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 初めて足を踏み入れたスラム街は建物も道も薄汚れて濁っていた。道には塵が沢山落ちて建物の窓には元は白かっただろう継ぎ接ぎだらけの洗濯物がはためいていた。道に座り込んでいる老人がいたり、こちらをぎらぎらと見つめる男達が建物の陰にいた。老人も子供も薄汚れて破れた服を着ていた。いかにも腕の立つ護衛達が居なかったら襲い掛かられていただろう。


 店主に聞いた場所はもう少し先だ。しばらく歩くとスラム街とは思えない古くボロボロだけれど清潔な建物が見えた。建物の前には何やら野菜らしいものが植えてある畑があり、そこで子供達が土を掘り返していた。その中にエマがいた。いつもと違って継を当てた男の子用の上下を着て土にまみれていた。自慢の長い髪も無造作に一つに束ねてあった。エマだ!と思い、ジークハルトは思わず駆け寄った。


「エマ!」


「この兄ちゃんだれ?」


 駆け寄って来たジークハルトを見て、子供達も珍客に群がった。


「兄ちゃんどこから来たの?」


「兄ちゃん何か食べるもの持って来てくれたの?」


「ねぇねぇ」


 子供達に揉みくちゃにされるジークハルトを見て、エマが子供達の中に身体を滑り込ませて子供達に捕まっていたジークハルトを自分の後ろに隠した。


「おい!何してんだ。今取ったもの返しな!こいつは俺のダチだからあっち行ってろ!」


「ちっ エールにいちゃんのダチかぁ。カモにはできねぇ」


 そう言って子供達はジークハルトがポケットに入れていた財布を投げて寄越した。ぶつぶつ文句を言いながら元の作業に戻って行った。

 エマは驚愕で口を開けたまま固まってるジークハルトを引っ張って、建物の中に連れて行った。護衛達も慌てて付いて来た。


「ちっ 今日はお供付きか」


 いつものエマと違って低い声のエマはじろりとジークハルトを睨んだ。


「壊れそうで悪いけど、そこの木の椅子に座んなよ」


「失礼します」


 ジークハルトは礼儀正しく座った。それを見てエマはふんと鼻で笑った。


「相変わらず、いいとこの坊ちゃんが鼻につくな」


 エマにそんな風に言われてジークハルトは頭の中は疑問符で一杯だった。


「金は返えさねぇぜ。返せと言われてもここの修繕費とこいつらの食い扶持や着るものに使っちゃったけどな」


「あの」


「なんだよ。坊ちゃん」


「君はエマ?」


「エールだよ。親はもっと長い名前を付けたらしいけれど、親が居なくなって路上で暮らすには長い名前は邪魔だかんな。あにさんに付けてもらった」


 ジークハルトはおずおずと聞いた。


「君は男なのか?」


 エマいやエールはふふんと鼻を鳴らして


「あんた女装の俺に脂下がっていたよな。あんたに『愛しいエマ』とか言われて俺はゾーとしながら腕にすがりつくのは大変だったんだぞ」


「君の双子とか姉妹とか……」


「いねぇよ。しつこいな」


「でも身体が柔くて……」


「相変わらずやらしいな。そんなんボロ布を詰めているに決まってるだろ。胸はな、俺の工夫で柔らかさをだすために、古着屋で大枚叩いて女の子ものの胸当て買ったんだぜ。それが腕に当たって脂下がるあんた面白かったぜ」


 そう言って笑い出すエール。


「俺ら路上生活していたのを、あにさんがこの家買ってまとめて面倒見てくれてるんだ。俺らも金稼がなきゃいけないけど、住民登録してないあぶれ者のスラム街の住人はまともな職にはつけねえ」


「住民登録してない平民なんているのか」


「ふん 坊ちゃん スラム街の住民は貴族様の領地に居られなくなって逃げて来たやつや王都の下町で食い詰めて住民票を売り飛ばして来たやつばっかりなんだぜ。その子供なんて親が捨てるから路上生活なんだよ。住民票がねぇから子供の頃からくずひろいにスリにかっぱらいをして生きて来た。ろくな仕事じゃねぇ。あにさんが拾ってくれて初めて家の中で寝た。読み書き教えてくれ、畑で野菜や麦を育てて人間の生活を送らせてくれてる。それでもあにさんは正業があるからここにはいつもいねぇ。その隙狙って、俺は親がくれたこのお綺麗な女顔を生かして、下町に物見高く見学に来る貴族の坊ちゃんをターゲットにして金貢がせて来たけど、平民になるから結婚してくれって言った奴はお前だけだよ」


 そう言って腹を抱えて笑い出した。


「でも キス……し…」


「ああ 気持ち悪かったぜ。金のためだから我慢したけど。俺は女の子が好きだから」


「……そ…んな……」


「とにかく騙して悪かった。でももらったものは返せねぇ。あんたも男に騙されたなんて親にちくられたくないだろう?男に騙された事知られたら廃嫡だっけ?になるんじゃねぇ?だったらあいこで終わりにしねぇか?俺もそろそろ女装はきつい年になって来たし、もうしねぇと約束する」


 ジークハルトはふらりと立ち上がり、出て行った。後ろからエールが叫んでた。


「誰にも喋ってねぇから安心しろ!」


 外に出ると護衛達が付いて来た。護衛が周りを囲んだので、今度は子供達は寄って来なかった。

 ジークハルトは護衛に支えられてふらふらしながらなんとか自邸まで辿り着いた。


 真実の愛はどこに行ったんだーーーーー


 と心の中でずっと叫んでいた。





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