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第二節 三人組の困惑

 メンテナンスが終わり、三人組は試しにネズミや鹿の討伐に向かったのだが……


桃雄「うお、サンローさんの魔法で?魔力枯渇を起こした!」

雛太郎「俺もだ!これはアドバイザーとして、サンローさんに相談すべき内容だと考える!」

百合男「っていうか、さっき流れた『魔力の流れが変わった』が影響してるんだろ……多分サンローさんも、今は忙しいと思うぞ」

雛太郎「しかし、これでは我々の討伐がままならないぞ!」

桃雄「仕方ない、魔法抜きでネズミや鹿を討伐できるように修練を積もうぜ……」


 しかしサンローのスクリプトに慣れきってしまった三人組にとって、本来雑魚であるはずのネズミや鹿の討伐もままならない。


桃雄「おい……これどうするんだよ……これじゃ食糧もままならないぞ……」

百合男「仕方ない、忙しい中で申し訳ないが、サンローさんに相談してみよう」

雛太郎「アドバイザーとしても、こればかりはやむを得ないと思うぞ!」


 そうして、生産職ギルドに訪れるとサンローは表情を歪ませ、何か思い悩んでいる。

 サンローは三人組を生産職ギルドのテラスに呼び寄せ、深刻に語る。


サンロー「君たちか、要件は分かっている。私のスクリプトが動かなくなったんだろう?」

百合男「お忙しい中、本当に申し訳ありません、そうなんですよ……」

桃雄「サンローさんなら、すぐに解決できますよね?」

雛太郎「俺たち、もうあの魔法抜きにはネズミも鹿も倒せなくて」

サンロー「いや、申し訳ない。原因は現在調査中だが……少なくとも、すぐの解決はできそうにないのだよ……まだ、僅かな手がかりしか掴めていない」

桃雄「そんな……サンローさんでも解決できない問題って、深刻じゃないですか!」


 そこに、生産職ギルドに来ていた姫子がテラスに顔を出す。その表情はアバターながら、若干疲れているように感じた。


姫子「そうなのよ、まずは原因を調査しないと、私たちも動きようがないの……だから、ごめんなさい。サンローを調査に専念させてあげて」


 姫子の言葉を受けて、サンローは生産職ギルド内に戻っていった。姫子は相変わらず、その場に残っている。


百合男「いえ、こちらこそ詳しい事情を知らずに、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

雛太郎「そうだ、姫子さんの『モンスター素材剥ぎ取り魔法』を、サンローさんに立て替えて貰ってたんですけど、姫子さんへの直接払いでも構いませんか?それとも姫子さんとサンローさんの間に何か取り決めでも?」

姫子「いいわよ、というかそんな話、サンローから一言も聞いてないんだけど。どうせサンローの事だから、売値そのまま立て替えでしょ?代金を支払うなら、購入者リストに加えておくわ。

 そもそも再配布自体はライセンス的に無問題だから、こちらに苦情を寄せない限りは、問題にしないのよ。ただ、今回の件でアップデートするから、それが欲しければ買った方が安いわね」

桃雄「では、素材剥ぎ取り魔法の費用には……まだ、かなり足りませんが……二一五〇コイン、これが俺たちの全財産です」

百合男「残り八五〇コインは、申し訳ありませんが……もう少し待っていてください。これでも食糧購入ギリギリを差し引いた、今の俺たちが出せる全財産なんです」


 桃雄は恥を忍んで訴える。それに対し、姫子は突如怒り出す。


姫子「ちょっと!サンローはなんて暴利を吹っかけてるのよ!素材剥ぎ取りスクリプトの費用は三百コイン、こんな金額取ってないわよ!」

雛太郎「ですが、サンローさんは……指を三本立てて値段はこれだと……」

姫子「まったくあいつは!初心者に格好つけるからこんな誤解を……まあ、これだけあるなら今のうちに受け取っておくわ、まいどあり!二一五〇コインいただきます!」

桃雄「え、今素材剥ぎ取り魔法は三百コインだって……」

姫子「冗談よ冗談……そんな真似をしてみなさい、私の信用がガタ落ちよ……今後、商売ができなくなるわ」


 そうして姫子は、桃雄の提示した二一五〇コインから、二百コインだけ受け取った。


姫子「ごめんね、今じゃ私の素材剥ぎ取りスクリプトも動かないと思う。新しいモンスターも出てきたから、そっちの対応もしなきゃいけないのに、魔力枯渇の原因が掴めない。もう、動くに動けないのよ……だから、少しだけオマケしとくわ」

