平民に秘密を知られた王子、契約結婚のはずが平民に夢中です
私はセラール、この国の王の子に生まれた。
のちに平民のマリーシアと結婚、国王に即位することで、建国以来初めて平民出身の王妃を持った国王となった。
少しつまらない昔ばなしに付き合ってもらいたい。
つまらない話などいらないという時は、ページ中盤まで飛ばしてもらって構わない。
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私を産んだ母は体が弱く、子どもを私しか授からなかった。そのくらいに病弱で公務にも支障のある母を、父もあまりよく思っていなかった。
そのため、母の足りないところを補うと言う名目で、第二夫人を迎えた。
第二夫人にはすぐに子が4人、続けて生まれた。男児が一番上に1人、名前はヨーデル。あとは女児が3人。
4人の子がいる健康な第二夫人と1人の子しかない病弱な正妃は、よく比べられた。子の数で王の寵愛を測るこの王宮で、私と母の居場所はだんだんとなくなっていった。
母は徐々に弱っていく。私はそれを見ていることしかできなかった。
母との思い出はほとんど優しいものばかりだが、一度だけ強く叱られたことがあった。
私が第二夫人の産んだ弟、ヨーデルを人前で言い負かした時のことだ。母はその話を伝え聞いて、見たこともないくらいに怒っていた。
「セラール、あなたは賢い子、ただそのことを悟られてはいけません」
「母上、どうしてですか。賢いといわれているヨーデルより、僕の方が上手くできることはたくさんあります」
「あなたが賢くなければ、取るに足らないと思われていればいるほど、その風評があなたを守るのです。母がいつまでも守ってやれればいいけれど、この体では難しいの、あなたのことはあなたが守るしかないのです」
母に叱られて気持ちが沈んだ私に、母は優しく声をかけた。
「ごめんなさいね」
そう言って寝たきりの母が力なく微笑む。
私は母の言う通りにすることでしか、自分で自分を守れない、無力な自分が嫌いだった。
母は私が10歳の時に亡くなった。
その後も私は母の望み通り、道化を演じ続ける。一緒に育った乳兄弟のジャン以外、私が愚鈍な王子だと誰も疑わなかった。
※※※
ここまでが昔話。私のくだらない生い立ちだ。
それがある日、1人の侍女に秘密を知られてしまう。
一番下の階級の、雑用係の平民だった。14歳、私がその時17だったので3歳年下だ。
マリーシアは茶色い髪で、ぱっちりとした丸い目がかわいらしい、少女だった。
秘密をしったからと、金を握らせて黙らせるのは簡単だった。例え平民の1人が騒いだところで、些細な噂で済むだろう。平民が何を言ったところで貴族は耳を貸さない。
しかし、その時、私の頭によぎったのは、前日の王ひとの会話だった。父の後妻で、第二王子ヨーデルの母親だ。
「そろそろあなたも身を固めたらどうかしら?」
今は王妃の座にいる、以前の第二夫人のけばけばしい顔が目に浮かぶ。王妃の側に侍る女たちを代わる代わる紹介される。
そのうちの1人と結婚でもしてみろ、数日後に腹上死という名の毒殺は確実だ。
そう考えるとこの侍女は相手としてちょうどいいのではないか。貴族を選んでしまうと、どうしても利権が発生する。今日は味方でも明日はどうなるか分からない世界だ。
顔立ちは整っているし、愚かな私のすることだ、利益もなにも考えず、平民に一目惚れ。流石の王妃もぽっとでの平民に警戒することもないだろう。話の筋としては悪くないと思った。
その時は、一時の縁談避けになってもらって、第二王子と王妃派を追い落とした後、十分な褒賞を与えて婚約解消をすればいい。
平民のマリーシアにとっても、悪いことはないと思う。十分な教育と生活を保障し、結婚前に開放すれば、むしろ今まで以上にいい生活が送れるようになるはずだ。
「ちょうどいい、君、結婚しろ」
「結婚? 誰と?」
マリーシアは状況がわからない様子で、きょとんと首を傾げた。私への敬語もすっかり忘れてしまっている。
「決まっているだろ、私とだ」
断りたければ断るだろうと思って、いつものような口調で言った。
身分差を考えるとほとんど脅迫だったと後から気づいた。
後から破談にすればいいと考えていたため、私はマリーシアに何も期待していなかった。ただしばらくの間、王宮にいて名目上私の婚約者でいてくれればそれでよかったのだ。
しかし、マリーシアは予想を上回る働きをした。
「せっかくいただいたお仕事なので、しっかりやりたいと思います!」
そう言ってガッツポーズしたマリーシアは、勤勉な努力家だった。脅されて結婚したにも関わらず、王子妃に相応しい教養といわれれば勉強に励み、姿勢が良くないといわれれば頭に本を重ねて夜通し姿勢よく歩く練習をする。
そんな勤勉さに加えて、人柄がよかった。明るく、世話好きで、素直。
ただ、要領はあまりよくなく、よく教育係に叱られて泣いていた。本人は隠していたが、翌日の泣きはらした目で、みんな察していた。
