第二節 法定通貨争奪戦
外国人ケオエコプレイヤー有志が、日本語Wikiを翻訳した。
それにより、ケオエコの既知トラブルが広まり、結果的に攻略は効率的に進められた。
翻って日本人コアプレイヤーは、目の色を変えて法定通貨を追い求めていた。
その後の展開は、完全に姫子の予想通りだった。
法定通貨はダンジョンの宝箱から発見され、再び宝箱占有パーティの発生、その討伐パーティの発生。
そして、宝箱占有パーティや討伐パーティは、その妬みにより商業ギルドや生産職ギルドで冷遇された。
一部プレイヤーは餓死寸前に至り、皮肉にも「野蛮人」と罵っていたプレイヤーと同様に、モンスターの肉を漁って飢えを凌ごうとしていたという。
宝箱に関わったパーティへの冷遇は、特にリオンデックス派の商業ギルドで顕著だったが、エコ・リバース派は『ああああ』の意向により比較的穏健な対応に落ち着いた。
とはいえ、エコ・リバース派の中にも強硬な対応を取る者はいた。
ああああ「何で宝箱に関わったパーティを冷遇するのだろう?」
サンロー「そんなのは、宝箱の占有なんて真似をするからだろう?」
ああああ「いや、一部商業ギルドでの話なんだけど……宝箱に関わっただけで、パーティがブラックリスト入りして、そのリストが流通している。そういう噂を聞いたんだよ」
姫子「占有パーティや討伐パーティならまだしも、宝箱に関わるだけでブラックリスト入りとか、ちょっとやり過ぎね」
ああああ「俺も、エコ・リバースと親しい所には、結構頭を下げてきたんだけどな」
サンロー「なんで『ああああ』が頭を下げる必要があるのだ?さすがに意味不明なのだが」
ああああ「巡り巡って、法定通貨が俺たちの手に渡らなくなるとは思わないか?」
姫子「そうでもないと思うわよ。法定通貨ならさ、ゲーム内通貨で保持する必要はないじゃない?むしろ、即座に現金化してるんじゃないかしら?」
ああああ「まあ、そうだとしてもさ……一応、客は客じゃないのか?」
サンロー「責任感が強いな『ああああ』は。おかげで我々いわゆるエコ・リバース派の信頼に繋がるので、ギルド長として感謝するよ、ありがとう」
ああああ「あ、サンローさんって、ギルド長だったんだ!」
サンロー「いや……前にも言ったんだが、まあいい」
宝箱に関わったパーティメンバーは、エコ・リバース派で取り扱ってないモンスター素材をやむなく『公式売買所』で販売する羽目に陥った。
宝箱に関わったからブラックリスト入りしている、と察したパーティの一部は人目のあるところで、互いにひたすら殺し合って信頼を取り戻そうとしたが「どうせ現金化した後のパフォーマンスだろう」と反応は冷ややかだった。
この法定通貨争奪戦とも言える状況で、心底困ったのは両替商ギルトである。
両替商は今まで暗号通貨同士の両替を行っていたが、今後は法定通貨も取り扱わなければいけない。
冒険者「なんで法定通貨に交換できないんだ!」
両替商「申し訳ありません、我々も法定通貨が全く手に入らない状況でして……」
冒険者「だったら、なんで暗号通貨と法定通貨のレートが貼り出されているんだ!」
両替商「これはあくまで、実際のレートに基づいた算出でありまして」
冒険者「言い訳はいいんだよ、さっさと法定通貨を出せ、ほらレート通りの暗号通貨だ!」
両替商「ですから、無いものは対応できかねるんですよ」
逆恨みで殺される両替商まで出てくる始末である。
両替商ギルトは法定通貨のレートを取り下げたが、もはや後の祭りである。
両替商には何の罪もないのに、両替商ギルトの公式レートを貼り出していただけで、両替商全体の信用が失墜してしまった。
日本人コアプレイヤーにとって、既に暗号通貨は魅力的な通貨ではなくなり、誰もが法定通貨を求めていた。それに対し、外国人プレイヤーは暗号通貨を魅力に感じていて、再び暗号通貨バブルの兆候すら見え始めていた。
日本人ライトプレイヤーは積極的にマイニングしているという噂が流れ、外国人プレイヤーに尊敬を受けることとなった。
実のところ、日本人ライトプレイヤーは電気代暴騰で、とっくにマイニングを止めて……今や、モンスター狩りをしているのだった。
