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第三節 戦闘職が多い中で、評価が高まる生産職やスクリプト売人と彼らの街

 多くのプレイヤーが戦闘職に邁進する中、プログラミングに腕がある人は『魔法』扱いのスクリプトに注目した。

 ゲーム内ではスクリプトも売買できるのだ、短期的な戦闘より自分の技術を利用しようとするのは、まあ理性的な判断である。

 彼らは慎重に契約書を読み、その上でケオエコに参加しているが、契約内容をきちんと理解しているかは定かではない…


 しかし…あちこちに散見されるあばら家でスクリプトと格闘する者達は、ケオエコのスクリプト仕様との格闘に難航していた。


「うがー、また『魔力枯渇』起こした!」

「俺も三時間前に『魔力枯渇』起こしたよ…スクリプトのバグや過負荷で喰らう『魔力枯渇』キッツいよな、二十四時スクリプトを間動かせないとか」

「ふっ、君たちのスクリプトが美しくないから『魔力枯渇』なんて起こすのさ、見よ私の美しいLISPスクリプトを!」

「お前の見た目が美しくねーよ、何だその奇妙な記号まみれの!バグったようなアバターは?」

「実験さ、ちょっと遊んでみただけだよ。元々LISPコードだけを使ったのだが、少し物足りなくてね。全種類のプログラミングコードをアバター生成AIに読み込ませて、キャラクターメイキングしたらこうなったんだ。作り上げたら存外気に入ってね」


挿絵(By みてみん)


 スクリプトの美しさを主張する奇怪なアバターのサンローは、その名の通り医学部受験で三浪している鬱憤晴らしに、ケオエコを始めたという受験を諦めきっている者だ。

 サンローとしては情報科学系に進みたいのだが、医者である父親が医学部受験以外を頑として認めていない。だから医学部受験の本番では試験で白紙提出して浪人を重ねているのだった。


「ってか何だよこの括弧だらけのスクリプト!こんなの見たことねーよ!」

「君たちはこのLISPの美しさも理解できないのかね、残念な美的感覚だな」

「うるせーよ、Rubyみたいに、スクリプト言語には知名度だって必要なんだよ!」

「では、百の言語を操る私サンローが、君たちの『魔力枯渇』地獄から救ってあげよう!」


 そうしてサンローの驚くほどの手際によって作られた、オフラインのケオエコスクリプト開発環境は『魔力枯渇』のリスクを最低限にしたのだった。


「サンロー!例のケオエコスクリプト環境ありがとうな!」

「まあ、個人的には百の言語に対応できている訳ではないから、まだまだ未完成品だと思っている。それでも、とりあえず役に立ったならよかった」

「いやいや、十分すげーって、主立ったスクリプト環境は軒並み対応してるじゃないか!」

「何!あの専門ソフト!とんでもないスキルじゃない!それをこんな僅かな日数で!」

「ああ、少し興味があって解析を進めていたソフトウェアがあったのだよ。スクリプトを書く人なら…いや、最近はあまり知られてないな、忘れてくれ」


 サンローは奇怪なアバターの表情を歪ませ、少し寂しげに語った。


 ケオエコスクリプト開発環境によって、安定したスクリプトを書けるようになった彼らの進路は、概ね二つに分かれた。

 まず一つは、スクリプトを独占して「生産職」になるパターン。商人に一時的に融資してもらい、モンスター素材を『公式売買所』より高く買い取って、スクリプトを利用して素材をより高価な品に仕上げて「商人」に商品を売り、同時に借入返済を行う。

 メンテナンスが必要ゆえに自然と『改変可/再配布可』ライセンスとなり、それを死守している形だ。


 もう一つ、そして主流なのはスクリプト自体を主商品とする「商人」になるパターン。ここで、スクリプトを『改変不可/再配布不可』の中身が分からない形と、『改変可/再配布可』の中身が自由自在に操れる形の二ライセンスから選ばれる。

 商人はスクリプト以外にも、生産職から納入された商品も販売する。特に重要なのが生産職によって作られる『食糧』であり、ケオエコではリアルでの一定時間に食事を摂らないとHPが減り続けるのだが、モンスターの肉をそのまま食べるより『食糧』として食べた方が効率がいいことが発見された。

