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 ジークハルトはそれから数日廃人と化していた。それでも日常とは恐ろしいもので、自分の邸の自分の部屋でいつもの様に過ごしていたら、死にたいほどの恥ずかしさが薄れて来た。


 それにしても思い出すのはスラム街の過酷な現状だ。それに対しては無力な自分ができることはないが、エマと付き合ってから、馬鹿にして真面目にしてなかった領地経営の勉強を再開することにした。せめて領地の住民だけでも幸せにしたいと思った。



 外で馬車の音がして、人の出入りの音がしたので、自室から出て階段を降りたら、旅装姿のままの母が執事と話しながら廊下を歩いてくるのにバッタリと出会った。母はジークハルトを見つけると声を掛けた。


「最近出歩かずに勉強しているのですってね。どうしたの?」


「母上、父上もお戻りですか?早かったですね」


「王妃様主催のお茶会があるから私だけ先に戻って来たの」


 小柄で華奢な母はいつまで経っても少女の様な可憐さがある。夫を支える侯爵夫人として周囲の評判は上々だ。それに対して父は背が高く彫りが深くて姿もよい。ただし表情はあまり変えないタイプだ。母はこの父に黙って従っている。人前では冷たく思えるほどだ。幼い頃からの婚約者から結婚したと聞いていたので、二人は政略結婚だとジークハルト思い込んでいた。


「母上と父上は幼い頃からの婚約者ですよね。父上は母上に冷たくありませんか?不満に思ったことはなかったのですか?適齢期になって他の人がいいと思わなかったのですか?」


 母が旅装を解いて、二人でお茶を飲んでる時に、ジークハルトは母に問いかけた。母はまじまじとジークハルトを眺めてから笑いながら口を開いた。


「ジークハルトも大人になったの?お父様はあなたからはそんなふうに見えるの?私達はお互いの親が友達で小さい頃から交流があって仲がとても良かったのよ。それで親がこれならって婚約させたの。大人になっても二人で一緒にいたいと言う気持ちはお互い変わらなかったわ。それで結婚したのよ」


「お二人は政略結婚ではないのですか」


「確かに私の実家の侯爵家とこの家は事業のために提携はしてるわ。それは公的な部分であって、縁で繋がなくても、契約すればやっていけるわ。私達は幼い頃に出会ったけれど、恋愛結婚よ」


「そんな!でも父上に第二夫人をという話が出た時あんなに親族に蔑ろにされて悔しくなかったのですか?はっきり嫌だっていえば……」


「言ったわよ」


 ジークハルトの言葉に被せてあっさりと言う。


「え 言われてませんよね?」


「夫にはっきりと第二夫人を娶るなら実家に帰りますって言ったわ」


「え?父上に?」


「そう、だからあの人一生懸命に親族を叱り付けていたじゃない。私に実家に帰って欲しくないから。それからあの従弟が娘を裸で潜り込ませたでしょう?あれはやるって知っててわざとやらせたの。従弟の横領だけでは罰しにくいからまとめて片付けるためよ。お父様が私を馬鹿にした従弟一家を許すわけはないのよ。私が表に立って、手を出すまでもないわ」


 ジークハルトは絶句した。なんなんだそれはどう言うことだ。


「あのね ジーク 人前に立って大きい声を出すのだけが、自己主張じゃないのよ。静かにしている人は意気地無しってことじゃない。裏側で何をしているかが真実。人間には色んな面があるのよ。あなたのエラの様にね」


 母もエマの事を知っていた。顛末も耳に入っているのだろう。ジークハルトはいつも静かに父に従っていると思っていた母の裏側の姿に言葉が出なかった。自分は母のどこを見ていたのかと。

 それと母もエラなんだなと思った。ミケーレ嬢と連絡取り合ってるのかとふと思った。そんな訳ないか……



「先日ある人に縁談だって、時代は変わったと言われました」


「変わったといえば変わったわね。幼い頃から政略で縛って婚約させても、うまくいかないことが多かったのよ。当時は女は黙って婚家に従っていろという風潮もあったから。今は女性から離婚を申し立てることも多いしね。昔みたいに離婚したら生家に戻れないから我慢すると言うこともないし」


「どう言うことですか?」


「生家に戻れない事情があったら働けばいいのよ。今は貴族女性の職場も侍女や女官以外に働く場はたくさんできたもの。文官だってたくさん女性がいるし、女騎士だって王族の女性を守るために必要だから積極的に育成されてるわ。学校も女教師も多くなったし、医療現場では女性が歓迎されてるわ。男に頼りきりよりいいんじゃない?再婚も忌避されてないし、次の幸せを探そうって事よ」


「知りませんでした……」


「ジークハルト あなたもう少し周りをよく見ることね。貴族令嬢を嫌っている様だけれど、彼女達も恋愛結婚を希望しているから、婚約者のいないあなたに群がってるの。それが嫌ならさっさと婚約者を決めなさい。平民は環境も教育も違うから無理だけど、貴族だったら目をつむれない瑕疵がなければお父様も認めるわ」


 先日失恋したばかりなんだけれどな……無理難題を言わないでくれと思うジークハルト。


「先程、執事から受け取ったけれど、先日のお見合いの返事が来てるわよ」


 ハッと思った。


「母上 見せて下さい」


「駄目、お父様宛なんだから。あと数日したらお父様帰ってくるからお父様が見てからよ」


 ミケーレ 駄目だとは思っているが、なぜかその名を呼ぶと甘い気持ちが浮かび上がる。

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