、体力も尽き果ててもはや少女の小さな躰は限界を迎えようとしていた。
「ありえない。こんなところで終わるなんて」
水……あるいは何か、せめて体力を回復できる食べ物があれば。まだもう少し……。
倒れたまま四方へやみくもに手を伸ばすと岩陰に咲いていたひねくれた針金みたいな変な形をした貧相で地味な色の花に手が届いた。
変な花。でもこの際なんだっていいや。
タパは花をむんずとわしづかみにして引き抜く。すると花の根元には地上の姿からは想像もつかないようなころんとした球根がついていた。
食べられるかな?
球根に鼻を寄せて匂いを嗅ぐとほのかに花の香りがした。球根の薄皮を剥いてみると白くふくよかな鱗片が姿を見せる。考える間もなく思わずタパは噛り付く。甘い!ひと噛みごとに球根に蓄えられた水分と甘味が身体中へ染みわたっていく。タパは周辺に咲いている花を手当たり次第に2本、3本と次々に抜いては夢中でその球根を貪り食べた。
まだだ。まだ終わらない。あきらめない。タパは歯を食いしばる。
ひと月ほど前、8年の歳月をかけて習得した黒魔術と闇の眷属の力の全てをもって、タパは祖国を滅ぼした蛮族王と自称する仇敵に単身戦いを挑んだ。ひと時も忘れ得ぬ揺るがぬ復讐の意思をもって練り上げられたタパの昏い心を源泉とするその力は凄まじく、蛮族王にあと一歩というところまで肉薄した。
だがそこまでだった。
蛮族王は異国の神から「幸運」の天恵を受けていた。やっとの思いで追い詰めた蛮族王へ向けて放たれたタパの渾身の一撃は「たまたま偶然起きた幸運な出来事」によって外れ蛮族王に届くことはなかった。九死に一生を得た蛮族王はそれを機に態勢を立て直し、それからは逆にタパが追われる立場になった。タパがわらわらと沸き出でては迫りくる蛮族王の配下どもを振り切り深手を負いながらも逃げおおせられたのは奇跡といっていい。
隠れ家へ逃げ帰り生死の境を彷徨いながらタパは考えた。蛮族王を斃すべくこれからどれだけ技や術を極めようとも、蛮族王にあの「幸運の天恵」がある限り理不尽なことにどんな攻撃もあの男にとって都合よく引き起こされる「たまたま偶然起きた幸運な出来事」によって命中することはない。それではわたしには蛮族王を斃す手段がないではないか。
どうすればいいのか。わたしは蛮族王を許さない。
ぐるぐると思考が巡る。
わたしの力で無理だというなら「幸運の天恵」が介入する余地がないほどの圧倒的な力を蛮族王にぶつけてみたらどうだろうか。……圧倒的な力。……そういえば子供の頃、御伽衆から辺境の東の森に封印された破壊神の話を寝物語に聞いたことがあった。太古の昔、神話の時代に世界で破壊の限りを尽くした伝説の神が辺境の東の森に封印されているという。破壊神の封印を解いてその力が蛮族王に向かうように仕向けることができれば……。
どうせシルウェストリス王国は滅びてしまったのだ。大好きだったお父様、お母様。そして花のように美しかったお姉様と一緒に。ならば蛮族たちが我が物顔でふんぞり返っているこの世界などまるごと破壊神のもたらす破滅の中へぶち込んでしまえばいい。あたり一面全て破壊破滅で埋め尽くしてしまえば、その中で蛮族王ひとりが「幸運の天恵」を発揮したところで命永らえる途などあるはずもない。
こうした考えに思い至ったタパは傷が塞がるのも早々に旅の支度をはじめ……そして今。東の森を目指す旅の途上、荒野の真ん中で仰向けに倒れている。
見上げると遠くに星が見えた。日が傾いてあたりがうっすらと暗くなっている。ふと気付くとタパが屍肉になるのを待つ黒い鳥が近くまで来ていた。タパは力のこもった眼でその黒い鳥を睨み据える。あっちに行け。わたしはまだ死なないよ。
しばらく躰を横たえていたせいかあの球根を食べたおかげか四肢に力が戻ってきた。浅かった呼吸も整ってきている。
「よっと」
深く息を吐き勢いよく上体を起こす。黒い鳥が怯えたように後ずさった。
さあ、行くか。タパはゆっくりと立ち上がる。挫いた足も慎重に動かせばそろそろと歩くことくらいはできそうだ。道々探せばさっきのひねくれた針金みたいな変な形をした貧相で地味な色の花がまた咲いているかもしれない。見つけた球根を食べながら進めばわたしはまだ旅を続けられる。
わたしは東の森へ行く。東の森へ行って破壊神を封印から解き放つ。そして……。
「世界を滅ぼすんだ」
※ ※
『ラウルのチューリップ農場へようこそ』
夜も更けて。ようやく荒野を抜け森の入り口に着くと小さな看板が立っていた。古びて色褪せほとんど蔦に覆われているが場違いにファンシーな看板である。
ここで間違いないのよね?
不安になってまじまじと看板を隅から隅まで確かめると、農場主らしい若い農夫の顔と溢れるように描かれたチューリップの絵の右下に説明書があった。
『東の森チューリップ農場。生花・球根卸』
ふんふん。ここが東の森で間違いないらしいわ。破壊神が封印されているっていう森だからどんなところかと思っていたけれど、農場があって人が住んでいるのね。破壊神が森のどこかに封印されているとして、まずはその封印場所の手がかりを探らなきゃいけないんだから、人が住んでいるのは願ったりかなったりだわ。こんな辺鄙なところで長く農場をやっているなら封印された破壊神にまつわる伝承のひとつやふたつ伝わっているでしょ。
『シルウェストリス王室御用達』
へー。王宮に咲いていたチューリップはここで生産されていたんだ。知らなかった。
『お問い合わせはこちら シルウェストリス王国ザクセン州東の森の2』
王都からは荒野で隔てられて遠いけど、ここも間違いなくシルウェストリス王国の国内なんだ。ザクセン州ってことはザクセン卿のおじさまの領地ね。そういえば王都陥落後は噂にもザクセン卿のおじさまの消息をきかないけどどうなったのかしら。
それにしてもこんな辺鄙なところに住所を掲示したって便りも届かないでしょうに。
『農場までここからあと40リーヴ』
ええっと、両手を広げた長さが1クライン。100クラインで1リーヴだから……。農場まではまだそんなに距離があるのか。着くのは深夜になるかな。タパのお腹が盛大にぐうぅぅと鳴った。
『従業員募集。農場体験随時開催中』
職を求めて旅していると嘘をついて農場体験に申し込めばお茶の一杯も貰えるかしら。それから粗末なものでいいからパンとスープを。それからそれから今夜の寝床。従業員としてしばらく農場の仕事を手伝えばいいんでしょ。できるわ。それくらい。
そうね。お腹空いたー。喉が渇いたー。疲れたー。ねむいー。
そんなことを漠然と考えながら看板を眺めていると、その更に下にかすれた文字で何やら書き加えられていることにタパは気付いた。顔を寄せて覗き込んでみると読みづらい汚い字でこうあった。
『→ はかいしんの おうちは こちら』
はぁ???はかいしん???おうち???
「どういうこと?」




