第五節 企業までケオエコ参戦
ケオエコでスクリプトに関わる商人や生産職が注目される中、ある日発表された報道がケオエコを震撼させた。
「あのリオンデックスが、ケオエコに参入する意向を発表!」
既に商人や生産職といった、スクリプトを書ける者が優位性を保っているケオエコである。
そんなスクリプトに自信がある人達にとって、IT企業大手の参入は自分の立ち位置を大きく揺るがすものだった。
震撼はそれだけに留まらない。
「リオンデックスに続き、ミュークシスもケオエコ参入を表明!」
リオンデックスは大手企業だが、ミュークシスは中堅だけど実力派のIT企業として有名だ。
スクリプト商人や生産職のプレイヤーは、凄まじい恐怖に襲われた。
「なぁ、サンローさんよ、リオンデックスやミュークシスの参入についてどう思ってます?」
「我々は恐れず、ただ美しいスクリプトを書き続ければいいだけだよ、結果は自然とついてくる!」
「サンローさんのその姿勢、尊敬します…」
リオンデックスもミュークシスもそれぞれ、ケオエコ内で新たな街、新たなギルドを立ち上げた。
街は、各地のあばら屋群には必ずある『公式売買所』を中心に作られることが多く、二社も『公式売買所』を中心に新たな街を作った。
そこでは『自衛軍』と呼ばれる、街を守る存在がいる代わりに、税金を徴収される仕組みだ。
どちらの街も、自然発生的に存在する街より整然とした区画整理が行われ、建物も木造二階建てや三階建てが多いのが特徴だ。
かつての『混沌の街』のような風景は一切見られず、『自衛軍』が対外的にも対内的にも暴力装置として抑止力になっている。
街作りにも二社の特色が現れている。
リオンデックスの街は主に三階建ての家が建ち並び、商店も無駄なほど豪華絢爛な印象を与える。その代わり税金は割高だ。
ミュークシスの街は中心部に二階建てが多く、外縁部に一階建ての広い家が建ち並び、商人は中心部、外縁部は生産職とわかりやすい堅実で実用的な印象を与える。税金は比較的廉価に抑えられている。
リオンデックスの街は、豪華絢爛さを求める人々には憧れの的でありながら、ゲーム内で稼ぐための税金が割高であるため、コストに見合わないと考える者からは敬遠される傾向だ。
一方ミュークシスの街は、人々が堅実で実用的な環境を求めて集まることから、中心部の二階建て物件は常に不足気味となっていた。
どちらの街も、以前の無秩序な街に比べると圧倒的に生活しやすく、そこで扱われるスクリプトの品質も非常に高いものとなっていた。
しかし、二社の参入はスクリプト商人や生産職にとって決して悪い結果ではなかった。
特にスクリプトの信頼性が高い商人には、リオンデックスとミュークシスの両方から引き抜きのオファーが来るほどであった。
しかも、それはただのゲーム内のギルドへの引き抜きではなく、プログラマとして現実社会での雇用を提供する形でのものであった。
商人や生産職にとって、治安最悪の街からどちらかの街に拠点を移し、税金を対価に安全な生活を享受できることも、大きな魅力だった。
リオンデックスからの引き抜きを受けた者は、その対価としてリオンデックスの街に住むことを求められることが多かった。
これが一部では「自由を失う」と感じられ、リオンデックスに対する悪印象を抱く人もいた。
しかし、その一方で、リオンデックスの街に住むことで得られる豪華さや特権に価値を見出し、積極的に受け入れる者も決して少なくはなかった。
そこまでの評価を得ずとも、ケオエコで高い評価を受けている生産職や中堅スクリプト売人に対しても、企業ギルドへの勧誘合戦が発生した。
姫子は引き抜きの大本命と見なされ…
「ぜひ姫子様には、我がリオンデックスで力を発揮していただきたく」
「姫子様のような実力派には、我らがミュークシスの方が輝けるはず」
「ごめんあそばせ、わたくしには勿体なさすぎるお誘いですわ」
「そこをどうか!」
「姫子様の我が社の待遇については、上にも認められています。具体的には…」
姫子は度重なる勧誘にウンザリしていた、そもそも姫子からすれば、今行われているのはヘッドハンティングだ。
今の会社は仕事もそれなりにキツいが、それ以上に恩があり、少なくとも金銭面だけで乗り換える気は起きなかった。
「ではお聞きしますが、仮に御社から優秀な人材がヘッドハンティングされたら、どんなお気持ちになりますか?」
この言葉に、リオンデックスとミュークシス両社の担当者は、一瞬言葉に詰まった。ともに苦笑しつつ沈黙を守らざるを得なかった。
それに対しサンローの元に引き抜きの話は一切行かなかった。
本人は「医学部志望の浪人生ですからね」と寂しげに笑っていたが、その事実を信じる方が少数派だった。
周りでは「あの訳わからんアバター見たら、そりゃ企業も警戒するわ」ともっぱらの噂だった。
画像生成AIに全ソースコードをぶち込んだアバターなんて、百人中百人が訳のわからないアバターなので、アバター原因説は強い説得力を持っていた。
姫子はヘッドハンティングの悪印象から、サンローは一切引き抜きの話が行かなかった悪印象から、どちらの街にも属することはなかった。
二社の提供する街に移住せず、治安最悪の『混沌の街』に住み続ける姫子はサンローと同じく、めでたく変人としての称号を獲得した。
少し自分に自信がない者達は、社会的知名度が高いリオンデックスを選び、少しでも安泰を望む。
自分の能力に自負がある者達は、中堅の実力派であるミュークシスを選び、挑戦を続ける。
リオンデックスとミュークシスの参入で、ケオエコ内での商人や生産職のほとんどは、どちらかの企業ギルドに所属するようになった。
既に立ち上がっていた商業ギルドや生産職ギルドは、その実力からミュークシス派と見なされるようになる。
しかしながら、それは周りが勝手に呼んでいるだけで、現実にはミュークシスの影響を一切受けない独立勢力だ。
『ミュークシス派』と呼ばれる独立勢力ギルドは、サンロー姫子に追随する形で『混沌の街』を中心に活動を継続した。
それを見ていた戦闘職の者達も、二社のギルドから組織力の強さを実感し、『混沌の街』に冒険者ギルドを設立した。
『ああああ』も「おっ、冒険者ギルド!」と思って入ってみたものの、単純にキャラクターレベルで冒険者ランクが決まる制度に、げんなりして早々に見切りをつけた。
キャラクターレベルで冒険者ランクが決まる制度は多くの戦闘職プレイヤーに馴染まなく、いざ組んでみてからのトラブル数には冒険者ギルド自身が頭を抱える惨状だった。
しかし、冒険者ギルドで全員のプレイヤースキルを判定するなど不可能、そもそもケオエコに馴染まない制度だった。
他者の推薦という制度を取ろうとしたら、戦闘職間での賄賂が横行したり、ソロ冒険者が不当評価を受けたりと問題続出だった。
結果として『ああああ』の判断は大正解で、冒険者ギルドの崩壊は瞬く間だった。