半ば壊滅した世界の中で…
『桃雄』『雛太郎』『百合男』はいち早くケオエコから離脱していたが……日本のこの惨憺たる状況から逃れる術はなかった。
桃雄「なあ、もう大学に行く意味ってあるのか?」
雛太郎「はは、一時期は億プレイヤーにまで登り詰めたのに、その金では食糧が手に入らないとか皮肉だな」
百合男「うちの田舎では、農業や酪農、養鶏をやっている……一緒に来ないか?」
雛太郎「ありがたい話だけど……いや、どうやって行くつもりなんだ?」
桃雄「うちのキャンピングカーを使おうぜ!ガソリンはある程度積んである」
百合男「ナイスだ桃雄!だけどキャンピングカーだけでは家族全員連れて行くのが厳しくないか?」
雛太郎「使われてないバスを使わないか?うちの親父は、バス運転手だったから、ガソリンさえあればなんとかなるぞ」
桃雄「はは、民族大移動だな!だけど、そんな人数を受け入れられるのか?」
百合男「安心しろ、祖父はその地域で豪農だからな」
そうして、計画を練って百合男の田舎に引っ越すことになった。
結果的に、三人組は一番上手く行った方だと言えるだろう。
ケオエコでかつてサンローを名乗っていた由美子は、医療現場で働いていた。
さすがに勉強してないことに加えて、どこからか医学部受験に白紙答案提出してることが親にバレた。
父に医学関連で働けと言われ、専門学校を出て急遽看護師の仕事に就いた。
高度な医療機器が使えない今、新米看護師でさえ準医者のような扱いを受けている。
サンロー(由美子)「はぁ、美しいLISPが恋しい……っていうか、ケオエコではほとんどLISP使えなかったし。
『ああああ』は元気にキャリアの道を進んでいるかな、彼は優秀だったし、日本を建て直してくれることを期待しよう!
姫子君をおっさん呼ばわりしたのは失礼だったな、勝手な推測でものを言うのは良くなかった、反省だ」
ケオエコでかつて姫子を名乗っていた愛子は、再婚して娘の姫子を育てながら、夫の農業を助けていた。
生活は決して楽ではない。ケオエコで稼いだ資金だって、今やほとんど無価値、というか利用する術が残っていない。
姫子(愛子)「もうすっかり私もスクリプトの書き方を忘れてしまったわね……
今じゃ役に立たないけど。
まあ、ケオエコの凶悪仕様は思い出しても腹が立つ!
再婚できてなければ、本当にどう生きていけば良かったのかわからないわね。
『ああああ』はどうしたかしら、キャリアじゃなくても、無事に生きててくれればいいわ。
サンローも、あの人って実は女性だったんじゃないかしら?
どこかキャラ作ってる印象あったし。
しかし、二人とも私を『おっさん』呼ばわりしたことは許さない!
いつか会ったら、目に物見せてやるんだから!」
そして、ケオエコでかつて『ああああ』を名乗っていた陽一は、少し都市から離れた場所で、なんとか手に入れた農具を使い、畑を耕していた。
有名大の法学部生という、キャリアも狙えた学生だったのだが、その未来に希望を持てなくなったのだ。
今では、食糧受給率が低い日本で、何より食糧の確保が大切だという結論に至った。
陽一は畑を耕す手を止め、一時休憩して思いをはせる。
ああああ(陽一)「はぁ、今思い出しても、何だかんだケオエコは面白かったな……
今でも元気かな、サンローさんと姫子さん。
サンローさんは結局五浪の時点で別れの時を迎えたけど、進路はどうしたんだろう?
医学部……は今の日本では、医療そのものが危ういからな。
姫子さんはITエンジニアっぽかったけど、今のPC稼働も厳しい社会では、さぞ生きづらいだろうな……」
羽手名は、ケオエコのトッププレイヤー達を、自家用車を使いながら、密かに見て回った。電脳麻薬カンパニーが倒産した今や、羽手名は無職である。
実のところ陽一も由美子も愛子も、距離としては自動車を使えばそれほど離れてない所に住んでいたのだが、それを知るのは羽手名のみ。
羽手名は、ケオエコのトッププレイヤーを見ても、やはり依田泰造の考えが理解できなかった。
羽手名「泰造……なぜ理性を超えて情報を突き詰めようとしたんだ?
言ったじゃないか……森羅万象之情報、それでよかったじゃないか。
そんな俺は確かにアポロン的かもしれないが、ランダウアーの原理くらいは知ってただろうな?
なんでこんなことになっちまったんだ……」
そういえば、依田泰造は精神病院で、ただ一度、空虚な目で言っていた。
依田泰造『全てが失われたことで、私は初めて何もない空虚の中にある真実を見た』
その依田泰造の姿を振り払った……彼は、今や精神病院でむしろ生涯守られている。
もう考える必要もあるまい、
情報についてもそうだ、と思考を振り払った。
既にガソリンが尽きそうな車で、自宅に帰りながら……
依田泰造の行いとその結果についてだけ、想いをはせるのであった。
羽手名「俺も農業を始めないとな、財産も心許なくなってきた……
この財産も、いつまで使えるか分からない。
そして農業も、決して楽な道ではないだろう……
農具が使えなくなったら、それこそおしまいだぞ……」
朽ちそうなトラクターを横目に見ながら、羽手名は絶望感に陥る。
もうこの車のガソリンすら補充できない。
農業にトラクターを使えるなら、誰も苦労なんてしない。
羽手名の言葉に呼応するように、土砂降りの雷雨が降る。
いわゆるゲリラ豪雨だ。
羽手名はフロントガラスに叩きつける雨を見て、農業の厳しさを改めて考えてしまう。
フロントガラスに叩きつける雨粒が、車内の羽手名をさらに追い詰めていくように思えた。
その時、胸の中央に鋭い痛みが走った。
羽手名「ぐっ……!」
痛みはまるで心臓を掴み潰されるようで、息を吸うことすら苦しい。
額や背中を嫌な汗が流れる。
ハンドルを握る力が緩み、体は前のめりになった。
車はそのまま制御を失い、道を外れる。
視界の端で、護岸の石が近づいてくるのが見えたが、ハンドルを操作する力はもはやなかった。
車はそのまま、河へと転落する。
車体が河に突っ込み、鈍い衝撃音が響く。
水が車内に流れ込む中、羽手名の心臓はすでに止まっていた。
雨は、何事もなかったかのように河面を叩き続けていた……
陽一も愛子も、この豪雨が不作の原因になるとはこの時、想像もしていなかった……
どこかの子供「ママ……今日のご飯は?」
どこかの母親「ごめんね……ご飯は……ないの……」
静かに、娘を抱きしめたその姿から、かつての美貌は失われていた。放置された鍋は久しく使われていない……
Dystopia End.




