カオリンの戦い
私は勇者一行の要、カオリンです。
勇者様には酷い女と思われているようですが、本当は全然そんな事はございません。
とてもナイーブでか弱い女です。嘘ではございませんわ。
そんな私は、愛するカジュー様にお会いできたのも束の間、何やら不思議な力で別の場所に飛ばされてしまいました。
ふと気がつくと、周りはまるで武道会のような雰囲気です。
国旗が掲げられ、観客がたくさん入っています。
一体ここはどこなのでしょう?
「オーホッホ、おしっこ漏れそうなくらい怖いのでしょう、カオリン?」
この声は! 憎んでも余りある我が双子の妹、ユカリンですわ。
「カオリン、今度こそ決着をつけましょう。誰にも邪魔されない、この最終決闘場で」
ユカリンは嫌らしい笑みを浮かべて、私の前に性懲りもなく姿を現しました。
「それは私のセリフよ、ユカリン。今日こそ今までの怨み、晴らしてあげるわ」
「あーら、まるで悪役のセリフですわ、カオリン」
ユカリンは勝ち誇ったように笑って言いましたわ。
とにかく、憎たらしい妹です。
もうこうなったら、姉でも妹でもありませんわ。
ぶちのめしてあげます。
「貴女は毎日、あのボケナスの勇者と、怠惰な旅を続けていたのでしょう? 私は違いますわ。毎日、血の滲むような努力をして参りましたのよ」
「何ですって!?」
観客の歓声が聞こえて来ます。私のボルテージは最高潮です。
「ならば、姉の強さを身をもって知りなさい、ユカリン!」
私は風のような速さでユカリンの間合いに踏み込み、正拳をお見舞いしました。
「遅いですわ、カオリン!」
小癪にもユカリンはそれを防御しました。
「ならば!」
壮絶な撃ち合いです。私達は互いの拳をかわしたり受け止めたりしながら戦いました。
観客の皆さんも、圧倒的に私を応援して下さっています。
「カーオリン、カーオリン、カーオリン……」
私は余裕の笑みを浮かべ、ユカリンに言いました。
「どうですか、ユカリン? 貴女を応援する方は一人もいらっしゃいませんわ」
すると憎らしい妹は言いました。
「よくお聞きになって、カオリン。あれは呪いの言葉よ」
「えっ?」
周囲をよく見渡してみると、観客と思われたのは、魔王軍の兵士達で、そいつらの言葉を良く聞いてみると、
「カーオリン、負けろ、カーオリン、負けろ」
だったのです。「負けろ」だけ小さい声で言うなんて、どれほど卑屈な連中ですの!
「相変わらず卑怯な手を使いますのね、ユカリン」
私はユカリンを親の仇のように睨みました。でもユカリンは、
「これも作戦ですわ。勝つためのね」
と全く悪びれもしないで言ってのけました。
「これでカジュー様とのバージンロードは私のものですわ」
「何ですって!?」
ユカリンの暴言に私は怒りました。
「何の妄想ですの!? カジュー様は私とバージンロードを歩いて下さるのですわ!」
ユカリンの次の言葉は衝撃的でした。
「残念ね、お姉様。私はもうすでにカジュー様とあんな事やこんな事もすませましたのよ」
私の想像の部屋は、嫌らしい事でいっぱいになり、パンクしそうです。
「悔しいでしょう、カオリン? 私の勝ちですわね」
私の一瞬の油断を突き、ユカリンは渾身の一撃を私のお腹に見舞いました。
「グッ!」
私は生まれてこの方一度も発した事のないような声を出して膝を着きました。
「これでおしまいですわ、カオリン!」
見上げると狡猾な妹の顔が私を嬉しそうに見下ろしていました。
「何を言っていますの、ユカリン! 女は嫁ぐその日まで、清い身体でいるのが本当ですわ!」
私は心にもない綺麗事を言い放ち、今度はすっかり勝ったと思って気が緩んでいるユカリンのお腹に全力の一撃を叩き込みました。
「グゲエエッ!」
醜い妹(双子なのだから、これは自分の首を締める発言なのはその時は自覚しておりません)が、その顔以上に醜い言葉を口から漏らし、ベタンと地面に倒れ伏しました。
「どうよ、純情乙女のパワーは!?」
私はユカリンの頭を踏みつけて言いました。
「く、く……やしい……」
ユカリンはそれだけ言うと、ガクッと気を失いました。
どうです? 正義は勝つのです。
もう一度周囲を見ると、武道場は消滅しており、兵士達もいなくなっていました。
「さてと」
私は離れ離れになってしまった人の名を呼びました。
「カジュー様ー!」
僕は勇者。
何やらまた誰かに見捨てられた気がするのは気のせいだろうか?
それより問題は目の前の美少女だ。以前よりずっと大人びて、綺麗になっている。
「樹里ちゃん?」
僕は恐る恐る樹里ちゃんに声をかけた。
「はい、勇者様」
変わらない。今までと同じ樹里ちゃんだ。
「私が怖いですか、勇者様?」
少しだけ悲しそうな笑顔で、樹里ちゃんは尋ねる。
「そ、そんな事ないよ。ちょっと驚いたけどさ」
僕は慌てて否定した。確かに驚いたけど、樹里ちゃんの事を怖いなんて思う事はない。
あり得ない。断言できる。
「一緒にカオリンとリクとノーナを探しに行こう」
僕は笑顔で言った。悲しそうだった樹里ちゃんの顔が全開の笑顔に変わる。
「はい、勇者様」
さあ、旅の終わりまであともう少しだ。