盗賊を探せ!
僕は勇者。
世界を闇に包もうとしている魔王コンラを倒すため、旅をしている。
新しく仲間になった御徒町樹里ちゃんが実は経験値師という特殊能力を持った凄い女の子だとわかった。
パーティの中でギスギスとした関係だった武闘家のカオリンとの関係も修復した。
と言うより、カオリンはむしろ僕より樹里ちゃんをパーティのリーダーと考えているらしく、あれほど恐怖だった「お色気作戦」がパッタリとなくなった。
それはそれで寂しいと思う僕だった。
「困っただなあ」
リクが溜息を吐いた。
前日に泊まった宿屋に盗賊が入ったらしく、僕達はたくさん持っていた金貨を全て奪われてしまったのだ。
ついていない。
「とにかく、何としても盗賊を見つけて金貨を取り戻さないと、旅が続けられませんわ」
カオリンは樹里ちゃんに進言した。
いや、あのね。このパーティのリーダーは僕なんですけど。
しかし言えない。樹里ちゃんがリーダーでもいいと思っている自分がいることは否めない。
「そうなんですか」
樹里ちゃんは相変わらず笑顔フルスロットルで応じた。
「手がかりがないからな。見つけられるかどうか……」
僕が気弱な発言をすると、カオリンがムッとした。
「何ですの、そのネガティブ思考は? よろしくありませんわよ、そういう態度は」
「はい」
僕はカオリンの怒声にギョッとし、素直に返事をした。
「早く見つけないと、お昼ごはんが食べられなくなるどー」
リクの最優先の不安は、食事だ。別にリクは魔王の事などどうでもいいらしい。
「お食事なら私がお作りします」
樹里ちゃんが言った。するとカオリンが悲しそうな顔で、
「いくら樹里様でも何もないのにお食事は作れませんでしょう?」
えっ? 「樹里様」? 随分とカオリンの中では昇格したんだな、樹里ちゃんは。
「そうなんですか? 大丈夫ですよ」
カオリンも一瞬だが、樹里ちゃんの発言に「こいつ、バカ?」という顔をした。
「はい、ここに」
樹里ちゃんはどこから出したのか、大きなバスケットを取り出し、近くにあった木の切り株の上に置いた。
「召し上がって下さい」
中にはたくさんのごちそう。一体どういう仕組みなんだ?
「これは魔法のバスケット?」
僕はそんなアイテムがあるのを思い出した。すると樹里ちゃんは、
「いえ、道具屋さんで二ゴールドで買ったかごです」
「ええ?」
確かにそのバスケットはごく普通のもので、魔力は感じなかった。
樹里ちゃん、君は一体?
僕は樹里ちゃんの可愛さよりも、その正体の不可思議さに興味を惹かれた。
「少々お待ち下さい」
樹里ちゃんは切り株の周囲をこれまたどこから取り出したのかわからないほうきで掃いた。
すると切り株の周りに椅子の形に木が生えた。
僕達は唖然とした。
「何、今の?」
僕はカオリンを見た。カオリンは首を横に振って、
「見た事ありません、こんな魔法。何でしょう?」
「何でもいいだよ。早く食うべ、食うべ」
リクは何も疑問に思わないのか、さっさと椅子に座るとガツガツと食事を始めた。
「うんめえだよ、樹里姫様ァ」
姫様? リクの中ではすでに姫なのか、樹里ちゃん……。
「ありがとうございます、リク様」
「うへへへ」
リクは樹里ちゃんにお礼を言われて嬉しそうに笑った。
僕はカオリンに目配せして、恐る恐る椅子に座った。
「おいしいですわ」
カオリンが叫んだ。僕もパンを食べた。
「す、凄い。焼きたてなのか」
樹里ちゃんも嬉しそうだ。
「あれれ?」
僕は身体が楽になるのを感じた。
