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第二節 白き城、八割の裁定

『「善」を語る者は、己の正当化に飢えているだけだ。言葉の影に潜むのは、いつだって承認欲求という名の魔物だよ』

(依田泰造著『目を逸らされる欺瞞』より引用)


 ◆◆◆


 『ケオエコエデン』の建国を受け、かなりのコアプレイヤーが流れ込んだ。

 一見すると『ケオエコエデン』の憲法は理解しやすく、常識的に見えたのだ。

 『ケオエコエデン』は王政を取っていたが、ゲーム内だからと大半は受け入れた。


 『ケオエコエデン』の城は、小ぶりながらも上品な大理石のような石で作られていた。

 個人財産で作ったと思われる城の周りに、それほど広くはない領土を持っていた。


 しかし、流れ込んだ国民の所属により、富んでいった『ケオエコエデン』の領土は、みるみるうちに広がっていった。

 もはや『混沌の街』が村に見えるような、目まぐるしい発展を遂げていた。


 多くのプレイヤーは、分かりやすい憲法に、自分たちで作り上げている実感がある『ケオエコエデン』への愛着を深めていった。


 しかし、憲法にはとんでもない罠があったのだ。

 憲法に記されたこの二条項の深刻さを、誰もがあまりに甘く見たのだった。


 『憲法に記されていない事柄は、王たるカズヤが全て裁定を下し、憲法に追記される』

 『ケオエコエデンから亡命するときは、財産の半分をケオエコエデンが徴収する』


 『ケオエコエデン』では、警察のような組織もつくられていた。

 国民同士の乱闘が発生して、警察官により王カズヤの元に連行された。


 カズヤは威厳を出したつもりの声で言う


カズヤ「そなたたちが、乱闘騒ぎを起こしたのか……きちんと、罰則を考えなければならぬな」

乱闘者A「うっせーよ!」

乱闘者B「たかが王が調子に乗るな!」

カズヤ「ふむ、反省の色なしか、乱闘騒ぎには……さてどうするか?

 全財産の八割没収……『憲法が改定されました、乱闘の罰則は八割に設定されました』

 え、ちょっと待って!いまのなし『憲法改定の条件を満たしておりません』」


 カズヤは慌てふためいて「憲法条項の削除制定を」と言っても、AIは「今後の憲法については削除条項が適用されます」という冷たい返答。「全財産の八割没収された者には即時返却の憲法制定を」と言っても、AIは「乱闘の罰則と整合性が取れません」と受け入れない。


乱闘者B「おい、マジで財産八割奪われやがった……」

乱闘者A「信じらんねぇ、なんて事しやがる……」

カズヤ「ご、ごめん、あれで憲法改定になるなんて思わなかったんだ……!」


 カズヤとしては、少し脅しをかけようとしただけの発言が、正式な憲法として成立してしまった。そして、撤回も憲法による返却もできない。


 彼自身、自らが制定した憲法の深刻さを、理解していなかったのだ。

 カズヤは徴収した金を、自費で返却した。しかし、誰もが読めるこの憲法改定に『ケオエコエデン』の民は戦慄した。


 AIで監視されているので、乱闘を起こした瞬間に、全財産が八割没収されることが確定したのだ。乱闘どころか、ささいな喧嘩も避けられるようになったが、もはやAI監視社会そのものだった。


