第一節 電脳麻薬カンパニーへの警告と命継庁
最終章…ここからは暗めの話が増えるので、どうしても苦手な方はご遠慮くださいね
『世界には「正義」や「善」など存在しない。それらは、時代と状況で変遷する『損得勘定のレッテル』に過ぎない。そして、それを振り翳す暴力こそが一番危うい。そういう人こそ強く支持され、歴史的悪行を繰り返すのだ』
(依田泰造著『目を逸らされる欺瞞』より引用)
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電脳麻薬カンパニーに、悪名高き命継庁から警告が届いた。
その内容はというと
『【命継庁 警告通達 第四十八条-2】
貴社提供の仮想環境「ケオエコ」において、下記の理由により命継理論に基づく倫理的リスクを検出いたしました:
・自殺願望の高い層への心理的誘導性
・実体的損耗(過労・隔離・経済的困窮)の報告事例
・現実社会における人間関係の希薄化による『情報生命の断絶』の懸念
つきましては、命継庁認定審査委員会における再評価を強制的に実施する可能性があります。
ご協力いただけない場合、国際命継会議(International Lifekeep Council / ILC)による制裁措置の対象となる場合がございます。』
これを受け取った社員の鈴木は、顔面蒼白になりながら、社長に報告するため駆け出した。
鈴木「依田社長!遂に命継庁から、ケオエコを指す警告が届いてしまいました!」
依田泰造「今さら、命継庁ごときに何ができると言うのだね……既にケオエコは、国際展開までしているのに」
鈴木「そんな事を言っても、相手は『あの』命継庁ですよ!電脳楽園の危機ではありませんか⁉」
「ふっ、命継理論――『地球上生命滅亡あるいはそれに準ずる事態が絶対悪』だったか?生命至上主義に堕した愚者どもが」
鈴木「いえ、この警告が届いたということは、その『地球上生命滅亡あるいはそれに準ずる事態』と見なされたということです!」
依田泰造「ケオエコというゲームが、どうやって地球上生命滅亡を行うと言うんだね?」
鈴木「社長の理屈は、この際どうでもいいんです!命継庁から警告を受けた、この事実が深刻なんですよ!」
依田泰造「ふん、命継理論も生命功利主義も知ったことか!命継庁の警告と、こちらの言い分をサイトで公開しておけ」
鈴木「こちらの言い分……?」
依田泰造「そんなことも言われなければ分からんのかね……?
『ケオエコは少なくとも、直接的に生命を軽んじた事は一切無い』
これだけで十分だろうが」
鈴木「そんな……それで、命継庁が引っ込みますか?」
依田泰造「事実だろうが、それともケオエコが直接誰かを殺したか?
ゲーム内での死亡なんてよくあること、ゲームで過労に陥るなんてこちらの責任にするのも筋が違うだろう!
それは契約でも明記してあるだろうが?
自殺を勝手にケオエコと結びつけるなって話だ!
これ以上私を苛立たせるな!」
依田泰造「依田社長……そこまでして、一体何を為したいのですか?」
鈴木「それこそ、君が知る必要のないことだ」
鈴木は社長の前を辞し、社長の言葉をなんとか形にして発表した。
それは『命継庁からの警告と、それに対する電脳楽園の公式見解』と題されていた。
発表記事を書きながら、鈴木は強い思いがつい口から零れたのだった。
鈴木「このままじゃ、命継庁どころかILCもどう動くか分かったものじゃないぞ……」
それを端で聞いていた羽手名は、ただ静かに思うのだった……
羽手名「命継理論の正しい名称は命継思想(Inheritance of Life Criterion)。
『地球上生命滅亡あるいはそれに準ずる事態が絶対悪であり、それより被害が小さくなる人命危機は悪としての純度が下がっていくものとする』
という、学術的な倫理学フレームワークなんだよな……これを切り取っている命継庁や国際命継会議も大概だよな。どちらも略称ILCときたもんだ。さすがに依田社長は人命軽視が過ぎるので、正直命継庁の言い分も理解できる……この件がどう転がることか……」
ただし、この内容は命継庁の警告問題に、直接的な意味を持たないので、羽手名は沈黙を守るのだった。
(作者注:命継思想については、検索エンジンを利用して各自お調べください)