桃雄「いえ、今まで姫子さんの素材剥ぎ取り魔法には散々お世話になって、これだけ稼げたんですから満額支払いますよ!」

雛太郎「アドバイザーとしても、ここは満額支払うべき所だと主張させて貰おう」

姫子「いいのよ、現時点で動かないスクリプトに、満額支払わせるとか鬼畜でしょ?だけど、絶対アップデートしてみせるから、その時のアップデート代金に少しだけ色を付けて貰うわよ」

百合男「ほら、姫子さんをあんまり困らせない。というか、アップデート代金に色を付けるなら、今満額払っても大差ないのでは……姫子さんも厳しい状況でしょうし、あまり負担を掛けたくないな」

雛太郎「アドバイザーとして言わせて貰おう!今の百合男が一番姫子さんを困らせていると!」

姫子「アップデート料金は百コイン前後を考えてるわよ、とにかく人気が凄いから薄利多売路線なのよね。そこにプラス二十コインでいいわよ、悪い話じゃないでしょ?」


 購入金額相場三百コインが二百コイン、アップデートは必須だからこの金額は別としても、色をつけたとしてスクリプト本体代金合計が二百二十コインになるので、三人組にとっても負担が少なくなり、ありがたい話だった。


桃雄「そういうことでしたら、こちらとしてもありがたいです……しかし、このまま戦闘ができないと、食糧調達がままならないのが困りました、はは」

姫子「えっと、さっき少し聞こえたんだけど、ネズミや鹿も倒せないんですって?腕のいい戦闘職を知ってるから、ちょっと打診してみるわよ!スクリプトに頼らずに、モンスターを狩れれば、今回のような問題にも巻き込まれずに済むでしょ?あ、おーい!『ああああ』ちょっと、こっちまで上がってきて!」

