勇者の帰還
僕は勇者。
世界を闇に包もうとしている魔王コンラを倒すため旅をしている。
パーティには武闘家のカオリン、戦士のリク、遊び人のヤギー、「メイド」の御徒町樹里ちゃんがいた。
僕達は魔王軍の奇襲を受け、頼みの綱と思われた樹里ちゃんにボケられ、惨敗した。
ヤギーはいつの間にか逃げてしまった。
そして、僕らは魔王軍辺境部隊の城に連行された。
「早く殺せばいいだろう? 何故そうしない?」
僕は怒りに任せて心にもない事を言った。
するとその城のトップである隊長は大きな鞭で肩を叩きながら、
「すぐに殺したらつまらんだろう? 楽しみは最後までとっておく主義でね」
と嫌らしい笑みを浮かべてほざいた。
夜になり、僕らは城の地下にある牢屋に入れられた。
その時の組み合わせがちょっと納得がいかなかった。
何故か僕はカオリンと一緒で、リクは樹里ちゃんと一緒。
リクの奴、完全に樹里ちゃんに乗り換えたらしく、カオリンには見向きもしなくなった。
何てわかり易い性格だ。女性は年齢が全てなのか、あいつは?
「やっと二人きりになれましたわね」
カオリンは心臓が止まりそうになる事を言った。
すでにその眼は獲物を狙う野獣の眼だ。
「カ、カオリン、まずはここから脱出する事を考えよう」
「そんな事は後で考えましょう、勇者様。ここは一つ、二人の夜を楽しむ事を優先させません事?」
カオリンは色っぽい動きで僕に迫って来た。
やばい! 大変な事になった!
僕は小動物のように震えて、壁際に退却した。
カオリンはジワリジワリと間合いを詰める。
もうダメだと思ったその時だった。
「お食事ですよ」
とどこかで聞いた事がある声がした。
「はあ?」
僕とカオリンはキョトンとしてその声の主を見た。
すると何故か牢の外に笑顔全開の樹里ちゃんが食事を載せたトレイを持って立っていた。
「どうして貴女が牢から出ているんですの!?」
カオリンにとって只でさえ忌ま忌ましい樹里ちゃんが牢から出ているのを見て、遂に彼女は逆上して叫んだ。
「出してもらったからです」
微妙にズレた回答にカオリンは怒る気力を奪われたらしく、ガックリと膝を着いてしまった。
「いやあ、悪かったな、勇者様。申し訳ない。許してくだされ」
更に何故か隊長がさっきとは百八十度違う態度で現れ、揉み手をしながら牢から出してくれた。
取り敢えず僕はホッとした。
カオリンが「チッ」と舌打ちをしたのは、聞こえたが無視した。
「どういう事なんだ?」
僕は何が何だか理由がわからなくて、隊長に尋ねた。
「まあまあ、細かい事は言いっこなしで」
彼はあくまでなかった事にしようとしている。
どこかの国の政治家みたいだ。
こうして僕達は絶体絶命のピンチを意味不明のまま切り抜けてしまった。
最終的に僕達は隊長にたくさん金貨をもらって、一番近い宿屋まで飛竜に乗せて行ってもらった。
気味が悪いくらい彼等は低姿勢だった。
「どういう事なのでしょう?」
さっきまで激怒していたカオリンも、さすがにこの異常な状況に首を傾げた。
「わからない。確かな事は、僕達は助かったって事だけだ」
「そうですわね」
次の瞬間、カオリンはスッと僕の耳元に口を近づけて、
「次は逃がしませんわよ」
と魔王以上の恐怖を与えてくれた。
そして。
ここは魔王コンラの地底城。どこにあるのかは誰も知らない。
「間違いないか?」
コンラの側近である魔導士のカジューが尋ねた。
「間違いございません、カジュー様」
カジューの前に跪いているのはあの遊び人のヤギー。
「だとすると、あの勇者一行、ここまで来るな。手立てを考えんとな」
カジューはその狡猾が服を着て歩いているような顔で呟いた。
宿屋で一泊した僕達はまた旅を再開する事にした。
「あれ?」
僕が着ていた鎧の色が変わっている。
「おかしいな、僕の鎧は鉄の鎧だったのに、これは?」
まさか? この飾り、このデザイン。これは……?
「勇者の鎧ですわね」
何故かカオリンが僕の部屋に入って来ていた。
「ひっ!」
僕は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
「どういう事なのでしょう? 私の服も今朝着てみたら、素材が変わっていましたわ。竜のヒゲで編まれた服になっていたのです」
「そうなのか?」
僕は不思議に思い、鎧を身に着けると剣を調べた。
「この剣も勇者の剣じゃないか? どうなってるんだ?」
「うほほーい、オラの斧が雷神の斧になってるだあよ」
リクがいつも以上の訛りでやって来た。
「何が起こってるんだ、一体?」
「どうされましたか、皆さん?」
そこへパーティのアイドルである樹里ちゃんが登場した。途端にカオリンの身体から闘気が吹き出した。
僕達は事情を説明した。
すると樹里ちゃんはビックリして、
「申し訳ありません。勇者様とリク様のお持ち物は私がお手入れしました」
「そ、そうなの?」
何となく嬉しい僕とリク。
「カオリン様のお召し物は随分と臭いがしておりましたので、私がお洗濯致しました」
「臭いって、失礼な! 私は毎日服を洗っていますわ!」
ますます高まるカオリンの戦闘計数。
えっ? 今の話を総合すると? どういう事?
「まさか、貴女は?」
カオリンも気づいたようだ。
「貴女は経験値師なのですか?」
しかし樹里ちゃんはニッコリ笑って、
「いえ、私はメイドです」
と答えた。
僕は嬉しい反面、怖くなっていた。
経験値師はこの世界でも希有な存在だ。
その人の動き次第で戦闘内容が全く変わってしまう。
樹里ちゃんを手放せない。
何としても、パーティにいてもらわないと。
カオリンと反りが合わないのなら、彼女にパーティを抜けてもらう。
そこまで考えた時、僕は我に返った。
「ごめんなさいね、樹里ちゃん。これからは仲良くしましょうね」
カオリンはニコニコして樹里ちゃんに話しかけている。
カオリンの変わり身の早さに、僕とリクは呆然とした。