逆襲のヤギー
僕は勇者。
魔王コンラを倒すために旅をしている。
旅の仲間は増減をしている。
今は五人。
戦力的には、二人どうなのか良くわからない人がいる。
一人は御徒町樹里ちゃん。
この子はいるだけでパーティが和むので、戦力とか関係ない。
と言うより、可愛いから許す。
でももう一人は問題だ。
その名はヤギー。職種は遊び人。
何故そんな職種があるのか、この世界の創造主に問い合わせたいくらいだ。
今回、ヤギーは道端に倒れているという、少し怪しい現れ方をした。
しかし、美貌の武闘家であるカオリンは、恋する魔導士カジューがいる魔王コンラの地下城の入口を見つけたと言うヤギーの言葉に大喜びだ。
今まで物のように扱って来たヤギーに信じられないくらい優しく接している。
ヤギーがいい思いをしていられるのは、地下城の入口に辿り着くまでだろう。
その後は、悪くすると抹殺されてしまうかも知れない。
可哀相なヤギー。
僕はそんな彼の事を思い、涙した。
僕達はコンラの城があると言われているキサガーナ王国の外れの町に着き、宿屋に入った。
「で、どこにありますの、その入口は?」
カオリンは色っぽい目でヤギーに擦り寄り、お酌をしながら尋ねた。
「それはまだ秘密でやんすよ。不用意に喋ると、どこでコンラの手下が聞いているかわかりやせんので」
ヤギーも心得たもので、そう簡単には教えるつもりはないらしい。
「あらん、大丈夫ですわ。私がヤギーさんの事は、絶対に守りますわよ」
カオリンの豊満な胸が確実にヤギーの腕を捉えていた。ちょっとだけ羨ましい。
でも、ヤギーは騙されない。鼻の下は伸びてはいたが。
「ありがとうございやす、カオリンさん。でも、まだ教えられやせんので、へい」
彼のお惚けは超一流だ。
「もう、ヤギーさんのい・じ・わ・る」
カオリンはヤギーの鼻の頭を人差し指で突いた。
「できないものはできないんでやんす、カオリンさん」
ヤギーは妙に頑なだった。もうそろそろ、話すかと思ったのだが。
結局ヤギーは酔い潰れてしまい、カオリンのお色気作戦は不発に終わった。
「この役立たずが!」
カオリンは眠ってしまったヤギーを蹴飛ばしながら部屋へと運んだ。と言うより、引き摺った。
女性に「役立たず」と言われるのは、男として一番辛い事かも知れない。
もし、樹里ちゃんにそんな事を言われたりしたら……。嬉しい自分がいて怖い。
翌朝。
僕達はヤギーの案内で宿屋を発ち、コンラの地下城の入口を目指した。
「この先でやんす」
ヤギーは嬉しそうに言った。
何だ、今の会心の笑顔は? 嫌な予感がする。
道はどんどん細くなり、周囲は鬱蒼とした森になって来た。
いや、森と言うよりジャングルに近い。
「本当にこの先にあるだか、ヤギー?」
リクは腹が減ったのか、ヤギーを疑い始めた。ノーナも周囲を見渡しながら、
「さっきから、木の上を何かが動いているようですが?」
「さあ。何でやんしょうねえ?」
ヤギーの笑みが狡猾さを見せた。
まずい! これはやっぱり罠だ!
「ヤギー、お前、騙したのか!?」
僕は剣を抜いて叫んだ。するとヤギーはパッと近くの木の上に飛び上がり、
「そうでやんすよ。あんたらのアチキに対する数々の酷い仕打ち、忘れませんぜ」
それは全部カオリンだろう? と言いたいが、新たな仲間割れになるので言えない。
「これは、アチキからのお礼です。じっくり味わって、あの世に行って下せえ」
ヤギーは高笑いをしながら木から木へと飛び移り、姿を消してしまった。
周囲にいるのはモンスターのようだ。
木々を飛び移っているのは、化け猿か?
藪の間に見え隠れするのは、双頭の虎か?
いずれにしても絶体絶命だ。
「この森、魔力を吸い取っていますわ!」
カオリンが叫んだ。僕も感じていた。呪文が使えないのだ。魔力がゼロになっているのかも知れない。
「リク、カオリン、肉弾戦だ!」
「はい!」
「おお!」
化け猿と双頭の虎が現れた。それを見て、僕はヤギーの恨みの深さと、カオリンのヤギーに対する仕打ちの酷さを知った。
「何頭いるんだ?」
数えきれないほどのモンスター。もうおしまいだ。
樹里ちゃんとは、結局何も進展しなかった。
そして、こんなバカげた罠に巻き込んでしまった。
ごめん、樹里ちゃん。あの世で一緒に暮らそうね。
そんな事を思うほど、僕は絶望していた。
「グオオオオッ!」
化け猿と双頭の虎は、僕やリクを差し置いて、あろう事か、樹里ちゃんに突進した。
「樹里様!」
ノーナが絶叫し、駆け寄った。
僕とリクも走った。カオリンも仰天して駆け出していた。
「樹里ちゃん!」
「樹里姫様!」
「樹里様!」
僕達の叫びも虚しく、樹里ちゃんの姿はモンスターの群れの中に消えてしまった。
「わあああ!」
僕とリクは絶叫した。ノーナは涙を流して膝を着いた。
カオリンも唖然とした。
「あれ?」
僕は妙な事に気づいた。
化け猿も双頭の虎も、皆ひれ伏しているのだ。
彼らは樹里ちゃんに襲い掛かったのではなかった。
「みんな、元気そうで良かったです」
樹里ちゃんは笑顔全開で言った。
よく見ると、モンスターたちは嬉しそうに樹里ちゃんを囲み、甘えるような仕草をしていた。
どういう事? しかも、樹里ちゃんは、
「元気そうで良かったです」
と言った。知り合い? ええ?
「勇者様、この子達は、私のお友達です」
「ええええ!?」
驚愕の結末だった。
そして僕達は、もの凄い数の仲間を得たのだった。
コンラの地下城。カジューの部屋。
「今頃、勇者達は、骨になっておりますよ、カジュー様」
ヤギーは得意満面で報告した。しかし、カジューは冷静な顔で、
「ほお。では、これは何か、説明してくれ」
と魔法で立体映像を見せた。そこには、勇者一行がモンスター達と仲良く歩く姿が映し出された。
「……」
全身汗塗れのヤギー。カジューは、
「お前に任せた私が愚かであった。消えろ」
「ひいいい!」
ヤギーは大慌てでカジューの部屋を逃げ出した。
「樹里様。やはりお強い。侮れないな」
カジューはそう呟くと、城の最下層にいるコンラのところに向かった。