17
文官が出払った午後に仕事が一段落付いたところでカイルが近づいて来た。
「マルガリータ・ダンドールが女官を辞めて親元に下がったそうだ」
「逃げたと言うことか」
「そうだな。ジークハルトにしては辛辣な物言いだな」
「そうかな?そうするとマルガリータ・ダンドールが持ち込んだ女官長の不正の件はなんだったのだろう?料理人も不審だったけれど犯罪が行われた訳でもない。商人の件もお気に入りの商会を自分で使うためという言い訳がきく。そうするとあと考えられるのは私を誑し込んで利用しようとしたという事ではないかと」
カイルが拍手している。
「いやー ジークハルトくん 成長したねぇ」
そ そうかな?ちょっとうれしい。でも…
「ユリウス様もこれがハニートラップだと気が付かれていたはずだよね。なのに一緒に女官長を調べてくれたのはなぜなんだろう?」
カイルはちょっと考えて言った。
「あのユリウス様のことだから考えがあったのだろうけれど、一番にはジークハルトを試していたということじゃないか?機密を女に頼られたからとほいほい漏らすような奴だったら前の伯爵令息と同じ運命さ」
ゾゾゾーーーと寒気がした。でもハッとした。と言うことはーーー
「マルガリータ・ダンドールは女官長と繋がっていると言うことか。女官長がわざと執務室に怒鳴り込んでマルガリータ・ダンドールと女官長は関係がないと思わせて、マルガリータ・ダンドールはミケーレ嬢側だと思わせるために!」
「声がでかい…」
カイルがジークハルトを窘めた瞬間、執務室の扉が轟音と共に砕けた。そこには斧を持った男が二人いた。
「えーーーーー」
「なぜ鍵かかっておりますの?不愉快ですわ。殿下の部屋はわたくしの部屋ですわ」
そう言いながら砕けたドアの破片と斧を持った男達を退けて入ってきたのは、濃い化粧をほどこし、赤い髪を縦ロールに巻き、胸元が覗けるほど開いたドレスを纏った、美人…と言えないこともない微妙な女だった。化粧を自然にして、髪も自然にまとめて清楚なドレスを着れば見れないこともないのにもったいないなと思うジークハルト。いいや…今はそんなことはどうでもいい。カイルがその女の前に行った。
「こちらは王太子殿下の執務室になっております。このような無礼は許されません。どなたでしょうか」
「まあ 王太子妃の顔を知らないなんて万死に値するわよ」
「我が国の王太子はまだ独身でいらっしゃいます」
その女はいらっとしたようだった。
「もうすぐ婚儀でしてよ。同じことですわ」
「王太子の婚約者は我が国のハーマン公爵令嬢です」
「もう死にかけでしょう?大丈夫わたくしが代わりに式を挙げて差し上げるためにこの国に参りましたのに王太子殿下に会えなくてイライラしておりましたの。それで扉も斧で砕かせましたわ。このようになりたくないでしょう?王太子殿下はどちらにいらっしゃいますの?」
「王宮のどこかだと思います」
ジークハルトがカイルの横に立ち勇気を振り絞って(だって怖い)そう言うと、その女はがらりと態度を変えた。ニコニコして身体をくねらせてカイルを押し退けてジークハルトの腕に自分の腕を絡み付かせ、ー詰め物をして押し上げて無ければだがー豊満な胸を押し付けた。
「あら!美形!ねえ あなたお名前は?爵位はお持ち?」
そうなのだ。中身は残念でも見かけは一級品のジークハルトなのだ。その女はどこぞの貴族令嬢と同じ事をするので、ジークハルトはゾゾゾーと寒気がした。しかしこの女多分クラリッサ王女。身分は上だ。振り払う事はできないので、沢山の貴族令嬢に絡み付かれた体験を生かして、やんわりと腕をクラリッサ王女の腕から抜こうとした。抜こうとしたが、女とは思えない腕力でジークハルトを締め付けて来る。
「申し訳ない。離れていただけませんか」
ようやくそれだけ言ったが、クラリッサ王女らしき女は腕を離して、ジークハルトの胸に縋り付いて胸をぐいぐいとジークハルトの腹に押し付けてくる。そしてジークハルトのジークハルトをじっと見た。怖いーーーーージークハルトは反応したら負けだ!と死に物狂いでクラリッサ王女らしい女を遠ざけた。はー反応しなかった!えらいぞ。私の私!クラリッサ王女らしい女は離されて不満そうだった。
「お前!名前を名乗りなさい!わたくしは王太子妃のクラリッサ王女よ!」
突っ込みどころ満載である。王太子妃でもないし、王太子妃になったのなら王女ってなんだよと思うジークハルト。それでも身分は上だ。
「失礼いたしました。ブリーゲル伯爵と申します」
「えーーーー伯爵なの。身分低いわ。でも婚姻後の愛人にはいいか。お前!王太子の代わりにわたくしをもてなしなさい」
「私は執務室に勤務しております。上司の許可無く持ち場を離れる事はできません」
「何よ!堅苦しいわ。いいわ!陛下に言ってお前を貰い受けるわ!」
そう言い捨てて迷惑な一行は去って行った。