第四節 留まらないケオエコの社会的影響
ケオエコで『ああああ』と呼ばれている者は、ネットニュースで国際命継会議(International Lifekeep Council / ILC)の警告文と、電脳麻薬カンパニーの反論を読んだ。
あまりに簡潔な警告と反論ゆえに、対話の余地のなさが浮き彫りになっている。
早速、ケオエコにログインした。
ああああ「皆さん見ましたか?ILCの警告文と電脳麻薬カンパニーの反論!あれでは、とてもじゃないが対話の余地がない!」
サンロー「落ち着け『ああああ』よ……命継庁への対応を見れば、電脳麻薬カンパニー側に対話の意思がないことは明らかだった」
姫子「そうね、ILCの警告文も短く、電脳麻薬カンパニーの反論だって正直弱い。ILCは、増加している自殺者数を持ち出して、継続した圧力をかけるでしょうね」
ああああ「どうして皆さん、そんなに冷静でいられるんですか!」
サンロー「考えても見ろ、私たちに何ができるというのだ?もう我々の為すべきことなど……ただサービス終了まで、ケオエコで楽しむこと位しか残ってないのではないか?」
姫子「サンローに同感ね。少しでもケオエコで稼いでサービス終了に備える、それが為すべきことでしょ……だけど、冷静に考えると、ILCや命継庁が動いている時点で、もうゲームの枠を超えてるわよね」
サンロー「その通りなんだよ姫子君。
ケオエコは単なるゲームじゃなくなってしまったのだ。
もう現実と区別がつかないほどに影響力を持ち始めている」
ああああ「その影響力って、具体的にどんなところなんだ?」
姫子「例えば、自殺者の増加が原因でILCが動いたわよね。それは、このゲームの存在そのものが多くの人の人生を狂わせているということをでしょう?」
ああああ「確かに……ケオエコの存在が原因で人々の生活や精神が崩壊している。
ILCが指摘する自殺者増加の問題だって、もはやケオエコが原因となっているのは明らかだ。電脳麻薬カンパニーが何を言おうと」
姫子「でも、それってあまりに無理筋じゃないの?
命継庁もILCも、結局は自分たちの世界の論理で動いているわよね。
私たちの楽しんでいるものを奪おうとしているだけじゃないの?」
サンロー「確かに、命継庁やILCからすれば、私たちはただの数字の一部だからな。
増加している自殺者数さえ世界的な統計データの一部。
ILCでさえ、そう見ているに過ぎないだろうさ」
姫子「それが悲しいよわよね……
私たちの個々の体験が、ただのデータに還元されてしまうなんて……
私たちを無視されているみたい。
だけど、私たちにできることなんて何もないわ……」
しばしの沈黙が流れる。
ああああ「しかし、一時期は怒濤のように大規模アップデートが行われたけど、第五回を境に全く音沙汰なしになったな……何があったんだろうな?もうアップデートどころじゃないだろうけど」
サンロー「それについて私なりの見解を述べるよう。
元々大規模アップデートが事前に、すべて準備されてからのリリースだったのではないか?
二年間で五回も大規模アップデートなど、普通ではありえないほどのペースだからな」
姫子「サンローの言うとおりね……
毎回の大規模アップデートのメンテナンス時間覚えてる?ピッタリ二十四時間だった。
あれだけ正確に二十四時間で終わるなんて、まるで何か意図があるように感じるのよ。
今考えても不気味なレベルよ」
サンロー「姫子君の言うとおりだよ。メンテナンス時間も『計ったように』ではなく、事実計りながら何の問題もなく行うとか尋常ではない……
普通ならば、何かしらの遅延や不具合があってもおかしくないのに、あれだけ正確に進むなんて」
姫子「もしかしたら二十四時間というのも、単なるアップデートパッチを流す時間だったのでは?」
サンロー「今のケオエコ崩壊のような事態すらも、予定に組み込まれているような気がしてならない」
ああああ「じゃあ、それは何のために?」
姫子「何のためかは知らないけど、壮大な社会実験も兼ねていたんじゃないかしら?
