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第三節 公式両替商と両替商ギルドの絶望

 ある日、メンテナンスでもないのにNPCが登場した。そのアバター表示は『公式両替商』だった。

 お茶目にも、服にデカデカと『両替』の文字が書かれている。


 これを目にした『混沌の街』の両替商は愕然とした。

 両替商は『公式両替商』の取引内容を確認した。


両替商「なんてことだ……どの両替レートも、両替ギルド公式価格より遙かに安い。それこそ最安値を売りにしてる野良商人でも敵わないのでは」


 その両替商は、すぐさま公式両替商のことを両替商ギルトに報告した。


ギルド長「デマだと思いたいが『公式両替商』として登場した以上、事実なのだろうな……」


 両替商ギルト長はくずおれて、今後のギルド員のことを考えたが、良い案は思い浮かばない。何より両替商ギルトにとって致命的だったのは、両替商ギルトが一切対応できなかった法定通貨対応が『公式両替商』では完璧だったこと。


 そもそもゲーム内通貨の違いは、かなりレートが安定していたのだ。

 だから一般的には『コイン』として、十把一絡げに扱っている。


 両替商は、商業ギルドから卸された売れ行きが芳しくない商品を『公式売買所』で売り、ニーズが比較的高い通貨に交換していた。

 両替で得た、換金ニーズの低いゲーム内通貨で、商業ギルドから、新たな商品を仕入れるのだ。

 そうして、主に戦闘職が求める人気が高い暗号通貨への両替で利ざやを得ていたのだが、質も量も『公式両替商』には敵わない。


 当然、この『公式両替商』の存在は、特に法定通貨を求める日本人コアプレイヤーには熱烈に歓迎された。

 外国人プレイヤーの両替商は即座に店を畳んで、それぞれ別の職業に移るという身の軽さだった。しかし、長い期間両替商をしてきた、日本人プレイヤーの両替商の動きは遅かった。


 両替商ギルト長は、信用失墜に加えて公式両替商と、泣きっ面に蜂の状況で、自分たちの仕事は既に終わったと悟った。


 そして間もなく、両替商ギルトの解散が発表された。

 ほとんどのユーザーは見向きもしなかったが、例外として際立ったのが『エコ・リバース~でこぼこたいら』の面々である。


ああああ「両替商の皆さん、今までありがとうございました!」


 『ああああ』は努めて明るく、今までの感謝を言葉にした。一部の両替商はモニタの向こうで涙を浮かべていた。


姫子「両替商の皆さん、もしスクリプトが書けるなら、商業ギルドに乗り換えない?私も微力ながらサポートするわよ」

サンロー「姫子君の案には私も賛成だな、何なら今からスクリプトを学んでもいいだろう!美しいLISP……はケオエコでは今使い物にならないが、百の言語を操る私が手ほどきをしてあげよう!」