ああああ「ここ、生産職ギルドだろ?上がっていいのか?」

姫子「別にギルド外の人間が立入禁止ってわけじゃないから!っていうか、私も商業ギルドの人間だから!」

ああああ「おお、そうか、じゃあ今からそっち行くわ!」


 『ああああ』は生産者ギルドに入っていく。その姿を見ながら……


百合男「あの、今の……あの、宝箱占有事件の解決に尽力した、高名な『ああああ』さんじゃ……」

桃雄「すっげー、やっぱ才能ある人の元には、それに相応しい人が集まってくるんだな」


 話していると、早速『ああああ』がテラスにやってきた。


ああああ「やあ、待たせたね。で、何の話?」

姫子「うん、この三人初心者なんだけど、戦闘指導してやってくれない?」

ああああ「わかった!じゃあ早速だけど森に行こうか!」

雛太郎「ちょっと、一応アドバイザーとしてお聞きしますが、対価はどれくらいで?」

ああああ「ああ、いいよいいよ、そんな話。っていうか、姫子さんには新しいモンスターを狩ってくるように言われてるから、そのついでというか同行者ということで」


 三人は驚愕と困惑を隠しきれない、アバターの表情には出てこなかったが、動きが止まっていることが全てを物語っている。


ああああ「いや、俺はモンスター討伐が楽しいんだよね。仲間が増えるなら、それだけで嬉しい!」

桃雄「すっげー!ケオエコにもこんな人がいるんだ!」

百合男「その言い方はちょっと『ああああ』さんに失礼じゃないか?」


 そうして『ああああ』を先頭に、三人組は生産職ギルドを後にした。


桃雄「なあ、俺たちも、遂に魔法抜きでモンスター倒せるようになるんだよな!」

雛太郎「本当にありがたい話だ、アドバイザーとしてではなく、深く感謝する」


 しかし『ああああ』の指導は、苛烈を極めた


ああああ「あのネズミを倒す?物陰に隠れて近づいて、音を立てずに肉薄して、一気に斬りつける!」

百合男「いえ、物音でネズミが逃げてしまうんですよ、鹿も同じく」

ああああ「修行が足りないな?まず物音を立てず移動するのも修行のうち!早速修行だ!」

桃雄「ひぇぇ……」

雛太郎「感謝したのは、一時の気の迷いだったかもしれない……」

百合男「修行……明日は必修の科目があるのに……」

ああああ「おい、三人ともまた音を立ててるぞ!」

百合男「少し休ませてください『ああああ』先生、集中しすぎたせいか……集中力がもう保ちません」

雛太郎「百合男の言い分ももっともだ……『ああああ』先生、ここはアドバイザーとしても、休憩を取るのが適切かと」


 『ああああ』はため息をつきながら言う。


ああああ「わかった、これから十分休憩だ。しっかり目を温め、手を休ませるんだ。今晩は寝がせないからな!」

桃雄「ひぇぇ……分かりました」


 そうして三日三晩ぶっ続けで、音を立てずに移動する方法を修行した。


ああああ「いいか、まずは敵の動きに慣れろ、そして自分の位置取りを感覚で掴むんだ。最初は無理に攻撃しなくてもいい、重要なのは敵の動きを掴むことだ、死んだら元も子もない」

雛太郎「わかりました……しかし、感覚といわれましても」

桃雄「そのために敵の動きに慣れろと『ああああ』先生は言ってるんじゃないか」

百合男「まずは先生の言うとおりやってみよう」


 こうして修行を重ね、三人は無事ネズミと鹿だけなら……音を立てずに近寄り、魔法抜きで狩れるようになったのだった。


百合男「しかし『ああああ』さんの動きは凄いですね」


 『ああああ』は笑顔で応える。


ああああ「ああ、基礎的な動きさえマスターしてしまえば、なんとかなるもんだよ。何事も基礎が大切だ!」

桃雄「しかし『ああああ』さんの動きは、とても基礎レベルとは思えない……」

雛太郎「アドバイザーとして一言、『ああああ』さんの動きは『基礎にして初歩にあらず』なんだよ桃雄」

桃雄「なるほど『基礎にして初歩にあらず』か……雛太郎、たまにはアドバイザーっぽいこと言うじゃないか」

雛太郎「何を言う!俺はいつもアドバイザーとして尽力しているではないか!」

百合男「しかし、敵の動きを観察して覚える、パターンを覚える……その対処のためにに基礎の動きを覚える、か。深いな」

桃雄「言うは易く行うは難し、だな……」

雛太郎「もう、コントローラ持ってる手が限界……」


 『ああああ』は、笑顔で言葉を続ける。


ああああ「よし、とりあえず基礎中の基礎である、ネズミと鹿を倒せるようになったな!次回からは、更なる強敵に挑むから覚悟するように!」

百合男「ひぇぇ……まだ続くんですね指導、ありがたい話なんですけど」

桃雄「あの『ああああ』さん。まずは、ネズミと鹿で反復練習をしたいんですけど」

雛太郎「そうだな、我々の今の力量では、ネズミと鹿で精一杯だ。アドバイザーとして、桃雄に賛同します!」


 『ああああ』は、少し残念そうに言う。


ああああ「そうか、まあ無理強いはできないな。俺は、姫子さんの依頼である新モンスター討伐に向かうとするよ」


 三人は胸をなで下ろしながら、ログアウトして寝不足を補うように惰眠を貪った。


 なお、百合男は必修科目の出席日数が不足して、無事に単位を落としたそうな。

 百合男は「まあ、来年があるさ」と笑っていた。

 しかし、もう三人組は大学そっちのけで、ケオエコで稼げるという無駄な自信をつけてしまった。


 彼らが討伐できるのは、まだネズミと鹿だけであり……それこそケ、オエコでは雑魚中の雑魚モンスターに過ぎないというのに。

 こうして、電脳麻薬カンパニーの思惑にどっぷりハマっていく三人組であった。


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