 他にも、生産職から納入される武器や防具も、初期装備より確実に質が良く、商人や生産職の大切な収入となった。


 あばら屋に簡単な看板を掛けて、生産職や商人は店を開いた…が、元があばら屋だけに、最初は客足は少なかった。

 しかし『食糧』の重要性が注目される中、買取値段が安くて食糧に繋がらない『公式売買所』をコアプレイヤーは徐々に使わなくなり、取引相手に商人や生産職を選ぶようになった。

 実は、貴重なゲーム内通貨を得る手段を知らず知らずのうちに軽視し、やがて起こるスタグフレーションの原因など、結局誰も知らないままであった。

 一部の生産職と商人、そして両替商はあまり売れない商品を『公式売買所』に売ることで、少しずつゲーム内通貨増加に寄与していたことは、終ぞ知られることはなかった。


 ちなみにサンローはスクリプトを独占しないどころか、アドバイスを行いながら生産職を名乗る相当異色な存在なのだが、本人だけがそのことに気づいていない。

 自称、百の言語を操るサンローは、あちこちの商人や生産職のあばら屋に顔を出しては、LISPの美しさを訴えつつも各種スクリプトのアドバイスを続けて、小銭稼ぎをしているうちに顔役のようになった。


 そして、伐採した木材が建築素材になることが発見され、次々と森林伐採が行われ、建築素材になった。

 街は、商人や生産職たちが素材を集め、あばら家の改修や新築に取り組んだ結果、不規則で無秩序な風景へと姿を変えた。

 土地所有の概念がないため、皆が好き勝手に家を建てたり改修したりしており、街全体は大きさも形もバラバラの家々で混沌とした風景になっている。


 中心地では、狭くとも改修されたあばら家が価値を持ち、外縁部には広々とした新築の家が並ぶ。

 街とはいえ、特にシステム的な保護があるわけではなく、モンスターの襲撃は頻繁に起こるため、住居に対する価値観もどこか歪だ。

 広さよりも、少しでもリスクを減らせる立地が求められ、特に商人や生産職は改修されたあばら家にしがみつく。


 外縁部に広い家を建てた生産職も、モンスターの襲撃に耐えられず捨て値で家を売りに出すことが多い。

 その結果、戦闘職のパーティが広々とした家を買い取り、彼らは家の中で悠々と食事を取りながら、モンスター襲撃すらも稼ぎのチャンスと捉える。

 彼らにとって、この環境は「いずれ外縁部より外側に新たな家が建てば、商人や生産職に高値で売れるかもしれない」という期待の元で家を維持している投資だった。


 最も混沌としているのは「ケオエコのシステム的に家の所有という概念がない」のが原因だった。

 気がつけば自分の家が他人に使われている、そんなことが日常茶飯事となっている。

 死ぬことで資産の半分が徴収されるペナルティを避けるため、街での争いが斬り合いに発展することは少ないが、それでも小さなトラブルは絶えない。


 それでも、外縁部の戦闘職の家を勝手に使う者は滅多にいない。

 彼らは街を無償で守っているし、トラブルになった場合に不利になるのは勝手に使った側だからだ。


 彼らの日常はこんな具合だ。


「モンスター襲撃がないな、今日のディナー代が稼げないじゃないか」

「ん、なんだあいつ、勝手にうちに入りやがって…」

「金にはならんが、お仕置きが必要だな…野郎ども、やっちまえ!」

「うわぁぁぁ、すみません!間違えて入ってしまいました!」

「うるせぇ、こっちは気が立ってるんだ、謝って済ませたいなら警察作りやがれ!」

「許されたいなら、お前がこの家までモンスタートレインしてこい!」

「そ、そんなぁ…本当に僕も警察が欲しいです…」

「よしよしいいぞ、その調子だ。俺たちも警察は欲しいと思ってるんだ。やってくれるな?モンスタートレイン」

「こちとら街を守るためにここに住んでるから、なかなか狩りに出かけられないんだよね、やってくれるよな?街からちょっと出ればモンスターなんていくらでもいるから楽勝だろ?」

