第四節 疫病対策に必要な稀少素材
まずは難読化されていた『疫病対策薬精製法』スクリプトの解読が、最優先で行われた。
精鋭達の見事な手際で、一両日でリファクタリングが行われた。
リファクタリングの途中で報告された、必要アイテムリストを見て姫子は思わず悲鳴を上げた。
(作者注:マジで鬼畜ですよね、素材リストすら添付されないとか。如何に第一回メンテナンスが突貫作業の突発作業だったかが透けて見えます)
姫子「なにこれ!必要なのが稀少素材だらけじゃない!」
サンロー「酷い悪意を感じるな……こんな素材ばかりでは、とてもではないが、患者全員分を用意できないぞ」
なぜかその場に連れてこられた『ああああ』は、少し諦めながら言う。
ああああ「この事実は……広く公開しよう、その上で『素材回収ギルド』の有志に協力を要請しようと思う」
姫子「そんな!それじゃ集められる素材まで、集められない可能性が出てくるわよ!」
サンロー「姫子君、これはもはや一種のトリアージなのだよ。それも救える重症患者順ではなく、死によって資産被害が甚大になる人命優先という、極めて冷酷な形になるのだが」
ああああ「足りない分は徹夜でもなんでもして、俺が極力穴埋めする。今回はサンローさんの言うとおり、選別が必要な局面だ……せめて全員に誠実でありたい、頼む!」
姫子「……ふぅ、そうね。薬が足りない可能性が濃厚。そう示した上で、素材は金額を上乗せしてでも買い取る。当然『ああああ』も睡眠時間以外は素材収集すること!私の妥協ラインはそこよ」
ああああ「姫子さん、理解してくれてありがとう。戦闘職に無茶をさせたくなかったんだ……」
『素材回収ギルド』のギルド員の多くは『ああああ』の説明を受け、半数くらいからは好意的な反応を得られた。
稀少素材とは言っても、その採集難易度にも差はある。
当然、不足する素材もあれば、過剰になる素材もある。
しかし、過剰になってきた素材も、エコ・リバース派では割増料金での買い取りを続けた。
残念ながらリオンデックス派に売る素材回収ギルド員もいたが、そこは個人の自由であり、金銭が絡むため無理強いなどできない。
その結果、リオンデックス派はどのような手法を使ったのか、二十個の疫病対策薬の準備が完成したと発表した。
エコ・リバース派も健闘したのだが、さすがに二十個には届かなかった。
素材の量からして、十五個が限界だったのだ。
もはや、稀少素材をもたらすモンスターは狩り尽くされたので、これ以上の薬増産の見込みはない。稀少素材を落とすモンスターのリポップ間隔は、通常より遙かに長い。
リオンデックス派の『疫病対策薬』完成発表に、多くの疫病感染者が殺到した。
疫病感染者A「うちのパーティは素材提供をしたんだ、優先して薬をよこせ!」
疫病感染者B「うちなんか、一番手に入りにくい素材を手に入れた!
納入リストにきちんと記載されている!こっちにこそ優先しろ!」
疫病感染者C「金なら払う!薬を売ってくれ!」
リオンデックス派の商業ギルドは阿鼻叫喚だった。
そこで発せられた、リオンデックス派商業ギルド長の決定は冷酷なものだった。
リオンデックス派商業ギルド長は、かつて幹部会に呼ばれたあの人。この地位を閑職と勘違いしている無能な人だ。
今やケオエコは日本の社会現象、そこで重要な地位を任されている意味すら、正しく理解していなかった。
商業ギルド長「えー、疫病対策薬については、全てオークション形式で提供したいと思います。ご存知の通り数は二十となります」
財産に自信がある者は歓喜し、素材納入しながらオークションで落札できる見込みがない者は落胆した。
そのオークション結果、疫病対策薬は目玉が飛び出る程の高額がついて、上位二十名に落札された。落札した者達は、その場で喜んで疫病対策薬を飲み、落札できなかった大半のオークション参加者は、指をくわえて涙を呑みながら見ていた。
「十万コイン!」
「私は二十万コイン!」
「えーい私は五十万コイン!」
「負けるものか、七十万コインでどうだ!」
「真打ちは最後に登場する、百万コインだ」
「なにが真打ちだ、百五十万コインでどうだ!」
「手の内を晒すような人はオークションに向いてないですね、三百万コイン」
「な……三百五十万コイン!」
「負けるか!四百万コイン!」
「くっ……これで駄目なら諦める!四百三十六万コイン!」
「その程度か、四百五十万コイン、まだまだ値はつり上げられるぞ」
「なんの、五百万コイン!」
「そっちがそう来るならこうだ、一千万コイン!」
結局、そのオークションの主役は商人や生産職といった、ケオエコの稼ぎ頭による戦場となった。
このオークションで明らかになったのは、商人や生産職の所持資産が軽く二千万コイン。
即ち二億円相当を超えているという事実だった。
オークション形式なので、物々交換はできない。そこを考慮するとトップクラスの商人や生産職の資金は三千万コイン以上、即ち三億円以上を保持していると見るのが妥当だった。
そんなオークションが開かれている中、エコ・リバース派もある程度の疫病対策薬を用意している。その情報をここで言うような愚か者はいなかった。
エコ・リバース派の疫病対策薬を知る者達は、こっそりオークション会場を抜け出して『エコ・リバース~でこぼこたいら』を訪れた。
『エコ・リバース~でこぼこたいら』の看板があるギルド拠点は、かつて三人組に言っていたように木造一階建てで、こぢんまりとしていた。
姫子は覚悟を決めて言う。
姫子「残念ながら、我々の総力をもってしても、用意できた疫病対策薬の総数は、リオンデックス派に及びませんでした。本当に申し訳ないのですが、疫病感染者の中から所持資産が最も高額な十五名に売ることを既に決定しております」
戦闘職「なんで所持資産が理由なんだ!」
姫子「ご存知の通り、ケオエコでは死に伴い資産の半分が運営に徴収されます。
ゆえに、そのような高額資産所持者の方が、被害が大きいという判断です。
我々のことはどれほど恨んでくださっても構いません。
だけどどうか、薬を手に入れた人達に、恨みを向けないよう心よりお願いいたします」
そして、『ああああ』もサンローも、土下座をしながら頼み込む。
ああああ「あくまで、俺たちの力不足のせいだ!恨むなら俺にしてくれ!」
サンロー「その通り、我々が力及ばず、多くの患者を苦しめる結末になったことの責任は私にある」
疫病感染者から資産調査を行い、上位十五名に疫病対策薬が売られる。
その金額は素材価格に生産手数料程度であり、リオンデックスのオークションから比べると格安であった。
この結果、リオンデックス派商業ギルドは一時的に大金を手に入れたが、薬が手に入らなかった者達の恨みを買うことになった。
それに対し、エコ・リバース派の冷酷ながら真摯な対応は、主に姫子の大赤字と引き換えに、金では買えない信頼を獲得することに成功したのだった。




