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第五節 ケオエコの労働場所化

 繰り返すがサンローと姫子は、あくまでミュークシス派とみなされただけであり、ミュークシス社員ではない。

 だから、実際は変化がある方がおかしいのだが、ケオエコではそうもいかない。


 余談だが、このミュークシス撤退に伴い、引き抜きにあった人達は軒並みミュークシスを退社するに留まらず……ミュークシスでケオエコをプレイしていた社員達、もまたミュークシスを退社するに至る。

 気がつけば「実力派」の看板を掲げるミュークシスは、その看板に偽りありという悲惨な状況に陥っていた。

 彼らは気づいていたのだ、ケオエコで稼いだ方が割が良いと。

 そもそも、ミュークシス撤退は技術者を腐らせないための措置だったというのに……


 二人はミュークシス撤退を受け、『混沌の街』のギルドで今後の事を相談していた。


サンロー「別にPythonにはPythonの美しさがあることは、私も認めているんだよ」

姫子「今日の話はそうじゃないでしょ!」

サンロー「いや、ちゃんと話は繋がっている。それぞれの居場所には、それぞれの在り方がある、そういう話だ」

姫子「要するに?」

サンロー「我々は、為すべきことを為せばいい!リオンデックス云々は、手段に過ぎないじゃないか!」

姫子「おー、サンローもたまには良いこと言うのね」

サンロー「私はいつも正しくて、良いことを言ってるつもりなのだが?」

姫子「そして、流れるようにLISP愛を語るのね」

サンロー「ぐっ……いや、我々が為すべきこととは何だ?私は生産職、姫子君は商人、その職務をまっとうすればいい、そういう話だろう」

姫子「で、リオンデックスにはついていくの?」

サンロー「個人的には、私の実力を軽んじたリオンデックスも好かんのでな。必要とあらば、自らギルドを立ち上げることも辞さん!」

姫子「おお、その話、私も乗って良い?」

サンロー「もちろんだとも。どうせなら戦闘職の『ああああ』も巻き込んで、小規模な総合ギルド設立はどうだろうか?」

姫子「ああ、あいつね。確かに話が通じそうな戦闘職は……残念ながら稀少ね」


 そんな時『ああああ』がちょうど通りがかった。


姫子「あ『ああああ』じゃない!……しかし『ああああ』ってキーボード叩くと、左小指の負担が酷いわね」

ああああ「よ、久しぶり!この前のメンテの時は、色々教えてくれてありがとうな!」

サンロー「まあまあ『ああああ』よ、私と君の仲じゃないか!」

ああああ「いや、どんな仲だよ……」


 サンローは奇怪なアバターを歪ませて笑う。


姫子「あのね、私たちね?ギルドを立ち上げようと思うの!」

ああああ「おー、よくわからんがすげーな!お互い頑張ろうぜ!」

サンロー「さすが私と君の仲だ!話をせずとも、我らのギルド勧誘に気づくとは」

ああああ「え、ごめん。なんのこと?」


 当然『ああああ』は困惑する。


姫子「こらサンロー!そうじゃないでしょ!……えっとね、私たちのギルドに貴方を勧誘したいのよ」

ああああ「え、だって、俺は戦闘職だぜ?」

サンロー「我らが目指すは総合ギルド!『ああああ』なら戦闘職部門のトップを任せてもいい」

ああああ「総合ギルドねぇ、で、俺は入ったら何するの?」

姫子「モンスターと戦闘するでしょ?モンスターの死骸をそのままか、素材剥ぎ取るでしょ?私たちの所に持ってくるでしょ?」

ああああ「なんだ、いつもと変わんないじゃん。いいよ?」

サンロー「さすがだよ、今後とも頼むよ!戦闘職部門トップ『ああああ』よ」

ああああ「ところで、そのギルドってどれくらいの規模?」

姫子「私と、サンローと、あなたの三人」

ああああ「うわ、むっちゃ小規模……っていうかそれってギルドって呼んでいいの?早まったかな……」

サンロー「いやいや、ギルドなんて最初はこんなもんさ、志が大切なんだ」


 サンローの口車の載せられる『ああああ』であった。

 リアルではサンローは大笑いしていた。


 こうしてサンロー姫子『ああああ』による、全員が部門長という零細総合ギルド『エコ・リバース~でこぼこたいら』が誕生した。

 三人が三人とも「自分こそがたいら」と信じているが、端から見ると「たいらな奴がいないじゃん」と笑われるのであった。


 ちなみに『エコ・リバース~でこぼこたいら』の由来は諸説あるが、公式見解はない。