ああああ「スクリプトを書けない俺みたいな奴は、戦闘職なんかどうだ?一緒に討伐してもいいし、戦闘職が多い外国人プレイヤーと顔つなぎもするぞ」

姫子「『ああああ』ってば、やっぱり外国人プレイヤーと関わっていたのね」

サンロー「まあ、私も『ああああ』の行動力には敬意を持っている。戦闘職に移るにしても彼なら安心だぞ」

ああああ「スクリプト書けるか、書きたいなら、サンローさんや姫子さんに付いていけば間違いないと思う」


 元両替商の中では、残念ながら自力でスクリプトを書ける人は少なかった。

 それでも、これを機にスクリプトに挑戦する意欲を持つ人もかなりの数に上った。

 大半は戦闘職に移り、人数は「姫子傘下四人:サンロー傘下十二人:『ああああ』傘下二十人」となった。


ああああ「結構、戦闘職志望が多いな……両替商とはいえ商人だから、スクリプト書く人がもっと多いかと思った」

サンロー「一度宣言したのだ、責任を持って対応しろよ『ああああ』よ、ギルド長命令だ!」

ああああ「命令されなくても、きちんと面倒を見るさ。さあ、早速外国人プレイヤーの街に行こうぜ」


 そうして戦闘職志望の元両替商達は『ああああ』に引き連れられて、外国人街へ向かった。

 戦闘職志望は、その後外国人街でそれなりに元気でやっているという噂が流れてきた。

 たまに『ああああ』も顔を出しているというが、彼からは詳しい話はされなかった。


 そしてサンロー傘下となった元両替商達は……


サンロー「さて、スクリプトを学ぼうとする、意欲ある者達は……ひとまず私の傘下となってもらう。ビシバシ教えるが、私の指導についてこられれば、すぐだろう。

 十分に習得した時点で姫子君の元に送るが、半端は許さないので覚悟するように。

 言語を分散させて教える余裕はないので、Pythonを中心に教えるが、異論はあるか?」


 サンローは問いかけるが、むしろほとんどのプレイヤーは、ケオエコでPythonを学べることを喜んでいる。


サンローの弟子A「僕は職業プログラマなんですが、そんな僕でも良いですか?」

サンロー「来る者は拒まず、去る者は追わずだよ。ただ、職業プログラマなら、姫子君に付いた方が良いのではないか?」

サンローの弟子A「いえ、以前Javaで試した時、結構痛い目を見たんですよ……あの一回目のメンテナンス以降の『魔力枯渇』で」

サンロー「ああ『魔力枯渇』か、あれは優れたプログラマほどやられやすい……

 ああ、そうだ皆の者、私の教えるPythonはケオエコに特化した形になるので、実務で使える内容は教えられない。実務で使うようなスクリプトを書くと『魔力枯渇』がすぐに発生するので、それだけは肝に銘じてほしい」

サンローの弟子A「ケオエコで学んだことが、そのまま実務に使えるなんて思っちゃいませんよ、なあ?」

サンローの弟子B「あ、ああ……確かに『魔力の流れが変わりました』ってアナウンスが、アップデートの度に流れるな」


 一部のスクリプト志望の元両替商は動揺しながらも、異論は一切上がらなかった


 そして姫子傘下となった元両替商達は……


姫子「えっと、皆さんはスクリプティングもしくはプログラミングで、即戦力という認識でいいですか?」


 姫子は比較的少ないながら、スクリプト精鋭担当というかなり重い負担を背負った。


姫子の弟子A「姫子さんの噂はかねがね。魔力の流れが変わっても、実行効率の高さに定評があると評判ですね!」

姫子「ああ、あの仕様は酷いわよね。私の手法は説明すれば簡単、メソッドを使うと処理速度が激しく落ちるから……ほとんど switch やそれに類する処理にしてるだけよ」

姫子の弟子A「うわ……プログラマとして、なんか許せない仕様ですね……」

姫子「そうなのよ……で、今の説明でほとんどの人は、ケオエコでのスクリプトの書き方を理解したようね」

姫子の弟子B「えっと、自分はScheme使いなんですけど、LISP系は無理ですか?」

サンロー「サンローがLISP愛に溢れてるんだけど、LISP系はケオエコでは現状使い物にならないそうよ。そういう事情なら、サンローの元でケオエコ的Pythonを学ぶか、今からでも戦闘職に移るかをお薦めするわ」

姫子の弟子B「そうですか!私もプログラマとしてPythonを知る良い機会と思って、サンロー先生の元で勉強させていただきます!」

姫子「サンロー!こちらから一人そちらに入ることになったわ」

サンロー「了解した、引き受けよう」


 元両替商達はこうして無事、その後の進路を決定できた。


 それに対し、宝箱関係者にブラックリストを使っていた過去などなかったかのように、商人や生産職達は何食わぬ顔で今まで通りの対応に戻った。


 しかし、理不尽に冷遇された、宝箱に関わった者達の恨みは深く、その後はあまり理不尽が行われなかったエコ・リバース派系列を利用するようになった。

 リオンデックス派は今まで通りという、何も対応をしないことで一部からは更に信頼を落とす結果となった。

 しかし、リオンデックス社は全く認識していないか、認識していても黙殺する社員しかいなかった。

 無能なリオンデックス派商業ギルド長がその立場に立っていたのを、派閥関係や能力疑問視などで引きずり落とそうとする、社内政治の巣窟と化していたのだ。


 ちなみに『公式両替商』のケオエコ投入は、電脳麻薬カンパニーの保有する暗号通貨不足により急遽決定されたのだ。

 暗号通貨の不足原因は、国際化に伴う莫大なプレイヤー数増加。

 その事実は当然隠蔽され、知るのは電脳楽園社員でさえ……わずかな一部の者だけだった。


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