第三節 疫病感染者と対策薬
遂に疫病に感染したと思われるプレイヤーが発生した。
疫病感染者の症状は、何もしていないのにHPが減り続ける、ただそれだけだった。
エコ・リバースの拠点に、その感染プレイヤーを呼び、討伐したモンスター、行動などを詳しく聞くが……
姫子「モンスターは既に調査済みのものばかりね、もちろんモンスターからの感染可能性も否定できないけど」
サンロー「私にも、行動はケオエコでは自然なものばかりに見える。正直……感染理由はまったく不明と言わざるを得ないな……」
ああああ「なあ、俺の言ったモンスター感染説が的外れで、すっごい迷惑をかけたか?」
サンロー「『ああああ』よ、それはそれで必要な行為なんだ。君のおかげで、今モンスターが感染元ではない可能性を論じられるのだ」
姫子「そうね、少なくとも『誠意研究中』だったことは事実なのよ、胸を張りなさい」
サンロー「対処療法は、とにかくHP回復薬を飲み続けるしかないだろうね……力になれなくて悪かったよ」
しかし、その疫病感染者の発生時期を皮切りに、感染爆発が発生した。
こうなると、多くのプレイヤーはエコ・リバース派のみならず、リオンデックス派の商業ギルドにも訴えが殺到する。
商人A「現在、誠意研究中です!もうしばらくお待ちください!」
商人B「対処療法として、HP回復薬の購入をお薦めします!」
もはや、どこもかしこも疫病対策一色である。
モンスター感染源説は、相変わらず追求せざるを得ないため『ああああ』を筆頭にモンスターの死体が次々と姫子の元に届けられる。しかし、さすがに姫子もサンローも、モンスターからの感染を否定的に考えるようになった。
そうなると、商業ギルドと生産職ギルドも手詰まりである。
プレイヤーから採血して研究、という医学的アプローチは、そもそもケオエコで実装されていない。
対処療法としてのHP回復薬も、あちこちの商人から売れていき、在庫が危うくなっていった。『エコ・リバース~でこぼこたいら』の指示で、モンスターの死体収集を打ち切り、HP回復薬の素材収集に専念させた。
そこで起こってしまったのは、HP回復薬の素材が手に入るモンスターが取り尽くされるという事態だった。
一部では、健康な戦闘職と疫病感染者の間で、HP回復薬の争奪戦も発生した。
エコ・リバース派は疫病感染者優先を貫いたが、リオンデックス派は高値で売れる方に売る、という方針に分かれた。
『エコ・リバース~でこぼこたいら』としてはリオンデックス派の在り方に苛立ちを隠せなかった。
姫子「なによ、死者が出る損害より、自分たちの利益の方が大切なの?」
サンロー「そう言うな姫子君、ケオエコで人が死んでも、現実で命が奪われるわけではないのだ」
姫子「だけど、だって、ケオエコでの死ぬことによる資産半減ペナルティ……生活を脅かす可能性だってあるのよ?」
サンロー「我々がそこを論じても仕方がないだろう。そもそも疫病なんて、運営が作った人為的なイベントなのだから」
ああああ「なあ、姫子さんにサンローさん。戦闘職の俺からすると、死ぬことは日常茶飯事なんだよ?」
姫子「ああ、ごめん『ああああ』……そうね、私たちは戦闘職の命の上に立っているんだったわ」
サンロー「モンスター素材の枯渇が起こっていては、我々でもHP回復薬の生成は不可能だからな」
姫子「はぁ、そうなのよね……いくら苛立ったとしても、問題が解決するわけじゃない。その通りよ!だけど、このやり場のない怒りをどこにぶつけろって言うのよ!」
ああああ「姫子さんがおっさんでも、アバターで抱きしめるくらいはしてもいいよ」
姫子「だから、私はおっさんじゃないって言ってるでしょ!」
また、リオンデックス派もエコ・リバース派に苛立ちを隠せなかった。
ギルド長「なんだ!HP回復薬の素材はまだ手に入らんのか!」
リオンデックス商人A「すみませんギルド長、素材を持つモンスターが枯渇傾向にありまして」
ギルド長「言い訳は聞きたくない!素材はまだ手に入らないのか、と聞いているのだ!」
リオンデックス商人A「申し訳ありません……」
ギルド長「まったく、こんな閑職に追いやられて、今後の私は一体どうなるというのだ……」
ギルド長やリオンデックス派の上層部は、そもそもケオエコの仕様に明るくないので、閑職に追いやられたと誤解している節がある。
リオンデックス商人B「旧ミュークシス派もHP回復薬の素材を集めています!ここは早急に動くべきかと!」
ギルド長「既に手は尽くしている!旧ミュークシス派などに負けていられん!」
リオンデックス商人C「部長……リオンデックス社の幹部会から招集がかかっております」
ギルド長「また、あの狸親父どもの相手か、こんな閑職の人間を頻繁に呼び出すとは、リオンデックス上層部も随分お暇なこって」
リオンデックス商人B「いえ部長、閑職だと思っているのは部長だけで……今や花形部門ですよ……」
ギルド長「そうか花形部門か!こんなゲーム如きに時間を割いている私が花形部門の部長!まったく笑止千万な話だ!」
リオンデックス商人A「それで、その……申し上げにくいのですが、疫病対策はどうなっているかと幹部陣から……」
ギルド長「ははは、やはりそうだ。ゲーム如きに!誰も彼もが振り回されおって!リオンデックスの誇りを失った老害どもめ!」
リオンデックス商人B「では、引き続きHP回復薬の素材収集の指示継続でよろしいですか?」
ギルド長「仕方なかろう、今できることはそれしかないのだ!」
報告した社員の一人はこう思っていた。
『未だに旧ミュークシス派呼ばわりとか、奴に先はないな……ミュークシス派を真に束ねたのがエコ・リバース派、敵を見誤るようでは適切な戦略戦術も立てられまい……私と考えが近い課長が部長になれば、私の待遇もきっと良くなる』
部長の失脚を期待していた。
ギルド長は、幹部会に呼び出されて顔面蒼白で「只今誠意対応中です、大きな問題はありません」と繰り返すことで、その場の難だけはなんとか切り抜けた。
そんな日々が続く中『公式売買所』に、新しい高額商品が登場した。
それは高額だったが『疫病対策薬精製法』という名前で、明らかに今回の疫病イベントの鍵となるアイテムだ。
例のごとく『疫病対策薬精製法』も、スクリプト難読化というスクレイピングが掛けられているので、ギルド員総員に解読に当たらせた。
初期の解読結果に、衝撃が走った。
『疫病対策薬精製法』に求められる生産職のレベルは極めて高く、現ケオエコプレイヤーでも、生産職トップ層の水準だった。
エコ・リバース派で扱える者も姫子やサンローと、そして僅か数名という状況である。
おそらくリオンデックス派の実態は、惨憺たるものだろう。
リオンデックス派はプレイヤーに安心感を与えるためか、見栄のためか『疫病対策薬精製法』を大量に買い込んでいく姿が見られたと聞く。
同一スクリプトを大量に購入するリオンデックス派を見て、むしろリオンデックス派は信用できないと断定したプレイヤーも少なくなかった。
早速エコ・リバース派で製薬に携われるレベルの者を集めて、スクリプトを共有したのだが、スクリプト内容以前の問題だった。




