カオリンの妹
僕は勇者。かろうじて勇者だ。しかし、ラ○ディーンではない。
またしても、僕達は謎の美少女である御徒町樹里ちゃんに助けられた。
彼女は一体何者なのか? 謎は深まるばかりだった。
僕達はキサガーナ王国の外れの荒野を進み、魔王コンラの地下城の入口を目指した。
実際、経験値的にはとても無謀な行動だが、僕達には樹里ちゃんがついている。
「大丈夫ですよ、勇者様」
彼女のその一言で、僕達は魔王の城に向かう事を決意したのだ。
「あそこでねえだか?」
腹が減り過ぎて意識が朦朧としていたリクが、蜃気楼を見た旅人のような声で言った。
確かにリクが指差す先には、巨大な岩山に囲まれた、禍々しい妖気を放つ城門のようなものがあった。
「様子を見て来ます」
盗賊ノーナがその身軽さを生かして先発した。
「いよいよお会いできますのね、カジュー様」
武闘家カオリンは、また恋する乙女の顔になっていた。
魔王よりカオリンが最大の敵になりそうな気がする。
「バカな事言ってるんじゃないわよ。カジュー様は私にゾッコンなのよ」
今時あまり使われない「ゾッコン」などというフレーズを言い放った者がいた。
カオリンの顔が引きつった。
「まさか?」
うん? カオリンが震えている。どうしたんだ? 何か怖いのか?
「またあんた、私の恋路を邪魔する気なのォッ!」
いや、怖くて震えていたのではないようだ。怒りに震えていたらしい。
カオリンの殺気が当社比計測不能になった。
またあの怪力娘が来たのか?
「勇者様、もし私が倒れるような事があったら、カジュー様に伝えて下さいな。カオリンは最後まで美しく戦ったと」
カオリンは僕にキラキラした眼差しでそう告げると、声のした方に駆け出した。
「出てらっしゃい、ユカリン! 今日こそ、あんたをぶちのめしてあげるわ!」
カオリンの叫び声が、荒野に響き渡った。
「オーホホホ、相変わらず下品ねえ、お姉様」
何? お姉様? と言う事は?
「お久しぶりですわね、カオリン。相変わらず、お肌ガッサガサでしょ?」
現れたのは、カオリンにまさしくクリソツな女性。
コスチュームはカオリンと色違いで、エロさは同じだ。彼女も武闘家なのか?
「おおお!」
リクの鼻の下が当社比二倍に伸びた。
「うるさいわね。双子の貴女に、お肌の事をとやかく言われたくないわ」
カオリンのその発言を聞き、リクの鼻の下は当社比で元に戻ってしまった。
「あらあら、そんなに怒ってばかりでは、小皺が増えますわよ、お姉様」
ユカリンの口の悪さはまさしく双子という感じだ。
「カオリン、ここで終わるわけにはいかないんだ。チームプレーで勝ち抜くぞ」
僕はカオリンの反対を覚悟でそう言った。すると、
「ありがとうございます。みんなでギッタギタにしてあげましょう、あのバカな妹を!」
と快諾された。うーむ。相当な確執のようだ。
「そうは行かないわよ。私には切り札があるのよ」
ユカリンの声と共に、魔王軍の兵士に囚われたノーナが現れた。
「ノーナ!」
僕は驚いて叫んだ。カオリンが更に怒りのパワーをアップさせた。
「あなた方は手出し無用ですわ。これはカオリンと私のタイマン勝負ですのよ。もし邪魔すれば、この色男さんの唇は私の物ですわ」
ノーナの唇くらい、いくらでも差し上げるが、もしそうなったら、またカオリンが荒れる事になる。それは困る。
「カジュー様ばかりでなく、ノーナさんまで……。どこまで欲深い女なの、ユカリン!」
「お誉め頂き、光栄ですわ、カオリン」
ユカリンはニヤリとした。彼女は魔王軍と通じているのか?
「私の事は気にせず、こいつらを倒して下さい!」
ノーナが言った。
「心配しなくて大丈夫ですわ、ノーナさん。貴方の唇は、私が守ります!」
カオリンはバッと飛び、ユカリンに向かった。
二人の壮絶な戦いが始まった。
「腕が鈍ったんじゃないの、カオリン?」
「それはこっちのセリフよ、ユカリン!」
その戦いの隙を突いて、僕達は魔王軍に仕掛けた。
「ノーナを助けるぞ、リク!」
「おう!」
僕とリクは魔王軍に突進した。虚を突かれた魔王軍は敗走し、ノーナはすぐに解放された。
「大丈夫だか、ノーナ?」
リクがノーナの縄を解くと、
「ありがとう、リクさん!」
とノーナがリクに抱きついた。リクはビックリして、
「お、おい、オラはそっちの趣味はねえだよ」
と言ったが、何故か顔が赤い。
こいつ、相手が男でも、綺麗ならいいのか?
本当に節操がない奴だ。あれ? でも、様子が変だぞ。
「ノーナ?」
今までノーナは短髪だと思っていたのだが、それはカツラだった。その下から、輝くようなブロンドの長い髪がこぼれたのだ。
「お、おなごなのけ、ノーナ?」
「は、はい……」
ノーナはリクにしがみついて答えた。
これはビックリだ。ノーナは女だったのか。道理で綺麗な顔をしている訳だ。
「うほー」
リクは鼻血を盛大に吹き出し、倒れてしまった。
「樹里ちゃん、助けて!」
僕はすぐに救護班の樹里ちゃんに言った。樹里ちゃんは相変わらずの笑顔で、
「はい、勇者様」
と答えた。
そんな中、カオリンとユカリンの戦いはまだ続いていた。
お互いもうヘロヘロだ。年には勝てないようだ。
「な、何、ノーナさんは女でしたの?」
「そ、そんな……」
双子の悪魔がガッカリしている。あ、いや、その……。
「ここは一旦退くわ、カオリン。次はカジュー様と私の結婚式で会いましょう!」
ユカリンは捨て台詞のような言葉を残し、逃げた。
「その逆よ! 貴女をカシュー様との結婚式に招待してあげるわ!」
カオリン、そんな事を勇者一行が言ってはダメだよ……。
こうして僕達は何とかピンチを脱した。
「ここか」
そして城門の前。大きな扉に大きな錠前が付けられている。
「鍵が開かないと、中に入れませんわね」
肩で息をしながら、カオリンが言った。
「そうみたいですね」
ノーナがリクとピッタリ寄り添って言った。カオリンはそれを見てムッとしたらしく、
「ノーナさん、貴女、ちょっと上まで行って見て来て下さいな」
「は、はい」
ノーナはカオリンの殺気を感じて、すぐに城門の上に飛び乗った。
「ダメです、上からは入れません。この扉を開くしかないみたいです」
「そうですの」
困った。鍵なんてどこにあるんだ?
「開きましたよ」
樹里ちゃんが言った。えええ?
「ど、どういう事?」
樹里ちゃんは錠前を外していた。
「鍵はどこにあったの、樹里ちゃん?」
僕は妙に思って尋ねた。樹里ちゃんは城門の脇にある休憩小屋を指差し、
「あの中に」
おいおい、こんな小屋、さっきあったか? 不思議だ。
ま、いっか。とにかく、これで魔王の地下城に入れるぞ。
「リク!」
「ほいよ」
僕とリクで重い扉を押し開く。
「ここからは、本当に大変な戦いになるぞ」
僕は決め台詞のように言ったが、誰も聞いていなかった。
勇者なんかやめたい。そう思った瞬間だった。