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ジークハルトは帰る道すがら、ミケーレに言われた言葉を何度も反芻していた。
自分が微かエマに感じた違和感を確かめなくては、真実の愛も先に進めないと思った。
翌日、エマをいつもデートするカフェに呼び出した。エマは店内に入るなり、遠慮なくいろんなメニューを頼み、いつも通りケーキのテイクアウトまで頼んだ。そこまで済ませてからおもむろに口を開いた。
「ジーク、縁談は上手く行ったでしょ?ジークはいい男だもの。その公爵令嬢だってジークにメロメロよ。でもだめよ。公爵令嬢はお飾りよ。ジークは私のものよねー。ねぇねぇ、ジーク、私が住む別邸っていつ入れるの。それでぇお願いがあるの。その別邸に私の家族も住んでいい?ジークが仕事でいない間寂しいし、私の母さんにってジークから薬代貰って、だいぶ良くなったけれどまだ働けない身体なの。兄さんは日雇い仕事で安定しないし、末の弟は幼いし、みんな収入なくて家賃が払えなくて困ってるの!お願い!」
と言いながら隣に座っているジークハルトの腕に自分の身体を押し付けた。ジークハルトは片方の手でエマの身体を自分の腕から引き離した。いつもと違うジークハルトの行動をエマはぽかんと見つめた。
「ジークぅ、どうしたの?」
「エマ、真面目な話があるんだ」
真剣な表情を浮かべるジークハルトにエマはハッとして顔色を変えた。
「まさか、別れるって言うんじゃないでしょうね!いやよ!絶対に別れないわ。私達は真実の愛で結ばれてるのでしょう!子供産んでくれって言ったじゃない。別邸にも入れてくれるって言ったじゃない。」
だんだんと激昂して、エマはジークハルトの腕を何度も叩いた。
「ちょっと落ち着いて聞いてくれ。公爵令嬢には縁談は断られた」
「えぇー、ジークを断るなんて生意気!」
「いや公爵令嬢の方が身分は上なんだ」
「もう!だから貴族っていやぁ。同じ貴族なのに身分差あるのぉ!差別よ!差別!!」
ジークハルトは人の話を聞かないエマにイラッとした。あれ?これって社交界ですり寄ってくる貴族令嬢と一緒だなと思った。
「いいから人の話を聞いて!」
ジークハルトは初めてエマに声を荒げた。
「怖いよぉ」
ジークハルトはわざとらしく涙目になるエマにイライラが募った。それでも言わないと真実の愛の見極めがつかない。
「縁談は壊れた。愛人がいるのが分かっていて嫁いでくれる令嬢はいないことがわかった。だからエマと一緒にいられるように私は爵位の継承を捨てて平民になろうと思う。もう侯爵家の人間ではないので、何も持っていない。でも、エマは私自身が好きだと言ってくれただろう?だったら何も持ってなくてもいいだろう?私と結婚してくれ!」
「え、え、エエェエエ!そんな!」
エマの榛色の瞳が目一杯広がった。この瞳がキラキラしていつも見惚れていたなと他人事の様にジークハルトは思った。
「嘘でしょ!じゃあさ。公爵令嬢でなくてもいいじゃん。適当な貴族の令嬢で。ジークが言ってたじゃない。社交界で香水臭い女に群がられるのが不快だって。そいつらにちょっと言い寄ってやればイチコロじゃん」
「エマ、人のことをものの様に言うのはどうかと思う」
「ものじゃないよ!ジークみたいないい男のお飾り妻になれるなんていいことじゃない」
ジークハルトはイラッとした。こんなに人の話を聞かないなんて…
「父は侯爵家に相応しい家柄で瑕疵のない令嬢でないと認めてくれない。舞踏会で男に群がる様な令嬢では無理だ」
「ええー、お父さんわがままだ。自分の奥さんじゃないんだし、お飾りなんて適当な令嬢でいいじゃん」
ジークハルトはイライラが募り口調がキツくなって来た。
「そんなに都合のいい令嬢はいないんだ!それより自分達が愛し合ってれば平民だっていいだろう?」
エマは両手を自分の顔の前で握って上目遣いジークハルトを見た。
「貴族で無くなるなんて早まらないで」
と目をうるうるさせて訴えた。
「私自身が好きなんだろう?貴族は関係ないって言ったじゃないか。私が何も持ってなくても愛してくれるんだろう?」
「そりゃ、そうだけれど。母さん病気だし、小さい弟だっているし、お金は無いよりあったほうが……」
「私だって平民になれば働くよ」
「だって、そんなお金じゃ足りないよ。今の暮らしよりいい暮らしできないよ……」
エマの言葉は段々と小さくなって来たが思いつめた様にジークハルトに言った。
「私もうみんなに大きなお邸で暮らせるんだって言っちゃったのよ。お願い!ジーク!私の家族が住むところを頂戴!」
「それは悪いことをしたが、私が言ったことは現実味のない絵空事だったんだ。でも君を愛してるのには変わりない。平民になって一生懸命働くから結婚してくれ」
「そんなの、困る。私は奥さんになりたい訳じゃなくて、金銭面で面倒見てくれる人が欲しいの」
エマはそう言っていきなり立ち上がった。
「ジーク!貴族令嬢と結婚したらまた誘って!私待ってるから!」
そう叫ぶとテイクアウトしたケーキをしっかりと握って走り去った。