「わ、わかりました…でも、街に危険が及ぶのでは…」

「なら、お前自身の身体で俺たちの実力を体験してみるか?なに、お前ならやれる、全員期待しているぞ!」

「ごめんなさい、行ってきます!」

「ちゃんと帰ってこいよ、俺たちのディナー代のためにな!」

「さて、じゃあモンスタートレインまで冷えたビールで乾杯だ、今日のモンスタートレインで黒字確定だな!」


 また、家に物を置いておけば、それが無くなってしまうのも珍しいことではない。

 この街でインベントリからアイテムを出して家に保管するのは、もはや愚か者の所業と見なされている。

 誰かに盗まれたとしても、それはすべて自己責任。混沌の街ではそんな自己責任の原則が浸透しており、まるで無法地帯のような治安の悪さが蔓延しているのだ。


 商人や生産職の日常はこんな具合だ、比較的平和な一日をお伝えしよう。


「あれ、インベントリから溢れたから、部屋に置いてた素材がちょっと目を離した隙になくなってる!」

「さっき戦闘職の人がフラッと入っていたよ」

「ああそう…って君は一体誰だ!」

「元あばら屋にしては良い物件だからね、ちょっと下見に来ただけさ。ドアがしっかり付いてるなんてこの街じゃ珍しいからね」

「いや、ここは私の家だ!一から改修したせっかくの家を手放すものか!」

「そうか、じゃあこの素材は戦闘職の人のものになるわけだね…」

「貴様!戦闘職の人云々は嘘じゃないか!」

「いやいや、私がその戦闘職なのだから、嘘は言ってないぞ。それで、いるのかね?いらないのかね?この素材」

「くそっ…流石に戦闘職には敵わない、持って行け泥棒。その代わり、今後金輪際貴様から素材は買い取らん」

「おや、残念だな。この素材を買ってもらおうと思ってたんだが、まぁ他にも需要はあるからね。対価はこの家を考えていたのだが」

「ぐっ…そこまでの価値はない、もう出て行け!」

「ふむ、交渉が下手だと損するぞ。次回はもっといい取引を期待しているよ。あーあ、家と素材…両方手に入れるチャンスだったのになぁ」


 家の外では「今日は随分平和だな」と通りすがりがつぶやいている。


 この生産職はすぐさま、あまり存在が知られていない生産職ギルドに走る。今回の出来事を報告するために。

 生産職ギルドや提携している商業ギルドは、このような問題行動を起こした戦闘職をブラックリストに載せて共有しており、将来本当に取引をしない決定をくだす。

 この生産職ギルドや商業ギルドは、まるで商工会のように普段はあまり意識されないが、生産職や商人たちの取引において絶大な影響力を持つ存在だ。

 生産職ギルドや商業ギルドを敵に回すということは、モンスター素材も買い取って貰えず、食糧も買えなくなるということ。なんなら戦闘スキルの『魔法』すら買えなくなるということ。不法侵入して理不尽な要求をした、かの戦闘職の未来はないに等しい。


 無秩序に見えて、弁えてる人達にとっては戦闘職と商人や生産職は相互依存関係が成立していて、独特の秩序があったのだ。

 その一見無秩序さを揶揄して、ここは『混沌の街』と呼ばれるようになる。


 そんな街中、中心区画のあばら屋の近くで、何度もスクリプトを動作させている姫子の所にもサンローが現れた。


「姫子君、プログラミングの筋はいいんだけど…どこかエレガントさに欠けていないかな?特にケオエコライブラリ利用周辺の二重ループなどは…」

「なによ、そんな役に立たないアドバイスなんて要らないから、あっち行って」

「いやいや、こういう違和感は大切なんだよ!得てしてそういう所にバグが潜んでいるものだから」

「そんなこと、言われなくてもわかってるわよ!ここは、あ・え・てこう書いてるの、ケオエコライブラリの実装がPython的じゃないからどうしても変になるのが避けられない。こう書くと僅かながら負荷軽減になるのよ、怖いでしょ『魔力枯渇』は、そのマージンを極力取ってるの!知らないの?ケオエコライブラリ独特の負荷、今それを徹底検証してるの!」

