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「そう言えば、女官長処分されましたね」
「娘を側妃にしたくて加担していたからな。母に泣きついたが、昔から仕えてくれたとしても罪は罪だから母も受け入れなかった」
王太子が三人の非難の目を無視してミケーレの肩を抱き続けた。
「オルノーもダンドールも取り潰しだ。一家全員国外追放にした。イザベラ、マルガリータは反省の姿勢も見せなかったから、戒律の厳しい北の修道院に入れた。一生出てこれない。ミケーレに何かしたら大変だ」
そう言いながらミケーレの肩を抱く王太子。おいおいと三人の気持ちが滲み出たら、ミケーレが王太子を押しのけた。
「婚儀をあげてからにして下さいな」
やーいやーいと心の中で言うジークハルト。
呆れた様に見たユリウスがミケーレに
「で、何が反省なんだ。話が逸れたぞ」
と言うと、ミケーレはちらりとユリウスを見上げた。
「マルガリータのことよ。供述ではあの人私を嫌っていたのですって。公爵家の生まれで何でも持っていたのに、さらに王太子殿下を手に入れたって。あの人はマーガレットと違って本当に王太子殿下を好きだったらしいの。でも身分から言っても側妃にもなれない。それでスターリン伯爵の次男のささやきによろめいたらしいの。何が何でも好きな人の側に上がりたいから、悪いことだってすると言っていた。私としては彼女の助けになればと思ったけれど、彼女にとってはお情けを掛けられてプライドが傷ついたと言っていたのでしょ?お兄様」
「公爵家としては情けだけじゃなくて、ダンドールの技術は魅力的だったから買い取った。そのかわり買取の度に一割上乗せしたけれど、技術を取り上げたと逆恨みされてはどうにもならないな」
王太子が懲りもせず、今度はミケーレの髪を撫で始めた。
「ミケーレは悪くない。親族すら見放していたから、マルガリータはあのままでは借金の形に売られるところだった」
「商人の後妻ではなかったのですか?本人がそう言っていたのですが」
ジークハルトが聞くと
「それは取り繕った言葉だね。事実は爵位を返還して、妹と娼館への身売り話が出てた。それを助けて貰ったのに盗人猛々しい。修道院で許すんじゃなかったか」
王太子は憤然として言った。ミケーレを悪く言う奴は許さないんだなー。
「それにしても思うのですが、クラリッサ王女にしてもイザベラ、マルガリータは王太子殿下の愛はいらなかったのでしょうか?殿下はミケーレ嬢一筋ですよね?」
ジークハルトが言い出すと、ミケーレの髪を撫でるのをやめて、胸を張る王太子。
「当然だ。なぜゴリ押しで嫁げると思ったのか」
「簡単ですよ。昔は臣下が差し出す女を愛情が無くても妃にしなければいけない時代があったのでそう言うつもりだったのでしょうね。おそばにあがれば愛されると」
ユリウスが言うと王太子がやれやれとばかりに手を挙げた。
「そんなのはかなり昔だな。今は国内は王権が強くなってるし、父は母を見染めて恋愛結婚だから、私にも身分の制約はあるけれど恋愛結婚を認めてくれた」
王太子はそこで声を潜めた。
「でもマーガレットは危なかった。外国の賓客を招いてしまって婚儀は取りやめは難しい。これでミケーレが本当に危篤だったら、ゴリ押しされたかもしれない。マーガレットは身分も教養も容姿も申し分ないからな」
殿下、殿下…お隣を見たほうがいいですよ。
「そうですか。私は欠けていて申し訳ないですわ」
ミケーレがいきなり立ち上がり、そう言って小部屋を出ていってしまった。
「え?何かまずいこと言ったか?」
自覚が無いのか!私にだってわかったのにと思うジークハルト。
「殿下、マーガレットのこと褒めたじゃないですか」
仕方なく教えてあげる。臣下の務めだな。
「褒めた?」
「マーガレットは身分も教養も容姿も申し分ないと」
はっとする王太子。王太子もいきなり立ち上がり、慌ててミケーレを追いかけて行った。残った三人で顔を見合わせて『仕事するか…』とつぶやいて、仕事に戻った。
女性って難しいなぁ。と内心でぼやくジークハルトであった。
*****
快晴の佳き日に王太子とミケーレの婚儀が執り行われた。二人は大聖堂で愛と将来を誓い合い大勢の歓声の中姿を見せた。
大聖堂の大きな鐘が鳴り響くと、近隣の教会の鐘が応える様に鳴り響いた。その荘厳な雰囲気の中、宝石が散りばめられた真っ白なレースの長いトレーンを引いたヴェールを王太子妃の金剛石のティアラで飾り、七色にひかる光沢が美しい絹の上に何重にも重ねた繊細なレースのウェディングドレスを身につけたミケーレを王族の正装姿の王太子が抱き上げて、参列者達が浴びせる花びらの中を歩いて行った。
その姿を見つめるユリウスの目に涙が光っていた。ジークハルトが鬼の目にも涙!と思った事は内緒である。




