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第七節 電脳楽園社員達の苦悩

『世界で最も信頼できるのは「損得勘定」だ。異性を選ぶ時でさえ、遺伝子が損得勘定をしているのだから』

(依田泰造著『目を逸らされる欺瞞』より引用)


 ◆◆◆


 電脳麻薬カンパニーの、ケオエコ担当社員達の中にも「本当にこれは許されるのか」という気持ちが蔓延していた。


「なぁ、このゲーム内通貨と暗号通貨連動、うちがゲーム内通貨を暗号通貨に換金するんだよな」

「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」

「今まではゲーム内通貨と暗号通貨はおおよそ連動していたが、既に連動が崩れ始めている。この暗号通貨レートって、うちが握ってるんだよな」

「そうだな、やがては暗号通貨のレートから乖離するかもしれない」

「それってさ、電脳麻薬カンパニーが数多くの暗号通貨への、凄い影響力を持ってることになるよな」

「もう今さらの話だろ、我が社は海外の電力が安い国に暗号通貨マイニングプールを作ってしまっている、もう後戻りなんてできないんだよ」

「そのマイニングも、実はプレイヤーにばれない範疇でこっそり回してるんだから、確かに後戻りできない」

「何のための、サブスクリプション契約千円だと思ってるんだよ?それだけでうちがやっていけると思うのか?こんな状況で、サブスクリプション料金の値上げを提案したらどうなるか、上に言ってみたか?」

「提案?そんなの聞く耳持つと思うか?『利益は出ている、プレイヤーは続けている。それで何が問題なんだ』って返されて終わりだ」

「ふざけてるよな……俺たちはシステムの見えない部分でコソコソやってるんだぞ。それを改善しようとしたら『黙って言うことを聞け』だ」

「ああ、ほんと苛立つよな……でも、俺たちが抜けてもすぐに代わりが見つかるだろ。まるで使い捨ての歯車だ」


 後ろ暗い仕事をさせられて、暗澹たる気持ちでいる社員達。その部屋は清掃員も立ち入る事ができないため、床に細かいゴミが目立ち始めている。

 まだ、大きなゴミを放置せずごみ箱に捨てて、社員達が時たま運び出しているが流石に清掃までは手が回らない、精々が机の上を拭くくらいだ。


 そんな少し殺伐とした部屋に、電脳楽園社長である依田泰造が現れる。

 ケオエコは電脳楽園社長、依田泰造肝いりのプロジェクトである、なので依田泰造社長は頻繁にこの部署を訪れるのだ。


依田泰造「なんだ、暗号通貨がどうした?」


 社長の質問に我々は答える。


「いえ、なんでもありません……」

「ただ、我々がまるで暗号通貨を操っているようなことが怖くなって」


 こいつ余計な事を言いやがって、社長の怒りに俺まで巻き添えを食らうじゃないか……


依田泰造「電脳楽園の規模も技術力も資産力も、世界屈指だと忘れたか!暗号通貨を操る位の事ができなくてどうする!」


 俺たちは、無言で顔を合わせて『俺たちは、やっぱりただの消耗品か……』と思うが、流石に口には出さない。


 この後、小一時間に渡り社長の、いわゆる叱咤激励という、怒りの言葉を受け続けるが……本当に余計な事を言いやがって。

 と言うか、社長のこのいわゆる叱咤激励、まさにパワハラだよな……労基に訴えれば何か変わるかな……

 だけど、守秘義務の関係で、職場にICレコーダーやスマホも、持ちこみ禁止なんだよな……訴えるのにしても証拠を揃えるのが難しい……。


 しかし、確かに暗号通貨については、もう後戻りもできない……社員達の恐怖感は拭えないのに、目の前の仕事をしなければならない。

 社員達に漂う無力感に対して、社長だけが無頓着だった。


 社長の叱咤激励の後にデスクに戻る。


「また、暗号通貨が……軒並み下がってやがる……ゲーム内通貨からの暗号通貨変換も滞ってるな……」

「なんだと⁉マジだ……ゲーム内通貨のレートを上げて、暗号通貨への変換を促進するか?」

「そのテコ入れも、最近じゃあまり効果がないじゃないか。ゲーム内通貨が必須というプレイヤーの認識で」

「じゃあどうするんだよ!この暗号通貨の価格!明日の会議でドヤされるぞ!」

「俺が知りたいよ!大体、俺たちさ……そもそも暗号通貨なんて今まで縁がなかったよな……」

「本当にな……なんで、こんな仕事させられてるんだろ……怒鳴って悪かった」

「いや、お互い様ってことでいいじゃないか……もう、怒鳴る気力すらないわ……」


 そして、社員達は今日もまた、暗号通貨とゲーム内通貨の調整で徹夜作業となるのだった。

 この部屋のごみ箱も既に溢れかえっており、多くのデスクの上は社内の売店で買えるカップ麺やペットボトルのゴミが山積みにされていた。


 もはやその異臭にすら、誰も気を払わない。


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