最後の敵(前編)
僕は勇者。
長い旅の末、僕達の本当の敵の正体がわかった。
それは、悪魔コツリ。
全部こいつが仕組んでいたのだ。
もしかすると、カオリンが性格が悪いのも、リクが大飯食らいなのも、あいつのせいかも知れない。
悪魔コツリは、神に戦いを挑んだほどの実力の持ち主。
敗れたとは言え、僕達が勝てる相手とは思えない。
確かに、そのコツリの娘であるコンラと樹里ちゃんが味方にいるが、恐らくコツリはそれ以上の力を持っているはず。
どんな方法で挑めばいいのか? 僕は考え込んだ。
「母コツリは、お姉ちゃんと私の力を合わせ持ちます。戦いは厳しいものになるでしょう」
樹里ちゃんが言った。皆、その言葉に沈黙する。
「あんな女を母などと呼ぶでない、樹里。あれは悪魔。そして、我らが父ジーフの仇ぞ」
コンラが初めて口を挟んだ。
「お姉ちゃん……」
そんな姉を悲しそうに見つめる樹里ちゃん。やっぱり可愛い。
僕は断然樹里ちゃんだ。コンラに心変わりしているリクは最低な奴だ。
「ジーフの仇ってどういう事ですの?」
カオリンが尋ねた。樹里ちゃんがカオリンを見て、
「父ジーフは、私を助けるために、たった一人でコツリの軍隊に挑んだのです」
「……」
悪魔が差し向けた軍隊とは、どんなものなのだろうか?
「軍の総司令官が、父との一騎打ちを申し出て、父はそれを受けました。でも、総司令官が危うくなった途端に、全員が父を攻撃して、父は死にました」
何て卑怯な……。作者なら、あいや、コツリの軍隊ならやりかねない。
「私は一人で追手を逃れ、マングー王国に辿り着きました」
「えっ?」
僕は意外な国名を聞いて驚いた。マングー王国とは、僕の生まれ故郷なのだ。
ますます樹里ちゃんに親近感が湧く。
「そして、身を潜めて生きて来たのです」
意味ありげに僕を見る樹里ちゃん。何だろう?
「コツリの魔法攻撃は、私と姉で防ぎますから、後は皆さんでダイレクトアタックをかけて下さい。悪魔とは言っても、コツリも不死身ではありません」
一同は頷いた。
「しかし、コンラ様はまだお身体の具合が優れない。私が代わりに……」
カジューが異義を唱えた。
「カジュー、私なら大丈夫だ。気遣い無用」
コンラは弱々しく微笑んで言った。するとカジューは、
「ならば、私はコンラ様と共に戦いましょう。コツリに騙されていたとは言え、私は大罪を犯した。その罪滅ぼしのために、この命を賭けます」
「ありがとう、カジュー」
コンラは嬉しそうに言った。
そんな二人のやり取りを、恨めしそうに見ているカオリン姉妹。
姉妹だけに、その「ジト目」はもう「おしまい」にすればいいのに……。
あああ、座布団は一枚残して下さい、○田君!
作戦が具体的に決まった。
コンラ・樹里ちゃんの最強姉妹が、コツリの魔法を全部封じる。
そして、カオリン・ユカリンの最恐姉妹が、コツリにダイレクトアタック。
その後方支援を怪力娘のユーマが担当。
リクとノーナは、その絶妙のコンビネーションでコツリの兵達を撹乱。
さらに止めを刺すために、僕が最後方から溜め技の秘奥義である「勇者の攻撃(仮)」をかける。
勝てるかも……。
そんな気がして来た。
「この先にある玉座の間に、コツリが封じられた石碑があります。早くしないと、完全にコツリが甦ってしまいます」
樹里ちゃんの言葉に僕は、
「でも、魔力の供給は止めたんだろう?」
「止めたのですが、まだ他にもルートがあったようで、また吸収を始めています」
「何だって?」
僕達は顔を見合わせた。
「よし、急ごう」
「おーっ!」
今まで戦った相手とも力を合わせる。これこそ、この旅の醍醐味だ。
これこそ、勇者の人徳だ……。
言ってて虚しくなった。
「樹里ちゃん」
僕は気になって樹里ちゃんに声をかけた。
「はい、勇者様」
「いいのか? いくら敵でも、そして悪魔だとしても、相手は君達の母親なんだよ」
その問いは、樹里ちゃんの心を揺さぶるものかも知れない。でも、尋ねずにはいられなかった。
「はい。勇者様と旅を始めた時から、その覚悟はできていました。大丈夫です」
「そうか。それなら、行こう」
「はい、勇者様」
僕は決意した。
何があっても、この戦いに勝つ。
そして、どんな事をしても、樹里ちゃんを守ると。
長い回廊を進んだ先に、玉座の間があった。
部屋の反対側に、魔王の椅子がある。かつてコンラが使っていたものなのだろうか?
