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ユリウスに連れて行かれたのは、普段国王が大人数を謁見する大広間だった。
そこには三週間後の王太子の婚儀に出席するために領地から出て来ていた貴族が大人数集められていて、三段上がった場所に国王、王妃、王太子が並んでいた。そして階段を降りたところにこの国の宰相グリーベル侯爵がいた。ユリウスは宰相の隣に並び、カイルとジークハルトはその後ろに控えた。
その場所から貴族を見るとミケーレ、ユリウスの父親のハーケン公爵、ボーデ公爵と娘のマーガレット。その他公爵家八家当主全員揃っていた。それ以外に侯爵家伯爵家が揃い、なぜかオルノー子爵とダンドール子爵が娘を連れていた。近衛騎士団が出入り口を固め、どこを見ても騎士の姿が目に入った。
ジークハルトは父親がハーケン公爵の隣にいるのを見つけた。それと下座の方に父親らしき男といるマルガリータも。女官を辞めたのになぜここにいるのだろうと疑問に思った。マルガリータはジークハルトの方など見向きもしないで、一心に王太子を熱の篭った潤んだ目で見つめていた。ジークハルトはそれを見てなるほど王太子殿下は見目麗しく貴族令嬢の憧れだから彼女の目当ても王太子殿下だったのかと思ったが、潰れかけた子爵家の娘などどうにもならないだろうにとも思った。…ま 負け惜しみじゃないからな!
宰相グリーベル侯爵が口を開いた。
「この度はスターリン伯爵の発案で皆様にお集まり願い、国王陛下、王妃様、王太子殿下にもご臨席も願った。さあスターリン伯爵、集まらせた理由を」
恰幅のいい、かなり頭髪の寂しい、偉そうなスターリン伯爵が一歩前に出た。
「お集まりの皆様、急な招集申し訳ございません。また国王陛下、王妃様、王太子殿下もご多忙のところ拝謁をお許しいただき感謝いたします」
腰を少し引き軽く頭を下げた。なーんか慇懃無礼。
ジークハルトがボーデ公爵の方を見ると後ろに娘のマーガレットがいた。いつも一緒の婚約者はいない。なぜなんだろう?確か婚約者は伯爵家の次男だったような。そんなことを考えていたら、スターリン伯爵はハーケン公爵の前に立った。
「ご無沙汰いたしております。ハーケン公爵閣下、この度はご令嬢ミケーレ様のご婚約おめでとうございます」
ハーケン公爵全く動ぜず
「これはご丁寧にありがとうございます」
と答えていた。
「めでたい婚儀に水を差すようですが、私 独自の情報網でミケーレ嬢が明日をも知れない病状だと知りました。三週間後の婚儀どうなさるおつもりかな」
ざわざわっと居並ぶ者たちが騒ぎ出した。
「お静かに!」
グリーベル侯爵が静かにさせる。
「スターリン伯爵 私、宰相はそのような話は伺っておりません。どのような根拠がおありなのでしょうか」
「それはもうひた隠しにされておいででしょうよ。でも婚儀の場に出てこれない花嫁など仕方ありますまい?」
ハーケン公爵は低く響く声で
「それはどういう意味なのか説明してもらおう」
とスターリン伯爵を睨みつけた。
「おやおや 親心とは悲しいものですな。まさか替え玉で婚儀に出させようとしてらっしゃるとかですか。それに万が一にも回復なさってもそんなに身体の弱い方が王妃など務まらないでしょう」
「それは我が娘に対する侮辱と受け取ります」
ちゃらちゃらと男にしては高い声のスターリン伯爵に比べて魅惑のバリトンボイスのハーケン公爵。好感度はどちらに傾いているか言うまでもなく、ハーケン公爵はユリウスが歳を取った姿なので、長身痩躯のナイスミドルなのだ。ぶくぶくスターリン伯爵と並ぶと主人と従者にしか見えないなぁとジークハルトは内心思っていた。
「おやあ 失礼 事実なのでつい口を滑らしました。しかし実際花嫁がそれではお困りでしょう。私が考えた代案をご披露いたします」
「聞いてやろう」
ハーケン公爵の魅惑のボイスが響く。
「皆さまは創国祭の時にご滞在になられたクラリッサ王女を覚えていらっしゃるでしょうか?王族だけあって気高く気品のある清楚な方でいらっしゃいます」
嘘つけーーーお色気おばけの間違いだろうと王太子とジークハルトの心の声が合致する。スターリン伯爵は滔々と続ける。
「その方が王太子殿下との婚姻をお望みです。私はふとしたことでクラリッサ王女と親交を深めまして、クラリッサ王女のお気持ちを伺う機会がございました。それはもう一心に王太子殿下をお慕いしておられます。そしてこの非常時に王太子殿下のためならと母国からこの国に来てくださっています。このままでは婚儀は無理です。花嫁を取り替える…コホン…人聞き悪いですが、公爵令嬢などより真の貴婦人の王女が王太子妃になられた方がよろしいと考えております」
「そして」
下座に並んでいたオルノー子爵とダンドール子爵が娘を連れてスターリン伯爵の隣に並ぶために進み出た。