第六節 依田泰造の高笑いと元ケオエコプレイヤー達
元電脳麻薬カンパニー社長、依田泰造は崩壊したケオエコのサーバービル前に立っていた。
その場に立った依田泰造は、少しずつ笑いを堪えられなくなり、やがて高笑いに至る。
依田泰造「はは、ははは……全世界の情報と呼ばれる物をこれだけ集めた私は!
それを瞬時に失うことで、情報の真髄に至ったのだ!ふはははは!」
その依田泰造の手首に、無常に手錠が掛けられるが、彼は一顧だにしなかった。
この罪状は『真命継庁』による「人道に対する罪」という重罪だった。
そんな依田泰造は、取り調べ中も、裁判の中でも「私は情報の神となったのだ」と繰り返すのみ。
精神鑑定の結果、依田泰造には責任能力皆無と判定され、精神病院に収容された。
依田泰造は、一生精神病院からの退院は見込めないと、もっぱらの噂になった。
この依田泰造の高笑いは、しっかり「電脳麻薬カンパニーの闇」としてマスコミで流され、それがネット動画にも拡散された。
その狂気の高笑いは、見る者を皆震撼させ『こんな企業のサービスを使っていたのか』と愕然とした。
ケオエコの元日本人コアプレイヤーの多くが
「こんなヤバい奴の所のゲームやってたのかよ……」
「なんか、稼いだ金銭が汚らわしく感じてきた」
「俺、もう一生ケオエコプレイヤーだった事を隠そう」
ケオエコ自体への感謝もなく、実際には電脳麻薬カンパニーへの暴動に参加していたくせに、ただただ身の保身に走るのだった。
しかし、孤立化した日本は既に、まともな輸出入ができなくなっていた。
そう、PC関連全般も入手困難になったのだ。
そうなると、インフラ維持さえ、途方もない難事になる。
もはや、日本は先進国ではなくなったのだ、その実感が日本人を絶望に叩き落とした。
それでも、元ケオエコプレイヤー達の暴走は止まらなかった、当然その中には一部日本人コアプレイヤーも含まれる。
「ケオエコがあったから、世界中が混乱に陥れられたのだ!」
「ケオエコを支えたインターネットは害悪そのものである!」
襲撃対象は、ルートDNSサーバーもまた例外ではなかった。
物理テロ、連続するサイバーアタック――攻撃は一点に集中し、通信網は瞬く間に瓦解した。
ミラーサーバーは次々と沈黙し、復旧の目処すら立たない。
かろうじて稼働するルートDNSも、もはや延命措置に過ぎなかった。
ある国では、大規模に軍が動いた。
インターネット関連企業は敵と見なされ、軍に制圧された。
混乱は拡大する。
襲撃に慣れた元ケオエコプレイヤーたちは、新たな獲物を求めた。
次に狙われたのは、かつてケオエコで稼いでいた者たち。
「さすがに人殺しはマズい」と躊躇する者もいたが、金銭の恨みは、もはや倫理を凌駕していた。
中にはただ金持ちだからと、襲撃を受けて命を失った者もいる。
「ケオエコで殺されて全財産を奪われたのだから、これは正当な行為だ!」
まさに、ケオエコの価値観そのままに生きる者達は、欲望と狂気に塗れていた。
その紛争で家を失い、生きる術すら根底から奪われていくのが当たり前になっていった。
インフラが崩壊し、物資が消え、無力な人々はただ生き延びるために食べ物を探すだけだった。
もはや大都市も荒廃し、そこに残るのは逃れる術も持たない無力な人々だった。
この紛争に乗じ、あちこちの国が軍事的行動を起こし、侵略行為まで発生したという。
もはやその様は、俯瞰できる者がいたら『第三次世界大戦』と呼んでいただろう。
もはや各国は、インターネットの事実上麻痺により、その世界情勢を俯瞰できる能力すら失った。
それどころか、通貨レートや株価といった経済活動にも、世界中に深刻な影響を及ぼしていた。
通貨や株価がどう推移しているか、それを知る術すら失われていた。
人々は、もはや悲鳴を上げることの無意味さを悟っていた。
絶望が無意味だった、絶望する暇があるなら死体の肉を漁る方が先だ。
瓦礫に満ちた世界の中で、法すら意味を失った世界で、人々はただただ食糧を求めるだけだった。
その食糧も木の根とか、何かも分からない雑草であれば、贅沢な方であった。
その中で、あまりの理不尽に立ち上がった者もいたが、それは最終的にケオエコ文化に染まること、即ち略奪と殺人の道しかなかった。
略奪や殺人……そういった事に手を染めたら、もはや彼ら彼女らは、ただの略奪者に過ぎないのだ。
皮肉なことに、日本は孤立していたため、紛争や戦争までは至らなかったという。
しかし日本は既にインフラ維持が困難どころか、移動するための乗り物すら壊滅的な状況に陥った。
ごく一部の金持ちが、凄まじく高騰したガソリンを使って自家用車の利用、それが精一杯だった。
発電もウランが輸入できなくなり、原子力発電所もやむなく全て稼働を停止した。
火力発電所もまともに稼働できず、再生可能エネルギーだけでは賄えなくなり、太陽光発電パネルも劣化して汚れるばかり。
日本では、電気を使う事すらもはや贅沢になってしまったのだ。
高い金を払って手に入れた、手元に残ったPCは、今やガラクタの箱になり果ててしまった。
インフラ壊滅状態の今の日本が、侵略する価値すらなしと見なされたのは、果たして幸いと呼べるのか。
もう、他国の動向に関心を持つ者も少なく、単なる生存が最優先事項となった。
ケオエコプレイヤーが稼いだ者を殺して奪った金銭、その価値の低さは……世界中で当事者誰もが理解できていなかった。
八章はこれで終了です。
あとはエピローグを残すのみです。




