第二節 三人組と石材素材とギルド
三人組は、ひたすら岩を『混沌の街』に運び込んでいた。
雛太郎「岩を街に運ぶの、もう疲れた……」
百合男「言うな。俺たちは、ネズミと鹿しか狩れない」
桃雄「しかし、なんで岩がこんなに急に需要増えたんだろうな?」
百合男「なんでも石材を加工できるようになったらしいぞ」
雛太郎「まあ、今をときめく『エコ・リバース~でこぼこたいら』直々の依頼だからな、報酬もたんまりだ。アドバイザーとしても文句無し!」
桃雄「俺たちすげーよな、エコ・リバースと関わりを持ってるとか」
百合男「それはエコ・リバースの人達が凄いのであって、俺たちが凄い訳じゃないんだから、履き違えないように」
桃雄「わかってるって」
そうして『混沌の街』に岩を運んだ先、商業ギルドと生産職ギルドの真ん前ではサンローと姫子が待っていた。
サンロー「やあ君たち、これで依頼分の岩運びは終わりだね」
姫子「お疲れ様。はい、これが報酬ね」
渡された報酬は六千コインで六万円相当、正直ネズミと鹿を追いかけ回していたら、とてもではないが稼げない大金だ。
百合男「しかし、いいんですか?岩を運ぶだけでこんな大金……」
サンローは、奇怪なアバターをいつものように歪ませ、笑いながら答える。
サンロー「必要でなければ対価など出ないさ。今や石材建築ラッシュだからね、戦闘ができて岩を運べる人材は貴重なのだよ」
姫子「そうそう、商業ギルドと生産職ギルドも、建物を石造りにしようって話になってね」
サンロー「エコ・リバースとして、仕事を受けたはいいが『ああああ』はいつものように、モンスター狩りをしていたいと、我儘を言って困っていたのだよ」
姫子「形としては仲介業者みたいになってるけどね。元々うちが受けた仕事がこなせない責任を回避できたんだから、ほとんど中抜きなんてしてないわよ」
姫子は怪しい笑みを浮かべて語る。
雛太郎「それって、少しは中抜きしているってことですよね……」
百合男「おい、止めろって。そもそもエコ・リバースさんなしには、こんな案件に関われなかっただろ」
そこへサンローが割って入る。
サンロー「なに、姫子君はこんな風に照れ隠ししているが、中抜きどころか上乗せ料金を乗せているんだよ」
姫子「ちょ、やめてよ!商人としての格が落ちるでしょ!」
サンロー「ははは、こんなところで報酬を渡しておいて、いまさら何言ってるんだい姫子君。ギルド員は皆、知っているぞ?岩運びの依頼が五千コインだってことは」
三人は姫子の杜撰な言葉に呆れながら言った。
百合男「それ、ちょっと調べたら俺らでもわかる話じゃないですか……」
桃雄「透明性が高いギルドですねー(棒)」
雛太郎「しかし、俺らでも一日で運べる岩の量で六千コインは破格ですよね。アドバイザーとしても結構心配になります」
サンローは、またも奇怪なアバターを歪ませながら、愉快そうに答える。姫子も気持ちを切り替えて、少し呆れ気味だ。
サンロー「どうやら、ギルドというのは面子を保ちたいものらしい。
だから下手な相手には依頼もできないし、安い対価ではギルドが見下されるとでも思っているのだろう」
姫子「そうなのよね……ギルドが木造だろうと石造りだろうと関係無いと思うんだけど。
実際私たちのギルド本拠地は未だに木造一階建て、私たちみたいな弱小ギルドは、それで特に困ることもないのよ」
サンロー「ははは、商業ギルド長と生産者ギルド長が、我々のギルドに来て頭を下げるとか、バレたらどうするんだか」
サンローも姫子も知らない。商業ギルドや生産者ギルドはエコ・リバースとの繋がりを誇示したくて金をかき集めた事を……。
商業ギルドも生産者ギルドも、下手にギルド長兼任を依頼して『混沌の街』から去られたら心底困るため、とにかくエコ・リバースには自由にさせようという協定を結んでいる。
そのための今回の高額依頼だった。ギルドにとっては、トップ技術者が身近にいるだけで、かけがえのないメリットなのだから……
サンロー「まあ、ギルドが自分たちで調達した資金だ。君たちは遠慮なく受け取るがいい」
姫子「バレちゃったから正直に言うけど、本当にヤバかったのよ……。『ああああ』が貴方たちを推薦しなければ、もっと金額上乗せしてでも、誰かに依頼しなきゃいけなかったってわけ」
サンロー「まあ『ああああ』の事だ、我儘を通すように見せかけて、君たちの稼ぎを心配していたのだろうな。君たちを推薦するときの、あの真剣な口調からすると、そうとしか思えない」
姫子「そうは言っても『ああああ』がモンスター狩りをしたいってのも本音でしょうからね。まあ、黙って受け取っておきなさい!」
サンローと姫子の言葉には嘘がある。
それも、とても分かりやすい嘘が。
それこそ岩運びの金額より、遙かに分かりやすい嘘が。
