可愛い幼なじみは執着腹黒系ウサギでした
「…はぁ、なんで私恋人も出来ないんだろう。そんなに魅力ない…?」
いつものお茶会。最近の悩みの種であることをぼやくと、お茶を飲んでいた、セラフィナが咳き込んだ。
「わぁぁ、大丈夫!?」
「げほっ、…うん、大丈夫。ごめんね。」
ライラック色の髪を耳にかけて、ペリドットのような瞳を細める。そんなセラフィナを横目にノエルが口を開く。
「どうしてそんなこと思ったの?アイシャは可愛いのに。」
パールホワイトの髪を揺らしながら、ルビーレッドの瞳で見つめられる。ウサギのようで可愛い五歳下の幼なじみ。
「だって、声をかけてくれるのは既婚者の男性達だし、私の事娘のように思ってる人達ばかりだわ。お見合いだって、会う前に断りが届くのよ?…なんでかしら?」
ふわふわのキャラメル色の髪を弄りながら、ため息をつく。
「そうなんだね…。アイシャの可愛さが分からないなんて、困った人達だね!」
ぷんぷんと頬を膨らませるノエルに、少しだけ癒される。十七歳であるノエルは、中性的な顔立ちでまだ少年らしさを残している。身長が伸びた今でも、人懐っこく甘えてくるのが可愛いのだ。
「セラフィナは恋人がいたよね?あーあ、私も魔力登録そろそろしようかな。」
「…うーん、相手見つかるといいねー。」
苦笑したセラフィナに不思議に思うが、ノエルが横から私の腕を掴んで会話に入る。
「…魔力登録するの?」
うるうると見つめられると弱いのだ。
「だめ?でも、私もう二十二よ?それにあと一年でノエルも登録出来るじゃない?」
置いていかれるのが寂しいのだろうと、そう慰めるが嫌だとダダをこねる。
「でも、私もそろそろ相手を探さなきゃ。あっという間にお婆さんになってしまうわ。」
「アイシャは、お婆さんになっても可愛いから大丈夫なの!……それに、誰もいなかったら僕が貰ってあげるって約束したでしょ?」
私の手を握りながら、お願いするようなノエルに苦笑する。
「子供の頃の約束覚えてたのね。そんな事気にしないで、ノエルも素敵な子を探した方がいいわ。」
私の言葉に拗ねてしまったノエルは、ぷいっとそっぽを向くとそのまま席を立ってしまった。
「…怒らせちゃったわね。」
「いいのよ。ほっときなさい。それよりも、魔力登録するなら私も着いていくわ。休み教えて。」
ノエルの姉であるセラフィナは、気にするなと言ったあと、手帳を取りだし予定を確認する。私も気を取り直して仕事の予定を伝えると、一月後の休みに二人で登録に行く約束をした。
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私が住むランフォード王国は、聖国と呼ばれる『愛の国』の東に位置する国で、自由恋愛が推奨されている。聖国が管理する教会では、世界の創造神である愛の女神が信仰されていて、婚姻に関する祭事を管理している。
自由な恋愛を掲げている教会と違い、この国では魔力相性も重視されている。強制では無いが、相性がいいと子孫を残しやすいそうだ。ただ、相性がいい者を見つけるのは簡単では無い。魔力をいちいち交換して調べるのは効率が悪い。
そこで作られた制度が『魔力登録』だ。魔法省が魔力を込められた魔石を管理しており、一度登録すると魔力を記録することが出来る。魔石を魔力測定器に通すと、並べられた魔石が光り、相性がいい魔力が分かるのだ。
私は二十二歳になった今も、恋人すらできたことがない。何故か一度話しかけてくれても、その次には目も合わせて貰えない。その度にセラフィナに相談しているのだが、未だに解決していない。
十八歳から成人となるこの国では、婚約も婚姻も成人を迎えてから。それでも未成年で恋人は普通にいるし、私のように恋人すらいた事がないなんて稀だろう。
ノエルに何が悪いのか聞いても、何も悪くないと真面目に答えてはくれないし、セラフィナも家族も大丈夫だと言う。何をもってして大丈夫だというのだろうか。
今すぐに結婚をしたい訳では無いけれど、いつかはと思っている。それなのに恋愛経験がゼロの私は、結婚が出来るのかと不安なのだ。
そろそろ帰ろうかと席を立つと、ノエルがしょんぼりとして戻ってきたのが見えた。
「…アイシャ、ごめんね。急に怒って…。」
「大丈夫よ。ノエル。気にしてないわ。」
