第四幕
九月九日。午前零時三分。
「そんな……」
ひよりは、へなへなとその場にくず折れた。
たった三分。されど三分。締め切り時間を超えていた。間に合わなかったのだ。
悔しさに、体が震える。沢山の人に助けられ、やっとここまで来たのにという思いが、涙となって零れ落ちた。
「この世界で締め切りは絶対だ。そんなもクソもねえんだよ」
頭の上で、田口の勝ち誇った声が聞こえる。
すべて終わった。
また、お茶くみと電話番の日々がやってくる。
やはり、女性の地位向上など、自分には無理だった。
そう項垂れた時。
「諦めるのは早いぞ。お嬢ちゃん」
聞き覚えのある声に、ひよりは顔を上げた。そこにいたのは──。
「おじいちゃん!」
「旭会長!」
旭会長って──。
田口の言葉に、ひよりは驚いた。
目の前にいるのは、ひよりに日本航空へのインタビューをチャンスを与えてくれたあの老人だ。その彼を、田口は「会長」と呼び、へこへこと頭を下げている。
つまり、あの老人は、この旭出版の会長、旭東次郎──。
唖然とするひよりをよそに、旭は悠然と編集部の古びた時計の前に立つと、むき出しの時計の針に指を伸ばし、一時間時間を戻した。
「これでいい。──今日はサマータイム最終日だ。つまり、今はまだ午後11時過ぎって訳だ。そうだな、田口」
ぐうと、田口が喉を鳴らした。
サマータイム最終日には、一時間時間を戻す。ひよりはすっかりそれを忘れていた。
「それじゃあ……」
「……お前の勝ちだ」
田口はそう云い捨てると、唇を噛み、ひよりは、胸の前で小さくガッツポーズをとった。
「時代が変わっても、夢を怖がるな。読ませてもらうぞ、女性の書いた記事を」
旭はウインクと共にそう言い残すと、編集部を出て行った。