電脳麻薬カンパニー
数ある作品の中から、このディストピアに辿り着いてくださり、お時間を割いていただけたことに感謝します。
「私は一体、何の技術者なのか?」
唐突に浮かんでしまった疑問は、彼が意識さえしなければ、何の問題もなかったのかもしれない。彼が技術者として扱う『それ』は大学で文系理系で学部学科が存在し、国も『それ』を扱う人々の育成に直接的な水準で力を入れている。
そして一部の特権階級ではなく、明らかに世界規模で一般庶民の日常に『それ』は浸透している。陰謀論でも見受けられるし、本当に陰謀があっても別に不思議ではない。
しかし『それ』について、気になって、いざ人に聞いてみると――
「○○って重要だよね。俺もどんどん集めるようにしている」
「○○も玉石混合だ。きちんと見分けられる力を身につけねば」
「○○の関連で何か、大きな一発を当てて金持ちになれねぇかなぁ」
――全く要領を得ないのである。
某ネット百科事典を見ると「ただひとつの答えを与えることは困難である」と記載されて、複数の項目に分岐し、また語源を辿れば古代ギリシアにたどり着く。「すべての道はローマに通ず」などという表現があるが、文字通りの体験を得る機会は少ないだろう。
国語辞典では、同語反復で説明になっていない。
皆が、それほどまでに重要視している『それ』について、実際には全く『それ』についての『それ』が存在しないという事実、それにも関わらず平然と『それ』について頻繁に論じられているのは非常に不可解な話だ…そう愕然とした。
これは形而上学の講義ではない。
私としても、今や切実に『それ』について知りたいと思っている。
何を言ってるのかわからないかもしれないが大丈夫だ、自分でもわからなくなってきたところだ。
『情報』――すなわち『情報』についての『情報』がほとんど存在しないにも関わらず、『情報』が論じられる事への違和感。
我が社は敢えて「情報」の名前を使わず、『情報処理』の代名詞たるコンピュータの中華表記『電脳』を社名として採用することにした。
『電脳楽園』を筆頭に、この名を冠する系列会社は、情報関連技術が中核を占める国際的営利団体として活動している。
「そろそろ、情報とは何かを探るために、電脳楽園を本格的に動かし始めるか…」
電脳楽園、通称『電脳麻薬カンパニー』の社長、依田泰造は暗くなった社長室で静かに笑い、動き始める。