赤い眼をうるうるとさせ、眉を下げるノエルが可愛くて、頭を撫でようと腕を伸ばすと、背の高いノエルが少し屈んでくれる。私の手に擦り寄ってくるノエルは、私の手を掴んで掌にちゅっちゅっと口付ける。
「あはは、くすぐったいわ。」
「…アイシャ、僕もう十八になるよ?」
指を絡めるように手を繋ぎ、真剣な顔をするノエルに「そうね」と返すと、抱きしめられる。
「いつまでもノエルは甘えん坊ね。」
よしよしと背中を撫でると、腕の力が強くなりノエルが呟いた。
「…十八になったら迎えに行くから覚悟しといて。」
「え?なぁに?」
よく聞こえなくて聞き返すと、パッと私を離したノエルは笑う。
「ううん、僕の三ヶ月後の誕生日、お祝いしてね!」
「もちろんよ!」
笑顔で見送ってくれるノエルに、手を振りながら馬車に乗り込む。お祝いはどうしようかしらと思いながら、帰路についた。
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「どうして気づかないのかしらねぇ。」
隣で呟いた姉を見る。ペリドットの瞳を細めて、ジトっと見てくるセラフィナに顔を向ける。
「…当日、ちゃんと根回しして。」
「…はぁ、ちゃんと伝えればいいじゃない。あんな可愛い子ぶっちゃって。」
やれやれというように、首を傾げながら呆れる姉に、舌打ちをする。
「未成年が急に言ったって、アイシャは逃げるだろ。警戒されるのは困るんだよ。」
「…それにしたってあの演技はないわ。普段のあんたを見たらビックリするでしょうね。」
口元に手を当て心底嫌そうにする姉を睨む。
「何が悪い。ああしていればアイシャに自然に触れられる。周りに牽制するのに最適だ。」
俺の言葉に意味が分からないという顔をした後、俺に背を向け歩き出した。
「ま、私もちゃんとやるわよ。」
そう言った姉は、ヒラヒラと手を振って屋敷に戻っていった。能力は疑っていないので、魔力登録の件は任せても大丈夫だろう。俺も、そろそろアピールをする為に策を練ろうと、部屋へ歩を進めた。
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俺が運命と出会ったのは五歳の時。母が親友である伯爵家を家に呼んだと、挨拶をしなさいと言われ、舌打ちをしながら渋々従っていた。当時、特に興味を惹かれるものがなく、魔法の練習をしている方が、効率的で合理的だと思っていた。その為、挨拶をしたらすぐにその場を去ろうと思っていた。
キャラメル色のふわふわの髪をおろし、シャルトルーズグリーンの瞳をキラキラとさせている少女を見て、足が止まった。急に恥ずかしくなって何も言えなくなる俺を、「可愛い」と抱き締めてきた少女に一目惚れした。そしてこの時に俺は、可愛い行動をするべきだと理解した。
五歳年上のアイシャは、自分はお姉さんだといいながら、可愛らしく笑顔を振りまいた。成長するにつれ、たった五年の差が分厚い壁のように感じた。
アイシャは、五歳下の俺をそういう対象として見ないと、理解していた。特に未成年の間は、どれだけ好きだと伝えても、困った顔をするのが分かっていた。
どうするべきか迷った。それでも諦めるなんて選択肢のない俺は、無邪気を装ってアイシャの周りの男を排除した。
「もうすぐ成人なのに恋人出来なかったよー…。」
泣きつくアイシャに心の中で謝った。
「…魅力ないのかな…。」
落ち込むアイシャに、俺だけが知っていればいいと思った。
見合い話を全て潰し、魔力登録をさり気なく阻止する。スキンシップを見せつけ、そうやって囲いこんできた。やっと、あと少しで想いを伝えられる。俺を男だと、可愛いものでは無いと、意識してこの手に落ちてくればいい。
俺と出会った時点で決まっていたのだと、諦めて欲しい。どうしても逃がしてあげられない俺は、ウサギなんかでは無いのだ。
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セラフィナと約束した魔力登録の日。魔法省に着くと、セラフィナとノエルの父、レオニス様が迎えてくれる。
「待っていた。セラフィナから聞いていてね、今日は私が担当しよう。」
「よろしくお願いします。」
穏やかに笑ったレオニス様に、少し緊張していた気持ちも解れる。
