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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸運の小槌

作者: 美月

なんか、書いてみたかったので。

幸運の小槌


 昔、昔。あるところにとても素直で、よく人に嘘をつかれては騙されて笑われる男と、そんな男に嘘ばかりついて、騙しては笑いものにしていた男がいました。

 ある日、男たちは小さな翁に出会いました。

 翁は、旅をして商売をしている行商人でした。

 翁は言います。


「お前さんたちにいいものを見せてあげよう」


 そう言って翁が取り出したのは、年月を感じさせる小槌でした。


「この小槌は、幸運の小槌と言って、この小槌を振ると、必ず良いことが起きるのだよ」

「必ず? 本当か? 大方、俺らを騙そうって言うんじゃないか?」


 胡散臭そうに小槌を見るのは、嘘をついては、信じやすい男を笑いものにしていた男です。


「お前さんがそう言うなら、この小槌は幸運を運んではくれんだろう」

「あの、お爺さん。その小槌が本物なら、俺は欲しいな」

「もちろん、本物だとも。ただ一つ。大事なことがある。この幸運の小槌で良いことが起きた時は、その良いことに感謝すること。不平不満、愚痴悪口をできる限り口にしないこと。この二つを守れば、この幸運の小槌は大いに力を発揮してくれる。一日に一回、朝にこの小槌を振って、夜に小槌に感謝しなさい。そうすれば、お前さんのところにとんでもない幸運がやってきてくれるだろう」

「うわぁ。いいなぁ」

「欲しいかい?」

 翁の問いに、真逆の答えが返ってきました。

「欲しい!」

「いらない」


 嘘つきの男はいらないといい、素直な男は欲しいと口にしました。


「おもしろいものでもあるかと思えば、眉唾なものを売るなんてな。商売人として信用できないぜ」


 嘘をつく男は、そう翁を小馬鹿にしてから、立ち去っていきました。


「では、この小槌はダメだが、こちらにある幸運の小槌を君にあげよう」


 素直な男に渡されたのは、真新しい小槌でした。ピカピカの小槌に男は驚き、代金を払おうとしましたが、翁は受け取りません。


「代金は、次に私が来た時に君の幸運話を聞かせてくれることだよ。大事にしなさい」

「はい!」


 素直な男は元気に返事をし、小槌を持って家に帰りました。家にいた母は、また息子が騙されたのでは、と心配しましたが、息子は母の心配を笑い飛ばし、早速小槌を振ってみました。

 しかし、いいことと言えることは、男の身には起きません。


(どうして、いいことがないのだろう?)


 不思議な気持ちで、しかし、男はいいことに自分が気づいていないだけだ、と思い、毎日小槌に感謝しながら過ごしました。

 小槌に感謝しながら過ごす息子を、母親は苦笑しながらも見守りました。


 ある日、素直な男は風邪を引きました。

 とても苦しくて、咳が出て、動くのも大変です。熱が出ているためか、頭がぼんやりしています。

 その時、男は不意に小槌が「いいこと」を起こしていたことに気づきます。


(風邪でこんなに苦しくてしんどくて。でも、俺の風邪は治るし、治ったら、またいつも通り動ける。健康な身体であることが当たり前だと思っていたが、これはありがたいことだったんだなぁ。きっと小槌が、いつも俺の身体を守っていてくれてたんだ!)


 男は、小槌が起こしてくれた「いいこと」に気づけて、ますます小槌に感謝するようになりました。小槌を振って、どんないいことが起こるだろう、と毎日わくわくするようになりました。


 夜には自分の身体が病気でないことに感謝し、母親にも、丈夫に生んでくれてありがとう、とお礼を言うようになりました。

 今日あった小さな良いことを、母親に話しました。

 そして、母親はそんな息子をたいそう誇りに思うようになり、住んでる村のあちこちで、いつも息子が「丈夫に生んでくれてありがとう」と、言ってくれるのだ、と笑顔で話すのでした。


 そんな男に、縁談が舞い込みました。

 村でも評判の技量良しの働き者の娘で、母親同士の繋がりから、この縁談が持ち上がったのです。男と娘は結婚して、子どもができました。

 次に翁が来た時、幸運の小槌のおかげで結婚もし、可愛い子どももできたのだ、と話そうと男は思いました。


 そうそう。あの小槌は、子どもが遊びに持っていった時に、なくしてしまいました。

 しかし、男はこれだけの幸運を運んできてくれたのだから、きっと役目を終えたのだろう、と思いました。

 子どもを叱りはしましたが、小槌に執着はしませんでした。たとえ、小槌がなくても、男には可愛い妻と子どもがいるからです。

 そして、末永く男は家族と仲良く暮らしました。


※※※


「ちっ。なんだよ、あの野郎。騙されやすい、バカのくせに。上手くやりやがって」


 嘘つきな男の手には、素直な男が持っていた幸運の小槌がありました。子どもが遊んでいる隙に、男が盗んだのです。男は今は嘘つきとして村でも評判で、嫁など来てくれそうもありません。