「これでは独裁国家だ!」

「この守銭奴が!」


 と声を荒げても、時既に遅し。

 カズヤも全力で謝り続けるし、いざ全財産八割没収となると自費で返却するが、それでも全国民の怒りは収まらない。

 『ケオエコエデン』の国庫は、カズヤでさえ自由に使えないのだ。なにより国家維持費で、国庫から次々と資産が溶けて消えていく。


 国内にいる王カズヤを討つことも不可能なため、国民は死と同等の財産ペナルティを受け入れ、亡命する者が相次いだ。

 結果的に『ケオエコエデン』には国民がほとんどいなくなり、やがて膨大な国家維持費を払えなくなったカズヤは、国を解体した。


 美しかった城は、元国民が城の素材まで持って行ったので、廃墟すら残らなかったという。


 それでも、全財産の半分を奪われた多くのプレイヤー達の恨みは凄まじく、カズヤは殺され続け、莫大な財産が尽きても……這い上がることができなかったという噂だ。


 『エコ・リバース~でこぼこたいら』の面々は当然これを反面教師とした。


姫子「『ケオエコエデン』での独裁事件、あれヤバいわね」


 真剣な口調の姫子だが、気に入ったのか幼女姿の魔王様姿で踊っている。


サンロー「そうだな姫子君。少なくとも王政の危険性が浮き彫りになった、あとは杜撰な法も」

ああああ「俺は元々民主主義国家を目指しているからな!時間が掛かっても、しっかりした国を立ち上げるぞ!」

姫子「『ああああ』は元気ねぇ……憲法や法律の制定だって、まだまだ問題は山積みなのに」

サンロー「姫子君、本当に会社を辞めて大丈夫だったのか?」

姫子「私の影響力を舐めないでよね!『モンスター素材剥ぎ取りスクリプト』の収入は、依然として莫大な金額なの」

サンロー「まぁ、私もスクリプトの相談役として一定の収入は確保しているし……お互い個人資産二十億なら、そうそう食い潰すこともなかろう」

ああああ「え、もしかして……モンスター討伐に出てない俺が一番収入ヤバいの?」

姫子「現時点では『ああああ』が一番ヤバいかもね、だけど建国までの辛抱よ!」


 リアルで十五億円持っている『ああああ』だが、残念ながら現金をゲーム内通貨にはできない。頻繁に死ぬ戦闘職という性質から、『ああああ』のゲーム内通貨の所持金は、まさに困窮に片足を突っ込んでいた。


サンロー「そもそも『ああああ』は学生だろう。ゲーム内で本当に困窮したら……食糧くらい貸すから、あまり心配することはない」

ああああ「サンローさん、本当に恩に着る」

姫子「ってか、サンローは医学部受験マジで大丈夫なの?」

サンロー「ははは、私が医学部に入るはずなどなかろう、くだらない!だから、ケオエコをやっているのだよ、姫子君!はあ、情報科学科なら私も喜んで勉強するし、入れるのだが……大学でなら、LISPで遊び放題じゃないか」

ああああ「サンローさん……」

姫子「サンロー、頑張ってね……生きる事を」


 なお、例の三人組は『ケオエコエデン』の噂を聞き、入国しようとした途端に「乱闘で八割没収」事件が発生したため、辛うじて難を逃れた。


百合男「しかし、憲法に厳格なAI監視……恐ろしいものだな」

桃雄「まあ、俺たちには建国なんて縁がないだろうからな!」

雛太郎「アドバイザーとして、エコ・リバースの建国まで入国はしない方がいいと判断した!」

桃雄「だなぁ、まあ、よっぽど条件がよければ、偵察がてら入国してもいいと思うが」

百合男「そういえば、リオンデックス派が国を立ち上げるという噂があるぞ」

雛太郎「ああ、俺も聞いた……ただ、あの成金趣味は好みに合わないが」

桃雄「でもさ、エコ・リバースへの情報提供として、偵察するのはいいんじゃないか?」

雛太郎「特に入国する必要もあるまい。それに、エコ・リバースの皆さんのアンテナは広いはずだ」

百合男「まずは、ギガントケラス討伐クエスト報奨金の残りが心許ない……」

雛太郎「そうなんだよな、まずは俺たちがどうにかしないと」

桃雄「ってか、お前らどんだけ金を使ったんだよ、俺まだ十二万コイン残ってるぞ」

百合男「おいおい、もう十二万コインかよ、俺は十五万コイン残してる」

雛太郎「百合男には負けたか、俺の残りは十四万コイン」

桃雄「え……その金額って……ヤバいの……?」


 焦る桃雄を放置したまま、二人は噂に上がっているリオンデックス派の建国予定地と覚しき場所へと足を向けた。


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