「ここに再び足を踏み入れる事になろうとはな」
コンラは苦笑いをして言った。
「来たか、愚か者共」
ひーっ。何だ、今の不気味な声は? 地獄の底から聞こえて来たような、魂も凍るような声だ。
「悪魔コツリ、僕は勇者だ。お前を倒しに来た。覚悟しろ」
僕はガクガクと震えながら言った。
「ワハハハ、そんな及び腰の勇者が、この私を倒すだと? 笑止千万。返り討ちにしてくれるわ!」
コンラの椅子が崩れ、その向こうから石碑が現れた。
「いかん、もうコツリは甦りかけているぞ」
コンラが言った。皆に緊張が走る。
「お姉ちゃん、魔導士さん!」
樹里ちゃんがコンラとカジューに目配せして、走った。
「妹が姉に指図致すな、樹里!」
コンラも走り出す。
「私はカジューですよ、いい加減覚えて下さい、樹里様!」
カジューも走った。
「コンラとは気が合いそうですわ」
カオリンが呟くと、
「私は樹里様と気が合いそうですわ」
とユカリンが言い返す。カオリンはムッとしてユカリンを見ると、
「私達も行きますわよ、ユカリン」
「はい、カオリン」
二人も走る。
「ああっ!」
気がつくと僕達はすっかりコツリの兵に囲まれていた。
「ノーナしゃん、オラ達も行くベー」
「はい、リクさん」
リクとノーナは兵達に向かった。
「私の怪力、見せてあげるわよん」
ユーマがカオリン達の援護に走る。
「よし!」
僕は一番後ろ(別名一番安全な場所)で、気を溜めた。
勇者の最大の攻撃。気と共に繰り出す、大上段からの斬撃。
名づけて「勇者の攻撃(仮)」。結局名前が思いつかない……。
「揃いも揃って、大バカ者共よ!」
石碑に亀裂が走った。
「何!?」
コンラが仰天する。樹里ちゃんもあっと叫んで立ち止まった。
「何と!」
カジューも眉間に皺を寄せた。
「コツリが甦るぞ」
コンラが叫んだ。
「くっ!」
カオリンとユカリンも突進を止めた。
「ふおおおおっ!」
背筋が凍るようなおぞましい声と共に、石碑が粉微塵になり、悪魔コツリが甦った。
僕はその姿を見て唖然とした。
一言で言えば、酒樽みたいな体型のガマガエル。
キモッ! こんな醜い奴から、どうしてコンラと樹里ちゃんのような美人姉妹が生まれるのさ!?
納得がいかない。
「そこ、笑うな!」
コツリはその短い腕を精一杯伸ばして、腹を抱えて爆笑しているカオリンとユカリンを指差した。
「こ、これが笑わずにいられますか、ねえ、ユカリン?」
「そ、そうですわ。いくら敵役とは言え、面白過ぎて困りますわ」
二人共、笑い過ぎだ。ここは敵地なんだぞ。
とは言え、僕も笑いを堪えていたが。
「おのれーっ! 私を愚弄する者は許さぬーっ!」
コツリが魔法攻撃を始めた。どこから降り注ぐか予測ができない雷撃の連続技だ。
しかし、アホな攻撃だ。自分の兵達が、次々に倒れている。
「これは私が!」
カジューが杖を振るった。
「最弩級雷撃!」
カジューの魔法がコツリの雷撃を全て受け止める。
「次はどうだ!」
今度は床のあらゆるところから、炎の柱が出現した。またやられるコツリの兵達。
何か哀れだ。
「最冷凍!」
樹里ちゃんが冷凍呪文で火柱を凍らせた。
「まだまだよ!」
さらに大津波が出現した。コツリの兵達はなす術なく、津波に飲まれた。
「超海竜爆渦!」
コンラが呪文を詠唱した。巨大な海竜が津波をその巨体で受け止めた。
「ぬううう……。お前達、よくもこの私に……」
ガマガエルはまるで四六の蝦蟇のように脂汗を流した。
こいつの正体はやっぱり蛙か?
「私を助けて、貴方!」
ガマガエルは、裏声を使って叫んだ。貴方? 小坂○子でも出て来るのか?
「まさか……」
樹里ちゃんとコンラが顔を見合わせた。
「呼んだかい、愛しい人よ」
ガマガエルの後ろに、一人の男が現れた。すっげえイケメンだ。
誰だ? あの格好は、神官? いや、違う、賢者だ。
まさか……?
「父上……」
コンラが呟いた。樹里ちゃんは唖然としている。
父上? 賢者ジーフなのか? そんな、ジーフが、コツリの味方?
何て事だ!
僕達は一気にピンチに陥った。