「まぁ、簡単だよ。まずはこの魔石に魔力を込めてもらう。それから魔力の質とかを読み取って、登録したあとに機器で調べる事になっている。調べるのには少し時間がかかるから、手紙で報告書を送る事もできるけど、どうする?」
大体私が聞いていた通りだったので、うんうんと頷きながら聞く。レオニス様の質問にどうしようかなと迷っていると、セラフィナが送って貰ったらいいじゃないと言うので、そうする事にした。
「じゃあこれに魔力を込めてね。」
渡された赤紫色の魔石に魔力を込めていく。少しだけほわっと光ったあと、レオニス様に渡すと機器にはめ込んでいく。映し出された情報は何が書いてあるのか、よく分からない。
「うちの家系と相性が良さそうだね。」
ニコッと笑ったレオニス様に「へぇー」と驚く。
「相性がいい者が見つかったら、手紙で報告書を送るよ。」
そう言ったレオニス様にお礼を言って、魔法省を後にした。
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「ねぇ、アイシャ?お父様が言った通り、もしノエルと相性が良かったらどうする?」
カフェで、一緒にお茶していたセラフィナが、唐突に聞いてくる。
「ん?ノエルと?」
「うん、お父様言ってたじゃない?うちの家系と相性が良さそうって。」
先程のことを思い出し、確かに言っていたなぁと考える。
「うーん、ノエルは選び放題じゃないかしら。それに私よりノエルの方がないって言うわよ!」
そう言った私に、呆れたような顔でセラフィナは続けた。
「分からないわよ?それよりもアイシャの気持ちよ!」
妙に気合いの入ったセラフィナに苦笑してしまう。
「うーん、どうかしら。…でも、私、一途で男らしい人に憧れているの。」
「………そっかー。でも、アイシャが妹になってくれたら嬉しいのになぁ。」
そういうセラフィナの言葉に少し想像してしまう。
「ふふっ。それは楽しそうね!」
毎日お茶会をする様子を思い浮かべて、ニコニコとしている私を見て、セラフィナはため息をついていた。
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あれから魔力相性の結果は来ていない。相性がいい者がなかなか見つからないそうだ。登録されていない人にいるのかもと、もし新しく登録された人と相性が良ければ連絡する、と言われた。
そして今日はノエルの十八の誕生日なのだ。
私はノエルが学園から帰ってくる前に、ノエルの部屋でケーキ等を並べて準備している。ノエルには内緒なので、びっくりするところを想像しながら、ワクワクと待っている。
「ノエル!十八歳おめでとう!」
ガチャと扉が開くと同時にノエルに飛びつく。咄嗟に私を受け止めたノエルは、驚いて目を丸くしていた。思惑が成功したことに嬉しくなり、笑っているとノエルの真剣な顔が目に入った。
「アイシャ?」
「ん?なぁに?どうしたの?ノエル。」
首を傾げるとノエルはカバンをおろし、私を抱えた。
「え?」
ニコニコと笑いノエルがソファに座ると、私はノエルの膝の上に座ることになる。
「私、重いよ!降ろして。」
ノエルの膝の上から降りようとすると、抱きしめられ動きを封じられる。
「誕生日だよ?アイシャ、言うこと聞いて。」
何故か叱る口調のノエルに困惑する。ノエルは私の顎を掴むと、真剣な顔をする。
「ねぇ、アイシャ?俺もう大人だよ?男の部屋に入るなんて悪い子だね?」
「え?ノ、ノエル?」
「うん?なぁに?襲われる覚悟できた?」
いつもと違う口調に、無意識にフルフルと震えてしまう。
「可愛いなぁ。いつも好きだって言っても信じて貰えなかったけど、流石に理解したかなぁ?アイシャ、愛してる。可愛い。」
何も言えない私に、スリスリと頬を寄せてくるノエルを見つめる。
「うん、俺の事、男だって理解したみたいだね。いい子だね。」
「…どういうこと?」
よしよしと私の頭を撫でるノエルに問う。
「ふふ、目ぱちぱちして可愛いね。俺はアイシャが好きだってことだよ。ねぇ、十八歳になったよ?結婚しようか。約束したもんね。」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん?何を待つの?」
