襲撃される仲間 その三 御徒町樹里
かつて世界を闇に染めようとした悪魔コツリを倒した者達がいた。
その中の一人、御徒町樹里。
今は僕の可愛い奥さんだ。つい、気持ち悪い笑い方をしてしまいそうになるくらい、嬉しい。
そう、僕は勇者だった。しかし、名前はまだない……。
僕って何ていう名前なのだろうと思ったが、思い出せない。
父も母も妹も、戦乱の中で命を落とした。
だからと言って、僕はシン・ア○カではない事は確かだ。もちろん、風見志郎でもない。
風見志郎が誰なのか知っている人は、相当なマニアだ。
単に作者が考えていなかっただけなのはわかっているが、まあ、いいや。
今また、悪魔ムツリというコツリの弟を名乗る奴が現れ、次々にかつての仲間を自分の部下に襲撃させている。
僕は樹里ちゃんと共に義理の姉に当たる元魔王コンラの屋敷に引っ越して、一緒に暮らしている。
だから、かなり安全なのだが、それでも一人で出かける時は心配だった。
仲間が襲撃されて重傷なのだから、元勇者の僕は確実に命を狙われるだろう。
「あれ?」
樹里ちゃんとのスイートルームから出て居間に行くと、そこにはカオリン姉妹とユーマがいた。
「お久しぶりですわね、勇者様」
カオリンが笑顔で言った。彼女、随分丸くなったな。
するとユカリンが、
「カオリン、もうその人は勇者様ではなくて、只の居候ですわよ」
と酷い事を言う。でも、何も言い返せない。
「そんな事を言ったら可哀想なのねん。ユカリンさん、酷いわん」
怪力娘のユーマが僕を庇ってくれた。僕は嬉しくて泣きそうになった。
「言われなくても、この人も自覚してるのねん」
ユーマはもっと酷い事を言った。ううう……。
「リクやノーナにもここへ来るように知らせが行ったらしいから、久しぶりに全員集まれそうですわね」
カオリン達は、僕の事など空気のように無視して、別の話題で盛り上がっていた。
それでも僕は会話に参加したくて、
「樹里ちゃんがいないけど、どこに行ったの?」
「樹里様なら、お買い物ですわ。今日はパーティですのよ」
カオリンが嬉しそうに言う。で、君達は何もしないつもり?
そう言ってやりたかったが、言えなかった。
その頃、樹里は元勇者のクローンの子供を背負い、市場に買い物に行っていました。
「おーい、行き倒れだ」
樹里はその声に反応して、人だかりに近づきました。
「剣士みたいだな」
樹里が覗き込むと、そこにはあの剣士ゴウンが倒れていました。
そして彼女は、剣士ゴウンから悪魔ムツリの気配を感じたので、
「私の知り合いです。連れて帰りますね」
とひょいとゴウンを抱き上げると、そのままコンラの屋敷に戻りました。
僕は樹里ちゃんが帰って来たのを知り、玄関に行った。
すると見知らぬ男がソファに寝ている。
樹里ちゃんはコンラと話をしている。
「何があったの?」
僕はコンラの夫である魔導士のカジューに尋ねた。
「あの男、悪魔ムツリの配下らしいのだ」
カジューも深刻な表情で答えた。
「え? ムツリの?」
僕はギクッとした。
「空腹で倒れただけだ。食わせれば、回復する」
コンラはそれだけ言うと、
「後は任せるぞ、樹里」
と自分の部屋に戻った。
「はい、お姉ちゃん」
樹里ちゃんは、以前旅をしていた時持っていたバスケットを出して、中からパンを取り出した。
「さあ、お食べ下さい」
大丈夫なのか? そいつ、回復した途端、僕を襲うんじゃ……?
「う……」
そいつは目を開けて周囲を見渡した。
「は!」
男は樹里ちゃんに気づき、彼女から飛び退いた。
「お主は御徒町樹里だな? 我が主の命により、お命頂戴仕る!」
男はそう言い放つと、腰に下げている刀を抜き、樹里ちゃん目掛けて斬りかかった。
「ぬうう!」
僕は仰天した。何と樹里ちゃんは右手の人差し指と中指だけでそいつの斬撃を止めたのだ。
もの凄く高度な真剣白刃取りだ。
「やめよ、剣士よ。その方にはお前如きが幾人束になってかかろうと、決して勝てぬ」
カジューが諭すように言った。剣士はそれに気づいたのか、刀を鞘に納め、
「失礼仕りました」
と樹里ちゃんから離れて土下座した。
「貴方は悪い方ではありません。良かったら、悪魔ムツリの事を話してくれませんか?」
樹里ちゃんは菩薩様のような笑顔で言った。
「はい。我が名はゴウン。貴女様の軍門に下り、全てお話致します」
ゴウンと名乗った剣士は、目に涙を浮かべて樹里ちゃんを見上げた。
そして、ここは悪魔ムツリの隠れ家がある孤島です。
「剣士ゴウンがコンラ達の味方になってしまったようだ」
ムツリが苦々しそうに言いました。すると武闘家のスザーが、
「あいつは正義感が強過ぎるのです。しかも、方向音痴にも程がある」
と吐き捨てるように言います。ムツリはニヤリとして、
「まあ良い。我が味方はまだおる。おい」
すると、奥の部屋から騎士が現れました。部屋の中なのに鎧を着けた馬に乗っています。
「暗黒騎士セインよ。お前が行け。そして、全員叩きのめすのだ」
「はい、ムツリ様」
セインは頭を下げ、隠れ家を出て行きました。
「セインだけは使いたくなかった。もうお前の出番はないかも知れんぞ、スザー」
ムツリが嬉しそうに言ったので、スザーは、
「そうなれば楽ができますが」
と答えました。