 「エコノミカルな世界を反転させる」という説が、有力視されている。


 彼らの例は極端だけど、ミュークシス派と見なされているプレイヤーの多くは、リオンデックス系ギルドへの流入を拒んだ。

 リオンデックス一強という予測は、これで大きく裏切られた形になる。

 商人や生産職は各々がそれぞれの中小ギルドを立ち上げ、中には彼らのように複数職を統合したギルドもあった。


 ミュークシスの撤退に伴い、ミュークシスの街からも自衛軍がいなくなり、治安維持もままならなくなった。


 整然とした街を惜しみながらも、プレイヤーは元いた『混沌の街』に戻ると、『混沌の街』は『ミュークシス派』の商業ギルドや生産職ギルドの尽力により、混沌さを保ちながらも以前より秩序が見受けられる。

 『ミュークシス派』も、ただ遊んでいた訳ではなく、しっかりとリオンデックスとミュークシスの街作りを、『混沌の街』に反映してきたのだ。


 例えば、外縁部の『投資した自宅を守りながら、街も守ってくれている戦闘職』に対して、護衛だけで暮らして行ける程の支援金が、商業ギルドと生産職ギルドから支払われた。


 この支援金により、戦闘職も街の者に無理を言うこともなくなる。

 彼らは、誇りを持って『自衛軍』を自称して街を守っている。

 むしろ商業ギルドや生産職ギルドと連携し、外縁部のトラブルに積極的介入を行っている。

 商業ギルドと生産職ギルド系の倉庫、ここが絶対護衛対象だが、自衛軍が街全体の治安維持活動を行っているのは、商業ギルドと生産職ギルドの指示だ。


 商人や生産職も、むやみに戦闘職を敵に回したくない。

 それに街中では商人や生産職が歩いているのだ。


 ここで扱いに差を付けたら自衛軍の信頼が落ちて、ゆくゆくは商業ギルドと生産職ギルドの信用が落ちるという判断だ。


 例えば街中には交代で巡回員を設け、街の中での悪質なトラブルにはギルドが毅然とした取引拒否をすることで、街に住むメリットよりデメリットが大きい……それ程の経済制裁を行った。

 かつて不法侵入して素材を奪った戦闘職の男も、徹底した売買拒否をされた。

 後ろ指を指されながら飢えてなお、街を出て行くしかなかった。


 そうして他の街に行ったところで、街同士の商業ギルドと生産職ギルドは緩く連携している。ブラックリストは共有されているので、彼の生存は絶望的だろう。


 誰も知らない事だが、彼は後に運営にメールを送った……アカウントの作り直し要請を行う。

 しかし『契約内容を再度ご確認ください』の定型文返信。

 彼が何度再送しても、その一文だけが返ってきた。

 やがて、その返信すらなくなった……その後は、何を送信しても返信がなかった。

 電脳麻薬カンパニーは、度重なる同じ内容のメールを当然スパム扱いしている。


 『混沌の街』の変化はこんな具合だ。


 例えば、更なるプレイヤー増加に備えて外縁部より更に外に広い家を新築し、家に投資した戦闘職から買い上げ、新築物件を廉価に斡旋した。


 例えば、あばら屋だった家を次々と二階建てに建て直し、ミュークシスの街を模倣していった。


 混沌さと整然さが入り交じった『混沌の街』は、独特の魅力に満ちあふれた街に成長していた。そうして今や『混沌の街』中心部の二階建ては、かつてのミュークシスの街よりも高値が付いているほどだった。

 特に、商業ギルドと生産職ギルドの拠点は、リオンデックスの街を模倣した三階建てに改築されて、その影響力はもはや一目瞭然だった。


 また、戦闘職達も新たなギルドとして『素材収集ギルド』という、大規模ギルドを立ち上げた。これは素材専門に買い取りをして、まとめて商人に卸すギルドだ。


 『ああああ』は、これを知った時「ホント、早まったぁ……」と深く後悔するのだが、その後悔自体が的外れであった。

 サンローはミュークシス派として商人と生産職の顔役だし、姫子は『素材剥ぎ取りスクリプト』の第一人者という、紛うことなきケオエコのトッププレイヤーの一角なのだから。


 各中小ギルドは『エコ・リバース~でこぼこたいら』を笑いながらも、彼らこそが自分たちを束ねている親組織と認識していた。

 サンローと姫子に見いだされた『ああああ』は「宝箱占有事件」の話が伝わるにつれ『素材収集ギルド』も『ああああ』に敬意を持ち、その態度に『ああああ』は大層混乱していたことが目撃されている。