例の三人組は、法定通貨を追い求めるようなことはしていなかった。
雛太郎「わかっているな!我々の目的は生き延びる事!暗号通貨コインを稼ぐ事が第一だ!」
桃雄「うるさいな、そもそも俺たちの力では、宝箱までたどり着けないだろ」
百合男「エコ・リバース案件で手に入れた六千コイン、山分けで二千コインだったのも……皆、遂に残り五百コインを切ってしまったな……」
桃雄「知ってるか?稼がないで金を使うと、減るんだよ」
雛太郎「ところで、何で我々は食糧を使っているのだ?」
百合男「おいおい、食わなきゃ死ぬだろ……ゲームなのに」
雛太郎「そうじゃない、ほら国際化で流入した外国人プレイヤー、彼らはモンスターの肉を食べてるじゃん?」
桃雄「そうか、俺たちはやっとレベル六、つまり外国人プレイヤーとのレベル差は大差ないってことか……」
雛太郎「そう、我々が食糧を買う必要がなくなれば、金が貯まる!」
百合男「いいのか?日本人プレイヤーに野蛮人呼ばわりされるぞ」
桃雄「言いたい奴には言わせときゃいいだろ?っていうかゲームで日本円に目をギラギラさせて探す方が野蛮だっつーの」
雛太郎「そうだな、アドバイザーとしても、プレイヤー差別は良くないと言わせてもらう!」
百合男「ま、実際俺も、そんな奴らとは関わり合いになりたくないしな……エコ・リバースの方々も、そんな狭量な事は言わないはずだ」
桃雄「よし!俺たちもモンスター肉デビューだ!」
そして、早速手慣れた鹿モンスター狩りに出向く。
桃雄「っていうか、鹿肉をそのまま食べるって絵面は酷いな」
雛太郎「でも鹿肉だぞ!リアルだったらさ、無茶苦茶な贅沢だよな!」
百合男「必要とあらば、今後はネズミ肉も食べるけどな……」
雛太郎「今だけは、ネズミ肉の事は言うな!早速、食べてみるか……空腹デバフが掛かっているからな」
桃雄「うお、鹿を丸呑み!エグっ!これが現実だったらビックリ人間大賞ものだ!」
百合男「うん、これは確かに野蛮というかなんというか……物申したくなる気持ちだけは理解できたぞ」
雛太郎「でも、効果は食糧と変わらないぞ!これで素材を売れば、金が貯まっていくという寸法だ!」
桃雄「その素材はどこだ?雛太郎の腹の中だろ……」
雛太郎「え、うわっ……まさか俺、丸呑みしたの⁉ごめん、お前らも腹が減ってただろ……ごめん」
百合男「まあ、鹿狩りくらいは慣れたものだ、また狩ればいいだろ」
こうして、受難の三人組は外国人プレイヤーのヒントを得て、食糧で金銭を使わないで済むようになったのだった。
ちなみに、商業ギルドと生産職ギルドの前に名前が出されていたことを、彼らは失念していた。この三人組が毎日モンスター肉を漁る姿を見て、あらぬ噂が錯綜した。
「あの三人、遂に宝箱に手を出したのか……?それでギルド出禁?」
「いや『ああああ』さんは、外国人街に出入りしているという。文化交流の一環ではないか?」
「生産職ギルド員に知り合いがいるんだけど、ブラックリストに彼らの名前はなかったぞ」
「謎だ……エコ・リバース、商業ギルドや生産職ギルドに顔が知れ渡ってる彼らが、弱いはずがないし」
「いや、それが彼らはいつも鹿かネズミしか狩ってないらしいぞ」
「え、まさかケオエコで縛りプレイ⁉」
「その動きは『ああああ』さんを彷彿とさせる、洗練されたものだったから……縛りプレイだろうな」
「リアルマネーを稼ぐ、しかも法定通貨まで出回った今でも縛りプレイとか、どんなハイレベルプレイヤーだよ!」
「っていうか、鹿やネズミの素材って……今じゃマトモな値段にならないだろ?それで生きてるのがすげーって」
『ああああ』を彷彿とさせるのも、直接指導を受けたから当然……しかしそれは噂をする者達の知るところではなかった。
彼らが未だ鹿とネズミしか狩れないのは、せっかく『ああああ』が更なる上をと誘いを出したのに、逃げてしまったのが理由だとは本人達しか知らない。
そうして知らぬ間に、縛りプレイの聖人と呼ばれるに至った三人組であった。
彼らの実レベルを知る者、彼らの実力を知る者は、今のところエコ・リバースの面々しかいなかったので、若干なら同情の余地があるだろう。




