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御徒町樹里の冒険(改)  作者: 神村 律子
魔王コンラ編
10/52

妖精の要請

 僕は勇者。最近自信がない。


 何はともあれ、僕達は一致団結して魔王コンラの地下城の入口に辿り着き、今まさに城門を開き、中に入るところだ。


 長い旅のような気もするが、あっと言う間だった気もする。


 何にしても、最後の敵がすぐそこにいるのだ。


 気を引き締めて行かないと。


 そんな僕の緊張を他所に、戦士のリクは腹の虫を鳴らし、武闘家のカオリンは、


「カジュー様……」


と敵の魔導士の事を思って乙女チックになっている。


 盗賊のノーナは、実は美少年ではなく美少女だった事でカオリンの怒りを買い、彼女から離れ、リクの後ろに隠れるようにしている。


 そして、我らがアイドルである御徒町(おかちまち)樹里(じゅり)ちゃんは、相変わらずの笑顔で、僕達を癒してくれていた。


 僕達の目の前には、まるで早く来いと言っているかのように、数え切れないほどの蝋燭の火に照らし出された長い螺旋階段が見えている。


「地下城まではどれくらいあるのだろう?」


 僕が何気なく言うと、


「ホッホウ、教えてあげようか?」

 

と著作権侵害になりそうな声で答えた者がいた。


「何者です!?」


 虫の居所の悪いカオリンが叫んだ。すると、声の主は、


「僕さ」


と言った。しかし、姿が見えない。


「どこにいますの? 隠れていないで出て来なさい!」


 カオリンは怒りのあまり、足を踏み鳴らして怒鳴った。


「むぎゅう……」


 カエルの悲鳴のような声がした。


「あ、カオリンさんの足下です」


 恐る恐る指摘するノーナ。カオリンはその声に反応して、自分の足下を見た。


「ああ、こんなところに虫が死んでいますわ」


と何だかわからない物体を指差した。しかし、少なくとも虫には見えない。


「死んでないよ、ホッホウ。僕は妖精さ」


 その妙な物体はムックリと起き上がり、陽気なステップを踏んでみせた。


 何か気持ち悪い。何だ、この生き物は?