「僕は、美しさを優先した方がいいと思うけどなぁ…だけど、考えの押しつけは良くないね、邪魔したよ」

「なんなのよ、まったく…」


 この姫子も散々検証し、考えた末の実装だったのだ、保守性と速度、そして魔力枯渇を起こさないバランスを。

 その検証をした環境が、まさにサンローの開発したオフライン開発環境であり、完璧に仕上げたと思って自信を持っていた所、その当人に否定された事は姫子にとって非常に大きなショックであった。


 そうして、商人や生産職がこうしてスクリプトと格闘している中、ケオエコ内での無差別殺傷事件が報じられた。

 ケオエコでは、プレイヤーキルは基本的に禁忌とされている。死ぬか殺されると、復活に全資産の半分を徴収されるからだ。


 事件現場に行くと、その戦闘職は森の中で髪を振り乱し、モンスターも人も無差別に斬っては死体を漁るという行動を取っている。

 殺されたモンスターは、手早く解体されて、素材が次々とインベントリに放り込まれている。

 殺された人は、生き返ると即座に距離を置き、遠くからその戦闘職を睨み付けている。


 防衛のため、そして反撃のため、戦闘職が何度殺しても…生き返ってはゾンビのごとく斬りかかってくるという奇怪な行動。

 やがて、唐突にその無差別殺傷をしていた戦闘職アバターの動きが止まり…「ごめんなさい…」と、繰り返し言い始めた。


 その原因は、事件を起こした戦闘職プレイヤー曰く「自動戦闘スクリプトを書いた」だった。

 サンローはここでも顔を出して、幸い『改変可/再配布可』ライセンスだった『自動戦闘スクリプト』を読み解いた。


「うーん、これ『近くの敵を自動で発見して、斬りつけて、素材を剥ぎ取る』ってつもりで書いたでしょ。だけど、今のケオエコAPIには『生物』しかなくてね、敵か味方かは、現段階ではスクリプトでは判別できないんだよ」


 姫子もこのスクリプトを読むが、その反応は全く違った。姫子は興奮気味に食い付いた。


「ねえ、あなた!私にこのスクリプト売ってくれない?確かにこのままじゃ使っちゃ駄目なスクリプトだけど、素材剥ぎ取り部分は優秀だわ!複数のモンスターに対応しているのが凄い、ここだけを利用して、拡張すれば十分売り物になる!」

「しかし、あまりに多くの人にご迷惑をおかけして…」


 その時に現れたのは自称脳筋の『ああああ』だった。


「確かにな、殺された奴にとっては許しがたいかもしれないけど、君も殺されまくって今やスカンピンだろ?今さら復讐する奴なんていないよな?いないよな!人間誰でも失敗して成長するんだから、それを許す度量が大切なんだよ」


 残念ながら不満の表情を浮かべていた人もいたが、自動戦闘スクリプトを書いた人は「いつか全額返す」と、『ああああ』の立ち会いの元で、殺傷した全員にシステム保護で強制力が発生する借用書を書いて、なんとか事なきを得た。


 この事件の教訓として、スクリプトは商人か生産職の書いた物だけが信頼できる、という風潮が出来上がった。

 そして「自動戦闘スクリプト」は姫子によって厳重に保管され、戦闘自動化スクリプト売買は、Wikiを巻き込んだユーザー間同意で禁じられることとなった。

 この事件の顛末はケオエコWikiでも「一部のプレイヤーは、信用第一で魔法に取り組んでいる」と大々的に記され、信用できるスクリプトの価値がさらに高まる。

 ケオエコWikiは、もはや攻略情報発信の場ではなく、重大事件のアーカイブ場所となり果てていたし、ケオエコプレイヤーもWikiの在り方にに満足していた。


 その結果として、戦闘職より商人や生産職の方が、利益が遙かに高いという格差構造が生まれ、その格差は広まる一方だった。

 姫子もその一人で『モンスター素材剥ぎ取りスクリプト』で一財産を成した。

 その売上げの二割を、自動戦闘スクリプトを書いた戦闘職の人に渡すのは「商人は信用第一」として長く遵守された。

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