そういった彼女の様子を見ているうちに、徐々に彼女の人柄に惹かれる人は増えていった。気がつけば身分を問わず人の輪ができていた。
気が付くと、私もマリーシアと離れがたく思うようになった。
「セラール様、見てください」
マリーシアは些細なことでも私に誇らしそうに報告に来る。
「今日は新しいワルツを教わりました。今度、一緒に練習してくださいませ」
口調もいつの間にか平民らしいものから、上品な貴族風に変わっていた。
「ああ、ぜひ・・・」
私が返事をしようとすると、一人の侍女が割って入った。
「ちょっと失礼いたします! あらマリーシア様、もうこんな時間ですわ。夜更かしはお肌に悪うございますから、もう寝ましょう。セラール陛下、ごきげんよう」
侍女のメイベルは早口にまくしたて、勢いよく私とマリーシアの間に入り、マリーシアを連れ去った。メイベルは筆頭侍女で、貴族だが、身分を越えてマリーシアに対する好意が異常だ。
「マリーシア様のためなら死ねます」
マリーシアに窮地を救われてから、臆面もなくそんなことを公言していて、実際その通りに行動する。
忠誠心の篤い、いい侍女でもある。後ろ盾のないマリーシアにとって、そのような人間が近くにいることは安心できるだろう。
ただし、メイベルは私の言うことをまったく聞かない。一応、自分が粗相をすれば、マリーシアに影響があると考えて、いったんうなずいているが、実際はマリーシアの利益にならないことは、私だろうが、国王からの命令だろうが、聞き流す。
そしてメイベルは私とマリーシアの距離が近づくと決まって邪魔をする。
「マリーシア様はまだ幼いです」
そう言うが、マリーシアはなんやかんやあって、今ではもう20歳になっている。
契約結婚ということもあり、当然、白い結婚を貫いているし、私自身マリーシアの意思を無視してどうこうということは考えていないので、安心してほしいものだが、メイベルの妨害はやまない。
「ただでさえ身分差が大きいのですから、マリーシア様はいやでも嫌だとご自分では言えないのです」
たしかにそういう側面もある。
そのため、私はメイベルを強くいさめることもできない。そんなことをすればマリーシアは心を痛めてしまうだろう。
メイベルとマリーシアが去ったあと、部屋にやってきたのは幼馴染、乳兄弟のジャンだ。
「ほら、貴族からの陳情書」
手には分厚い書類を持っている。
「内容は?」
「平民なんかと早く離婚して自分の娘と結婚しろって、釣書つき」
「しつこい」
「俺に言うなよ。やっぱり離婚したほうがいいんじゃないの」
ジャンが言う。結局それをいいたかっただけだろうが。
私はあきれて大きくため息をついた。
ジャンは、私の理解者である。私のことを一番知っている存在であり、同時に私ととてもよく似た好みをしていた。一緒に育てられたからか、感性がにたのかもしれない。
好物の料理はいつも同じ、2人で分け合って食べた。
いつだったか、同じような人を好きになることに気付いた。
普段は私の好みを察してくれるいい部下だが、こと、恋愛に関することになると、話は別だった。
ジャンと楽しそうに話すマリーシアの声が聞こえてくるたび、私は苛立ちで奥歯を噛み締めた。
料理は一緒に分け合うことができるが、恋人はそうはいかない。
「あの方には王妃なんて似合わないし」
ジャンの魂胆はこうだ。
何とかして離婚をさせ、傷ついたマリーシアに親切ごかして近寄り、再婚でも迫るつもりだ。
ジャンは伯爵家の3男で、平民を妻にしても問題のない身分だった。元王妃であれば、逆に箔もつく。
身分でいえば、私よりもよほど似合いの2人が一緒にいるところを見るたびに苛立った。
私は何度も言ったセリフを繰り返す。
「今は平民も豊かになっていて、中産階級ともなれば貴族と同様の暮らしを送っていて影響力も大きい。隣国では反乱があり、王権がひっくり返ったばかりだ。平民に理解があり、貴族社会と一線を画す国王のほうが、権力が安定する。よって、離婚はしない」
「貴族にいろいろ言われる俺の苦労も考えてくれよ」
言いながら、ジャンは私をにらみつけた。わたしもにらみかえす。
「だから言っているだろう、しつこい。もうこの話はなしだ」
「はいはい」
言って、ジャンは部屋から出て行った。
「セラール様」
私を見ると笑顔で駆け寄ってくるマリーシア。どんな邪魔者がいようと、今のところは私の妻だ。ゆっくり私の良さを知ってもらえば、情にほだされることもあるだろう。
「マリーシア、ずっと私のそばにいてくれ」
たまにこうして本音が溢れる。
気づいてくれてもいいものを、マリーシアは気づかない。
「そんな、私なんかが」
そう言って俯く。その顎を掬い上げてキスしてしまいたい。
いやいや、まだそれは早い。
「君以上に私のそばにいてほしい人がいないんだから」
いつか、君からも、同じ気持ちが返ってくるといい。それがどれだけ先でも、私は待とう。