「妖精って、もっと可愛い生き物ですわ。貴方はどこからどう見ても妖怪ですわ」


 カオリンは汚物でも見るかのような目をしていた。


「ホッホウ。失敬な。僕は皮のコートが似合うチョイ悪オヤジ型妖精のテックさ」


 その妖精を(かた)る妙な生き物は、あくまで自分は妖精だと主張している。


 確かに皮のコートを着ていて、一見ダンディな雰囲気だが、顔がそれを許してくれない。


 どこかで見た事があると思ったら、遊び人のヤギーにそっくりなのだ。


「貴方、まさかヤギーではないでしょうね?」


「ホッホウ。違うよ、ベイビー。僕は妖精。山羊ではないよ」


「頭が悪そうですわね」


 カオリンは呆れて肩をすくめた。


「失敬だよ、ホッホウ」


 相手にしていると時間の浪費なので、僕達はその虫を無視して螺旋階段を降り始めた。


「このずっと先に魔王コンラがいるのか?」


 僕は拳を握りしめて呟いた。すると、


「ホッホウ。僕の願いを叶えてくれたら、君達を一瞬のうちに魔王のいる階まで連れて行ってあげるよ」


と虫がまだ叫んでいる。


「うるさいですわね。貴方のような虫が、そんな事できる訳ないでしょう?」


 カオリンはイライラが頂点に達したのか、鬼の形相でその虫に言った。


「勇者様、虫さんのお話を聞いてみましょう」


 樹里ちゃんが言った。彼女の一声で、僕達は虫の話を聞く事にした。


「ホッホウ。話をする前に言っておくけど、僕は虫じゃないからね」


 虫は大威張りで言った。


「僕の仲間の妖精が、大魔導士カジューの部屋に閉じ込められているのさ。そいつを助けてくれたら、コンラのいる階まで、僕の魔法で連れて行ってあげるよ」


「カジュー様のお部屋?」


 カオリンの目の色が変わった。今のカオリンに○ンジュースは危険だ。


 何しろ果汁(かじゅう)100%だから。


 あああ、座布団は一枚残しておいて下さい、山○君。


「どこ? どこですの?」


 カオリンは虫の首を掴み、ブンブンと揺すぶった。


「ホッホウ、苦しいよ。話すから放してくれよ」


「意味の分からない事を言わないで下さい」


 カオリンはプンプン怒りながら虫から手を放した。


「この螺旋階段を二百段降りたところにある魔導の階さ。その階の西の果てに、カジューの部屋があるのさ」


「ありがとう、妖怪さん!」


 カオリンはまるで風のような速さで螺旋階段を駆け下りて行った。


「カオリン、待ってよ! 危ないよ!」


 僕達も慌てて彼女を追いかけた。


「ホッホウ。慌てなくても大丈夫さ、みんな」


 その虫が不気味な顔で笑ったのを僕達は知らなかった。




「カジュー様、待っていて下さい。カオリンはもうすぐ貴方の元に参りますわ」


 カオリンは目をキラキラさせて螺旋階段を降り、たちまち魔導の階に着いた。


 そして、また風のような速さで西の果てを目指した。


「カジュー様、私はここですわ!」


 カオリンは遂に西の果ての部屋に辿り着き、扉を開いた。


「カオリン、ダメだよ、単独行動……」


 独断専行を(たしな)めようとした僕をカオリンが睨んだ。


 強い者には滅法弱い僕は言葉を飲み込んだ。


「カジュー様!」


 どんどん中に入って行ってしまうカオリンを追って、僕達もその部屋に入った。


 その時だった。


「ホッホウ。やーい、引っかかった!」


と虫の声がした。


「何だと?」


 僕はハッとして振り返った。すると扉が独りでに閉じ、ガコーンと何かが落ちる音がした。


「ホッホウ。揃いも揃っておバカさんだね、勇者一行は」


 扉の上の小窓から、虫がその気色悪い顔を出して言った。


「何ですって?」


 カオリンが憤激した。リクも腹が減っているために、


「こらあ、おめえ、ふざけんなよお」


と力のない声で罵った。


「えーい」


 ノーナがその身軽さを生かして虫のところまで飛び上がった。


「無駄無駄無駄!」


 また著作権に引っかかりそうな声で悪い虫は叫んだ。


「お前は地面に這いつくばりな」


 虫はノーナを魔法で弾き飛ばした。


「きゃっ!」


 ノーナは部屋の反対側まで飛ばされて、壁に叩きつけられ、ずり落ちた。


「ノーナ!」


 リクが叫ぶ。


「ノーナさん」


 カオリンは若干嬉しそうに言った。


「ホッホウ。お前達はここでぺしゃんこさ。僕の兄ヤギーの仇だよ」


「何ーっ!?」


 何と、虫はあのヤギーの弟だったのだ。似ているはずだ。


 あまり関係ないが、最近親族関係が登場するのが多いと思う僕だった。


「ああっ!」


 僕は天井がズンズン下がって来ているのに気づいた。


「くっそう!」


 扉はビクともしない。さっきの音はロックされた音だったのか!


「ううう」


 なす術なく僕達は天井を見上げた。


「ホッホウ、勇者一行の最期、情けないねえ。嬉しいよ」


 ヤギーの弟は、嫌らしい笑みを浮かべて小窓から消えた。


「リク、カオリン、この扉をぶち破るぞ!」


「おう!」


「わかりましたわ!」


 僕達は魔法と力と気合いで、扉を攻撃した。


 しかし、扉は傷すらつかない。天井は迫って来る。


 もうダメだ。僕は諦めかけた。


「勇者様、ここに出口がありますよ」


 樹里ちゃんが言った。


「えっ?」


 確かに樹里ちゃんが指し示す方向に、ちょうど人一人がくぐれるくらいの小さいドアがあった。


「いつの間に?」


「さ、早く」


 僕とリクは動けないノーナをサッと抱え、その部屋を脱出した。


 直後に天井が落ちる音がした。


 間一髪だった。また樹里ちゃんに助けられた僕達だった。




 そして大魔導士カジューの本当の部屋。


 カジューの前に跪くテック。


「お喜び下さい。勇者一行は、私の仕掛けた罠でぺしゃんこになりました」


 カジューはその話を無表情に聞いていた。


「私も兄の仇が討てて嬉しいです、カジュー様」


 カジューは呆れ顔でテックを見下ろし、


「ではこの者達は誰かな?」


と魔法で立体映像を見せた。そこには元気に螺旋階段を降りる勇者一行が映っていた。


「だ、誰でしょうね? 勇者一行に似ているようですが……」


 テックはゆっくりと後ずさりし、ピューンとカジューの部屋から逃げ出した。


「樹里様。どうあっても、私の計画を邪魔するおつもりですか?」


 カジューは悲しそうにそう呟いた。

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