「…………なんか、いつもと違くない?」
恐る恐るノエルに聞くと、ノエルはケロッとした顔で答える。
「ん?可愛い方が良かった?……でも、それだと意識して貰えないよね?可愛いって抱きしめられるのは悪くないけど、やっぱり男としてみてもらいたいしね。」
「……え、なんで、そんな急に……?」
「だってアイシャ、未成年はダメだって言ってただろ?」
ノエルの言葉に固まってしまった。その反応で察したノエルは続ける。
「だからね、成人したらちゃんと伝えようと思ってたんだよ。…好きだよ。アイシャ。ずっと前から俺の好きは君だけだよ。」
そう言って頬にちゅっちゅっと口付けるノエルは、いつもと同じはずなのに子供だとは思えなかった。
「…ノエル。」
「あぁ、赤くなって可愛いね。食べちゃいたいよ。」
いつもと違う妖艶な微笑みに、心臓がバクバクとしてしまう。
「…さぁ、少し待ったよ。覚悟は出来た?俺と結婚してくれる?…まぁ、嫌だって言われても俺は逃がす気なんてないけどね。」
「…で、でも、私、ノエルより五歳も上だし…。」
「うん、知ってる。」
私の言葉にノエルの腕の力は少し強くなる。
「ノエルは人気だって言ってたし…。」
「俺は好きな子一人だけでいいよ。」
真剣に言ったノエルに息を飲む。私の手を取ったノエルは指を絡めるように繋いだ。
「…私は平凡だし。」
「そうかな?俺は一目惚れだよ。」
ノエルの言葉に驚き、目を見開く。そんな私を気にせず、繋いだ手にノエルはキスを落とす。
「…え、えっと…。」
私の目をじっと見つめたノエルはニコッと笑う。
「言い訳は終わった?」
ノエルの言葉にぐっと詰まってしまう。
「俺の事嫌い?まだ男だと思えない?」
眉を下げて問いかけるノエルは、顔を近づけてくる。
「ち、ちがっ。…困る…。」
「何が困る?」
優しい声でノエルが言う。私はチラリとノエルの目を見て答える。
「…ノエルがいきなりかっこよくて、困る…。」
私が目を逸らしてそう言うと、ノエルは大きく息を吐いた。
「はぁ…。なにそれ、可愛い。あぁ、可愛い。可愛いね、アイシャ。」
私の頬にキスをしながらノエルが呟く。
「…あぁ、やっぱり、アイシャじゃないとダメだなぁ。…アイシャ、俺と結婚すると言って?魔力登録ももう必要ないでしょ?」
繋いでいた手を離したノエルは、私の顔を両手で包みノエルに向ける。
「アイシャを一番に想っているのは絶対に俺だよ?一生アイシャだけを大事にするよ?俺じゃダメ?十年以上前から、ずっと愛してるよ。」
ノエルに懇願され、ここまで愛されていたことに、嬉しく思っている自分に気づいた。
「…えっと、今はまだ愛してるって言えないけど、それでもいいの?」
私がそう言うと、パッと笑顔になるノエルにドキッとしてしまう。
「もちろんいいよ。アイシャと一緒にいれるなら俺は十分だよ。アイシャが俺のことを好きじゃなくても、一緒に居てくれるなら…。」
そう言ったノエルにムッとして、ノエルの顔を両手で包み文句を言う。
「…誰も好きじゃないなんて言ってないじゃない!ノエルの私が好きすぎるとこも、ちょっと強引なとこも素敵だと思ってしまったわ。きっと、ノエルを愛する日が来ると思ってそう言ったのに、そんな事言われたら悲しいじゃない!」
そう言うとオロオロと慌てたノエルが目に入る。
「あぁ、アイシャ、泣かないで。そんなつもりじゃなかったんだ。嬉しいよ、凄く。可愛い、可愛い、俺のアイシャ。どうしたら笑ってくれる?」
ノエルの言葉で自分が泣いていることに気づく。オロオロとしているノエルにおかしくなって、クスクスと笑ってしまうと、私の頬を拭ったノエルはホッとした表情になる。
「ノエルは私の恋人?」
私がそう聞くと、少し困った顔をしてノエルは言う。
「…婚約者じゃダメ?」
いつもの、ウサギのような顔をするノエルに、ポカンとしてしまう。計算されている上目遣いに弱い私は、既にノエルに捕まっているようなものだと、おかしくなった。
「ふふっ、そうね。よろしくね、ノエル。」
私がノエルに抱きつくと、腕を回して抱き返してくれる。いつもしているはずなのに、なんだか照れくさいのは、私がノエルに惹かれ始めてるからだろう。
いつもと同じノエルの体温を感じながら、私はこれからが少し楽しみだなと思っていた。