疫病イベントも、まるで暗号通貨バブル崩壊を狙ったように起こった。
その後は年度初めに法定通貨の投入と国際化……
建国実装も国際化が落ち着いた時を見計らったように。
そしてモンスター建国も、こちらがきちんとした国家を作るのを待ち構えていたような……
全てがまるで誰かに仕組まれたような不気味なほどのタイミングなのよ。
何か背後にもっと大きな意図があったんじゃないかと考えずにはいられないわ」
サンロー「ちょっと待ちたまえ姫子君!それでは第一回メンテナンスは何の目的だというのだ……」
姫子「前にサンローが言ってたように、本当にLISP狙い撃ちだったんじゃない?っていうか、オフラインのスクリプト構築環境とか作って、目を付けられないとでも思ってたの?」
サンロー「第一回メンテナンスはそれだけじゃなかっただろう!あの破壊的なライブラリアップデートはどう説明するのだ」
姫子「そんなの知らないわよ……まあ、MMORPGでスクリプト解禁なんて予測がつかない面もあったでしょうから、その対策と見るのが妥当じゃないの?公式スクリプトの杜撰な対応から見るに、大きく外してないと思うわよ」
『ああああ』は、若干混乱しながらも問いを重ねる。
ああああ「社会実験……例えば、経済を制御するための実験とか?」
サンロー「それはなかろう。命継庁やILCを敵に回してまで、経済実験を行うのは、企業としては致命的だろう」
ああああ「じゃあ、何が目的でケオエコが作られたのか……ケオエコで一番集まりそうなのって情報だよな」
姫子「暗号通貨や法定通貨の動きにプレイヤー。これらはまさに情報の宝庫だけど、今のケオエコ崩壊はその情報収集とは真逆を行ってるじゃない」
サンロー「『ああああ』よ。情報を集めて企業の立ち位置を危うくするなど、電脳麻薬カンパニーとしてあり得ないのではないか?」
ああああ「そうなんだよな……じゃあケオエコって本当に利益のためだけに……?社会実験という仮説が出るほどの異常事態で?それ、おかしいじゃん」
姫子「そう、おかしいのよ。だから『何のためかは知らない』って前置きしたじゃない……私も自信を持ってるわけじゃない。教えて貰えるなら、私が知りたいわよ……」
姫子の発言に不安が高まり、沈黙が流れる。
それを打ち払うように『ああああ』は話題を変える。
ああああ「そうだ、スマホでお互いに連絡取れるようにしておきませんか?」
姫子「それでどうするの?私たちの繋がりは、正直ケオエコ内だけのものじゃない」
サンロー「そうだな……ケオエコが無くなってしまったら消えてしまう繋がりだ。私たちの儚い繋がりに美を見いだそうじゃないか」
ああああ「個人的には惜しいですけど……わかりました」
姫子「さあ『ああああ』も狩りを楽しんできなさい?」
サンロー「私は、最後までケオエコで美しいLISPスクリプトを書き続けるぞ!」
ああああ「ごめん……なんか今日はそんな気分になれないや。来て早々だけど落ちるね」
サンロー「お疲れさま」
姫子「またねー」
その後、サンローと姫子の二人で話した。
サンロー「姫子君、本当に『ああああ』との連絡先交換は……しなくてよかったのか?」
姫子「ええ、ケオエコで共に現金を稼いだとなれば、一種の仕事仲間じゃない?適度な距離ってものがあると思うわ」
サンロー「確かにな。だからこそ私も断ったのだ……確かに惜しい話ではあるのだが、さっきも言った通り、有終の美を飾ろうではないか」
しかし、もはやケオエコで稼ぐこと自体が、容易ではなくなっていた。
ILCの警告文を踏まえて、サービス終了は遠くないと見たプレイヤー同士の紛争は激化の一方だった。
紛争である程度稼いだら、現金化して二度とログインしないユーザーも多数。
紛争で全財産を失ったら、諦めて二度とログインしないユーザーも多数。
全財産を失ったからと、モンスター国家にゾンビアタックを掛けて、そのまま姿を見ない者も多数。
しかし、ゾンビアタックで果たして財産を手に入れて去ったのか、モンスター国家で殺戮地獄に陥ったのか……急激に、ケオエコでの過疎化が進んでいた。
ダンジョンやモンスター国家で宝箱を得て、法定通貨を手に入れても……
今や暗号通貨暴落どころか法定通貨までも乱高下している。
世界恐慌の予測が経済専門家によって立てられ、現実味を増している。
経済が成立しないのであれば、ケオエコでの稼ぎなど、あっという間に吹き飛ぶ。
『エコ・リバース~でこぼこたいら』の面々も、ほとんどを現金化して、最低限の食糧費位しかゲーム内通貨を持っていない。
皮肉なことに、ケオエコのアップデートが止まり、ILCの警告文を受けて、ケオエコ内は平和になったのだ……
『ああああ』は、ケオエコも、ケオエコでの仲間も失うのかと……
ログアウトしてから泣き崩れた。
サンローと姫子は「せめて最後の思い出に」と相談した。
『エコ・リバース~でこぼこたいら』とリパケオの意匠を組み合わせた旗を作りはじめた。
そうして、せめて『ああああ』と共に、思い出のスクショを撮ることに備えはじめた。