それは、あまりにも露骨で、むしろ信じて欲しいとさえ思わせる嘘だった。
桃雄「エコ・リバースが弱小ギルドだなんて、謙遜は止めてくださいよ……」
百合男「全くです、今やミュークシス後継とされる……トップギルドじゃないですか」
雛太郎「おい、お前ら……エコ・リバースが弱小ギルドを自称したいなら、それを尊重したまえ。アドバイザーとして警告する」
百合男「いえ、俺は言わせて貰いますよ。弱小か強豪かを決めるのは、自称ではなく他者評価であると。格上のサンローさんや姫子さんには失礼ですが、こう思いますよ……エコ・リバースが弱小だなんて、笑わせないで欲しい、と」
桃雄「これは、さすがに百合男に賛成だな……」
雛太郎「だからなお前ら……事実ギルドの格を決めるのは他者評価だ。だけど自分たちがどうありたいか、それくらいは尊重したまえ」
少し不穏な空気になった所に姫子が言葉を挟む。
姫子「そうね、確かに私たちの影響力は、もしかしたら大きいのかもしれない。だけど、エコ・リバースはたった三人で構成されているのよ?人数面で言えば、商業ギルドと生産職ギルドが遙か格上。僅か三人のギルドは、人数面では明らかに弱小でしょう?」
そこにサンローが茶々を入れる。
サンロー「はは、姫子君の言うとおりだな。ただ彼らの言い分もよくわかる。今やどれ程のギルドが『エコ・リバース派』を名乗っているのかを考えると、人数に見合わない絶大な影響力を持っている、と解釈されてもやむなしだ。ははは、実際『エコ・リバース派』とか聞いても、心当たりがなくて私自身困惑しているのだがな!」
三人は顔を見合わせながら、サンローの言い分に折れる。
百合男「すみません、少しギルド事情に深入りし過ぎました……俺らは、どのギルドにも所属していないのに」
桃雄「そうだな、ギルド間の力関係とか、俺らにはわからねーしな!」
雛太郎「だから、俺は一貫してエコ・リバースの言い分を尊重しろと言っていたよな⁉」
そこに姫子が驚くべき提案をした。
姫子「ねえねえ、あなた達!私たちエコ・リバースに所属しない?戦闘職が『ああああ』だけだと心許ないと思っていたのよ!」
これに度肝を抜かれたのは三人組の方だ。
百合男「いや、勘弁してくださいよ……他から見てトップギルドのエコ・リバースに入ったとなったら、俺たちがどんな目で見られるか……」
桃雄「そうだな、流石にエコ・リバース所属の肩書きは俺達には重すぎる」
雛太郎「ですね、アドバイザーとしてもネズミと鹿しか狩れない戦闘職がエコ・リバース所属とかなったら、周りにどう見られるか」
サンローは折衷案を出してくる。
サンロー「エコ・リバースの正式ギルド員ではなく、エコ・リバース専属戦闘職という扱いではどうだろうか?今回の岩運びの仕事を見ても、君たちが信頼に値することは明白だ」
姫子「そうね、正式ギルド員でなければ、変な目で見られることもないでしょう?どうかしら?」
しかし、三人組の気持ちは既に固まっていた。
雛太郎「いえ、とても魅力的な話ではありますが、我々ではそのご期待に沿えないかと」
桃雄「そうだな、エコ・リバース専属戦闘職とか『ああああ』さんと比較されるのが目に見えてますよ」
百合男「そうですね……そのような話は、いずれ我々が力を付けたとき、改めてということでいかがでしょうか?」
サンローも姫子も残念そうに顔を見合わせながら折れる。
サンロー「そうだな、君たちを無理やり勧誘するのも私の本意ではない。姫子君がどうかは知らないが」
姫子「ちょっと止めてよね!私だって断られて追いかけまわすような真似はしないわよ!商人としてみっともない!」
サンロー「では決まりだな、三人とも相応しい実力を付けたと思ったとき、私たちに改めて声を掛けて欲しい」
そうして、三人組とサンロー姫子は別れを告げた。
三人組が去った後姫子は憤慨した。
姫子「あーあ、エコ・リバースに入ってほしかったのになぁ……変な影響力のせいで思う通りに行かない!」
三人組はこれでこの案件は終わったと思っていたのだが……思わぬ伏兵がいた。それは商業ギルドと生産職ギルドそのものだった。各ギルドは、石造りのギルド入り口に協力者の名前を刻んだ、大理石のような石碑を設置した。
そこには『エコ・リバース協賛』『桃雄』『雛太郎』『百合男』の名前が見事に金縁で記されていた。ギルドを出入りする人は、自然とその名前が目に入る。
雛太郎「なあ、これ俺たち完全に巻き込まれてるな……アドバイザーとして、これは遺憾の意を表する以外にない」
百合男「言うな、俺だって想定外だった……」
桃雄「まるで俺たちが強者みたいじゃないか……いや、ホントこれどうするんだよ……」
彼らの受難の日々は始まったばかりだった……




