第八節 宝箱とプレイヤーキル
ケオエコの世界にはダンジョンがある。しかし、不用意にダンジョンに突入すると延々と殺され続けて、ペナルティで全財産を失うリスクがある…そんな、極めて危険な場所だ。
ダンジョンは洞窟や塔といった、明らかに生産職の手によるものではない、異質な雰囲気を放っている場所だ。
たとえ冒険者ギルドが潰れても、実力の近いプレイヤーがパーティを組むことは普通にある。そしてダンジョンには、基本パーティで挑む。
何度も死んだメンバーが出た時は、資産譲渡の上で『ゾンビタンク』としてひたすら敵の攻撃を受け続ける戦略が編み出された。
皮肉なことに、そうしてダンジョン踏破したパーティでは『ゾンビタンク』が英雄視されるという、謎の風潮が生まれた。
『ゾンビタンク』は死も厭わない斥候になる、そのことを戦闘職は皆認識していたのだ。
そんなパーティのうち一つが、ダンジョン内でかなりの暴挙発言をした。
「なぁ、宝箱って時間で宝が復活するだろ?その宝箱を占有すれば、確実に宝が入るだろ?」
「お前は天才か!宝箱はモンスター素材よりよっぽど効率が良い!早速、食糧を買い込むぞ!」
松明を掲げながら洞窟内で、暴挙に気づいた彼らは、すぐに『混沌の街』に戻り食糧を調達した。
暗闇の洞窟ダンジョン内で、宝箱を一つ占有するに至った。
そんな宝箱占有パーティの暴挙を見て、同様の行為に出るパーティも続出した。
「ふっ、やっぱり宝箱独占は美味しいな」
「へへ、宝箱狙いで俺たちに挑むとか、本当に命知らずな奴らばっかりだな」
「まあ、何度も殺すが、資産が失われたらしっかり解放してるんだ、良心的じゃないか、ははは!」
しかし、当然そんな宝箱独占は長く続かない。
「なぁ、なんかこの宝箱からの宝、段々と減ってきてないか?」
「それでも、今だって十分な宝が出てきているんだ、まだまだ美味しい収入源だろ」
「だけど、プレイヤーキルの恨みがそろそろヤバいんじゃないか…」
彼の予言は的中する、キルされて財産を失った人達は手を組んで、高名なパーティに宝箱占有パーティ討伐を依頼したのだ。討伐パーティの中には、かの『ああああ』もいた。
「なんだお前ら!」
「今まで数多くの罪なき冒険者を殺しまくった報い、今こそ精算する時がきたのだ!」
討伐パーティは宝箱占有パーティの実力を上回り、依頼通りに宝箱占有パーティ全員を何度も何度も殺して、今までの宝箱から得た全財産を失う羽目に陥った。
「これで、今までの罪を実感しただろう!このまま失せろ!」
「わ、わかった…」
そして依頼を受けて立ち上がった討伐パーティは、宝箱を開けることで、その宝の凄まじさに目の色を変える。
「これほどの宝を独占していたとは…これ、複数の宝箱を抑えたら凄い収入になるんじゃないか?」
「おい、俺たちが依頼されたのは、このパーティの討伐だけだ!それ以上やるのはヤバいだろ!」
「そういう臆病者は、うちに要らないんだよね…もう帰れよ、今なら殺さないでおいてやる」
『ああああ』は声を掛けるも、パーティメンバー達にその訴えは届かない。
『ああああ』の言葉を無視した時点こそ、依頼と義憤で立ち上がったはずのパーティが、ダークサイドに堕ちた瞬間だった。
ダークサイドに堕ちた彼らは、宝箱占有パーティを次々と徹底的に何度も殺し、複数の宝箱を占有するに至る。
彼らに見切りを付けて『ああああ』はパーティを抜け、ソロでは危険なダンジョンから、一度は死にながらも何とか帰還した。
『ああああ』は『混沌の街』の依頼者達の元に戻り、事の経緯を伝えた。それは衝撃とともに瞬く間に広まった。
今まで一パーティが一つの宝箱を占有していたのに比べ、幾ら屈強なパーティとはいえ、複数の宝箱占有など上手くいくはずもなく。
『ああああ』の伝達により事実を知る者達は『英雄になるはずが強盗になった』と認識し、商業ギルドや生産職ギルドからは食糧の調達を断られ、裏で買おうにも信じられない高額を吹っかけるようになり、名声も地に落ち、終いには何度も餓死する羽目に陥った。
この事件と顛末を通じて「宝箱の占有は大きな利益をもたらさない」と、有志のWikiに大きく記載されるのだった。
『ああああ』は「そりゃ、宝を独占すりゃ恨みを買うわ」と呆れるばかりだった。
ちなみに、この宝箱を巡って行われたプレイヤーキルや餓死によるペナルティの資産は、運営に徴収される仕組みなので、まさに宝箱の仕様自体が電脳麻薬カンパニーの手のひらの上だった…
これにて第一章は完結です、ここまで読んでいただきありがとうございました。PVも順調に伸びています(ほとんどはFediverseサーバからのアクセスっぽいですが)、ブックマーク第一号の方も登場しました、その応援に深く感謝を。
明日から第二章が始まります、面白いと感じてくださったなら、引き続きよろしくお願いします。