 

「こいつさえあれば、俺も幸せになれる筈だ」


 男は毎日、小槌を降りました。しかし、男の身には、「いいこと」がやってきません。

 男は「いいこと」がやって来ないことに腹を立てて、夜、不平不満、愚痴悪口を小槌に言い続けました。

 すると、男の身に不幸なことが次々と起こるようになったのです。

 例えば、急に畑仕事に使っている台車の車輪が折れたり。暴れ馬に出くわしたり。

 とうとう、男は我慢できずに小槌を川に投げ捨てました。


「お前さん」


 そして、戻ろうとした時に、あの翁が立っていたのです。


「お前さんが投げ捨てたのは、幸運の小槌かい? どうして、それをお前さんが持っていた?」

「ひっ」

「答えなさい。さっき村に行って、幸運の小槌の持ち主には会ってきた。嘘をついてもわかる」


 好好爺とした翁はそこにはいなく、眼光鋭い老人がいました。


 男は翁の迫力に圧倒され、知らず後退りしており。とうとう、川に足を取られて、そのまま流されてしまいました。


「うわぁあああ! 助けてくれ!!」

「あの流れでは、人の身にはちときついの」


 翁は荷物から、普段持ち歩いているお守りを取り出して、川に住まう龍神に祈りを捧げました。

 すると、流されながらも、男の身体は岸の方へと少しずつ近づいていきました。

 

「そこの大岩にしがみつきなさい!」


 川の中の大岩にしがみつき、ほうほうの程で這い上がった男は助かった、と一息つきました。

 しかし、助かったことを実感すると、自分が川に落ちた原因である翁に、文句を言い始めたのです。


「お前さん。お前さんが何一つ心にやましい事をしていなければ、こんな私に、臆したり、怯えることもなかった筈だ。お前さんの不幸は、すべてお前さんが呼び込んだものだ。ところでお前さん、そこからどうやって岸に上がるんだい?」


 文句を言っていた男は、はたと気づきました。しがみつき、這い上がった大岩から、岸まではまだ距離があるのです。


「た、助けてくれ! 頼むから!!」

「あれだけ私に文句を言っておいて、助けてもらおうなんて虫が良すぎる。運が良ければ助かるだろう」

「嫌だ! 助けてくれ!! わ、悪かったよ。俺が悪かったから」

「人を見る目には自信があってな。お前さんは反省しちゃいない。はぁ、私はもう行く」


 男が喚きちらすのを放置して、翁は立ち去りました。

 男は何度か岸に渡ろうと試みましたが、その度に恐怖で足がすくみます。

 

「俺が、悪かったから・・・。もう、小槌を盗んだりしないから・・・」


 泣きながら、反省していた男の耳に、誰かの呼びかけが聞こえてきました。

 それは、幸運の小槌の本当の持ち主である男と、村の若い衆でした。


「おーい! 大丈夫か? あのおじいさんから話を聞いて、助けに来たんだが」

「うっ。うわぁああああ! たず、かった・・・う、うわぁあああ!!」

「こっちから綱を投げる! それを掴んで、上がってこい!!」


 こうして、嘘つきな男は助けられました。

 あの翁は、自分一人では助けられないと判断して、村に助けを呼びに行っていたのです。


「まぁ、少しはあの男も反省もしただろう。これに懲りたら、生き方を改めることだな」

「おじいさん。何から何まで、ありがとうございました」

「・・・助けを呼んでくれて、ありがとう」


 小さな声でしたが、確かにそれは嘘つきな男からのお礼でした。


「最後に、種明かしをしようか。幸運の小槌は、自分の生き方について学ぶものなんだよ」


 日々の小さな出来事に感謝して、日々の中にどれだけ「ありがたいこと」「おかげさま」があるかを知るために、幸運の小槌はあるのだ、と。

 不平不満、愚痴悪口を言わず、長い時間、いい気分で過ごすと、不思議と「よいこと」が舞い込んでくることを実践で学ぶものなのだ、と。


「だから、最初の説明を聞いて、自分の都合の良い部分だけを実践しようとしても、効果は出ないんだよ。よいことに感謝する量より、不平不満や愚痴悪口を言う量が多ければ、よくないことの方に気づきやすいからね。よいことに気づきたければ、よいことはないか、とまず探すところから始めなければならないんだよ」


 翁は笑いながら、新しい幸運の小槌を二人に差し出しました。


「これは、今の教えを忘れないために持っておきなさい。それでは、私はそろそろお暇する」


 はたして、幸運の小槌は二人の男に違う結果をもたらしました。

 結果を変えるために、改めるべきは、生き方であり、考え方なのでしょう。


おしまい

 


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