 このような『エコ・リバース~でこぼこたいら』を親とみなした中小ギルド群のみならず、混沌の街の商業ギルドと生産職ギルドの尽力があり、ミュークシス撤退の影響は最低限に抑えられた。

 なんなら『ミュークシス派の正当後継ギルド』とまで言われている。


 ただ、この中小ギルド乱立のため「どこのギルドに所属するか?」が、ケオエコ内でのヒエラルキーに繋がった。

 ケオエコでは概ね、街のトップギルドがあり、そこに中小ギルドがリーダーだけ所属する形を取っている。

 まさに、親会社子会社の関係のようなものだ。


 今まで、頑なにソロ活動をしていたプレイヤーも、そろそろ限界を感じていずれかのギルドに所属せざるを得なくなる。

 ケオエコプレイヤーの一部は「まるでギルドに就職するかのようだ」と思ったが、まさにそれが実態だった。


 ギルドに所属しないことは、そのまま商業ギルドと生産職ギルドとの繋がりが持てないことに直結し、最悪なことに『自衛軍』の庇護すら最低限になる。

 具体的には、倉庫を作ったところで襲撃されて盗まれても、自衛軍は「ご愁傷様です」と、命の無事があったから良いというスタンスになる。


 これがギルドに所属すれば、定期的な巡回に加えられ、被害が生じても商業ギルドと生産職ギルドによる、一定額の補填が行われる。

 ギルドによって、重視している職種も素材もそれぞれ違うのだから……時には合わないケースだってある。しかしそのような理由でギルド脱退すると、ギルドでやっていけない者として汚名となり、多くの人達に伝えられてしまう。


 現在、ケオエコでは「戦闘職はモンスター素材をギルドに売って商人に納入するか、直接商人に納入、商人は生産職に素材を卸し、生産職は素材から高い品質の品を作り商人に納入、商人はスクリプト売買と改修、および生産職に納入された品の販売」となっている。

 だからと言って、商人が一番儲けているかというと、案外そうでもない。商人としての責任の重圧や、時に起こる返金対応など、負担は過大だ。下手に恨みを買えば闇討ちにあって、全財産の半分喪失の危機だ。

 しかも商人達は二十四時間営業を強いられるので交代要員、スクリプト専業商人の配置など、自然と複数人体制になる。この売上げを分割するのだから、商人達の中には厳しい経営の所も珍しくない。


 商店は主に『混沌の街』中心部で、複数のあばら屋を買い取り、コストを掛けてでも店舗拡大を行った。

 外縁部の広く廉価な家も魅力だったのだが、モンスター襲撃のリスクも含めて生産職に譲った方が良いという判断だった。


 サンローは生産職の仕事に加え、生産職や商人の顔役としてあちこちに顔を出して、アドバイスに対価を求める。

 サンローに依頼するには重いスクリプト改修は、商人にオーダーメイド的に依頼するといった棲み分けが進んでいる。

 もっとも、オーダーメイドを受けるようなスクリプト商人は、大抵がサンローの世話になっているので、間接的にサンローの恩恵を受けているのだ。


 『モンスター素材剥ぎ取りスクリプト』を単独で維持保守する、今や商人トップクラスのスクリプト専業商人姫子。

 生産職を片手間にこなしながら、スクリプト全般にわたる広範な知識を持ち、惜しげもなく教導するサンロー。

 そして本人は自覚していないが、新規モンスターを討伐して姫子の『モンスター素材剥ぎ取りスクリプト』の精度を上げる『ああああ』。


 ギルドを、わずか三人で回してる『エコ・リバース~でこぼこたいら』は超少数精鋭として、畏敬の目で見られていた。


 いざとなれば多くのギルドを動かせる『エコ・リバース~でこぼこたいら』の影響力は、ミュークシス以上の手腕と見られている。

 そんな彼らが拠点としている『混沌の街』は、今やケオエコの中心地として注目されている。

 『素材改修ギルド』は、戦闘職同士の結びつきを構築できず……間もなく商人となった。


 しかし、どれだけ彼らを褒め称えたとしても、変えられない事実がある。


羽手名「あーあ、ゲームをやってるはずなのに、彼らの姿はまるで労働者じゃないか……?」


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