長旅の疲れと、カオリンの夜ばいの恐怖のため、心身共に参っていたのに、それが全部解消されたのだ。
これはまさしく「ヒーリング」だ。癒しの効果が使えるのは、上位魔法使いか、僧侶、神官、賢者くらいだ。
「おお、何だか、肩こりが治っただよ」
「私もお肌がプルンプルンですわ」
リクとカオリンにも衝撃的な事が起こったらしい。
「樹里ちゃん、君は一体何者なんだ?」
僕は単刀直入に尋ねた。しかし樹里ちゃんは笑顔全開で、
「私はメイドですよ、勇者様」
この謙虚さが可愛い。ここがカオリンと全然違う。
「とにかく、元気が出たよ。旅を続けよう」
僕は立ち上がった。
しばらく進むと、次の町への城門に差しかかった。
ここは王様が治める小さな王国の町のようだ。
「盗賊の噂を聞かないか?」
僕は城門の番兵に尋ねた。
「ああ、盗賊ね。この町にはいないな。この先にある町で財布を盗まれたという話を聞いた事がある」
「そうか。ありがとう」
情報が手に入った。盗賊はもう一つ先の町だ。
「この町はこのまま通り抜けて、次の町を目指そう」
僕が提案したが、誰も聞いていない。
「おい、何か返事しろよ」
不満に思って怒鳴った。しかしカオリンとリクは樹里ちゃんの話を聞いていて何も言ってくれない。
「何を話しているんだ?」
僕も混ぜて欲しくて尋ねた。
「盗賊はこの町にいるそうですわ」
カオリンがようやく話してくれた。
「えっ? 誰に聞いたの?」
「樹里様です」
僕は樹里ちゃんを見て、
「樹里ちゃん、その話、誰に聞いたの?」
「私、盗賊さんを見ました」
「ええっ?」
それはかなり衝撃的だった。
「その盗賊がこの町にいるのか?」
「はい」
「どこにいるの?」
「そこです」
樹里ちゃんは僕を指差した。
えっ? 何? 冗談でしょ? 何で僕が盗賊なわけ?
「やはり貴方でしたのね、勇者様。その程度の方でしたか」
「見損なったぞ、勇者様」
リクは大泣きして言った。
「ま、待ってくれ、僕は盗賊じゃない。違う!」
僕は救いを求めて樹里ちゃんを見た。
あれ? 樹里ちゃんがいない。
「この人ですよ、盗賊さんは」
樹里ちゃんの声が後ろでした。
「えっ?」
振り返ると、番兵を縄でグルグル巻きにした樹里ちゃんがいた。
「ど、どういう事?」
僕達は呆然としてしまった。
門兵だと思った男は、実は盗賊の変装で、樹里ちゃんは男の顔を覚えていたので、すぐに見抜いたらしい。
こうして金貨は無事に取り戻す事ができた。
「どうか見逃して下さい。もう二度とこんな事はしませんから」
盗賊の名はノーナ。僕ほどではないが、イケメンである。
「許せませんわ。私達は勇者一行ですのよ。その私達から金貨を盗むなんて、重罪ですわ」
カオリンは怒り心頭で発言した。
「でも、許してあげませんか、カオリン様。ノーナさんもお仲間になっていただけばよろしいのではないでしょうか?」
樹里ちゃんの菩薩様のような優しいお言葉に、僕とリクは滝のような涙を流した。
「わかりました。樹里様がそうおっしゃるのなら」
カオリンも引き下がってくれた。
「あ、ありがとうございます、樹里様」
ノーナは樹里ちゃんに土下座して礼を言った。
何かおかしい。このパーティのリーダーは僕のはずなのに……。
ま、いっか。樹里ちゃんは可愛いし。いい子だし。ハハハ。
こうして、僕達のパーティにまた仲間が増えた。
この調子で増えて行くと、魔王と戦う頃には一体何人になっているのだろう?
食費はいくらになるのだろう?
つい、現実的な事で悩む僕だった。