表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【読切版】婚約破棄されたショックから公爵家を飛び出した元令嬢が今では最強のソロ冒険者になりました

「話は変わりますけど、クロノワールという名の冒険者をご存知ですか?」


 とある酒場の片隅で、樽型のジャッキを片手に持った細身の男が、樽のような肉付きの背丈の低い男に丁寧な口調で問い掛けた。


「ん?急だな。でも噂には聞いてるぜぇ。東の国から流れて来た凄腕の冒険者で、誰とも組まず、素顔も見せず、高難度のクエストをクリアしまくってるとかいう得体の知らない奴だろぉ」


「そのクロノワールがこの街に来てるらしいですよ。なんでも隣街の高難度クエストは全てクリアしてしまって、この街の冒険者ギルドにある例の未クリアのクエストを受けに来たとかなんとかという話です」


「……そいつぁ面倒なことになりそうだぜぇ」


「あなたもそう思いますか……」


「そりゃそうよ。この街にいる他の上位の冒険者がいい顔しないからな。自分の狩場に新参者が来て勝手に荒らされたら普通は嫌だろぉ」


「そうですよね。それじゃあ、今夜は派手な喧嘩が見れるかもしれないですよ」


「……あっ!もしかして入り口にいる黒いフードのやつが例の冒険者か」


「どこからともなく漂う強者の雰囲気。恐らくあれがクロノワールでしょうね」


「確かに首筋がチリチリと痺れるような感覚がするぜぇ」


「……それはたぶん先日のサラマンドラゴラに負わされた火傷のせいでは?」


「……やれやれせっかく伸ばした襟足が台無しだぜぇ」


「似合ってないから切るよう言おうと思ってたんですが、その手間が省けて助かりました」


「ひでぇよ、そんなこと思ってたのかムガード」


「おや?他の方々もクロノワールに気付いたみたいですよ、ヨルド」



 ここは冒険者御用達で知られるとある酒場。

 元冒険者の店主が引退後に開いた店で、金の無い新人の冒険者でも腹一杯に食べられるようにと、美味、大量、安価の三拍子が揃った店である。


 冒険者ばかり来るということでほとんど冒険者専用の酒場と化している。

 そもそも冒険者以外の人間は、ちょっとした言い合いから殴り合いに発展するような物騒な場所には来ないだろう。

 しかもこの店に限って言えば客層はさらに悪い。

 何故ならこの店には出禁という、店側の最終手段であるシステムがないからだ。

 だから他で問題を起こして出禁になったような酒癖の悪い冒険者なんかは、ここ以外に飲める場所がないので毎晩のように来たりする。


 ちなみにこの酒場を出禁になった人間は過去誰一人としていないというのはこの街では有名な話だ。

 それはつまりこの酒場では何をしても出禁にならないということだが。

 ただしそれを言葉通りの意味として受け取るのはよろしくない。

 何をしても出禁にならないことと何をしても許されるということはイコールにはならないからである。



「おい見ろ。ダリルの奴が立ち上がったぜぇ」


「えぇ、入り口に向かっていますね。今日もまたしこたま酒を飲んでらっしゃるようで」


「悪酔いしたあいつはこの店でもトップクラスにタチが悪りぃ。あのガタイに相応しい馬鹿力でなんでも壊しやがる」


「まあ、店主にはまだ力比べで敵わないでしょうけど。さてさて、始まるみたいですね」


 体格の差は二人が近づくよりも前からわかっていた。

 というよりダリルが座っている時の方が頭の高さは高いくらいだったからである。

 黒いフードの方は体の正確な輪郭までは分からなくとも、平均的な男性の身長よりやや低いほどで恐らく細身。

 二人が相対するとその身長差は頭二つ分以上で、フードの方の顔はダリルの胸の辺りに位置していた。


「よう、見ない顔だな。この街には何の用で来た?観光か?それとも俺にぶちのめされにか?」


「……そうかい?俺はどこかで見たことある顔だと思ったぜ。隣のハイゼス領で返り討ちにした冒険者にそっくりだったもんでな。でも勘違いだったみたいだ。奴は段位15段の冒険者だったが、お前はせいぜい初段くらいだろ?勝負にならないから大人しく安酒飲んで早くお家に帰んな」


「ひゅー♪言うねぇ」


 周りにいた酔っ払いの一人が口笛を吹いて場を盛り上げる。

 売り言葉に買い言葉だが、明らかにフードの方が煽り文句が強い。

 それにダリルは元来短気な性格である。

 しかも衆目の前でここまで馬鹿にされて黙っていることなど出来ようはずもない。

 つるりと剃りあがった頭に入った龍の入れ墨が、まるで生き物のようにこめかみの痙攣に連動して動いている。

 対するフードの方は、右肩の辺りを軽く叩くような仕草でモゾモゾと動かした。


「肩慣らしに丁度いいとでも言いてぇみたいだな。二つ首の狂犬(クレイジーオルトロス)のダリル様にそんな態度取ったこと、骨の髄まで後悔させてやるよ」


「掛かってきやがれ、でくの棒。闘いは力じゃねぇって教えてやんよ」


 両手を大きく広げるダリル。

 その威圧感は熊種のモンスターに劣らない。

 しかしあれほど挑発したフードの方は意外にも慌てている。

 まるで相手が怒ると予想できていなかったと、狼狽していると言ってもいい。

 さらには両手を前に出して手を高速で振ると、戦う意志は無いとでも言っているようだった。


「あの動きはなんだと思うよ、ムガード」


「うーん、どこかで見たことある気がします。確か6年くらい前に行った街の昔から行われている祭りで、暴れ牛の突進を避けるとかいうのを覚えていますか?あなたは牛を捩じ伏せましたけど。なんでもあれは度胸を試す成人の儀らしいんですが、ヒラヒラしたものを見せると牛が突っ込んで来るそうで。それを軽くいなすことができたら一人前と認めてもらえると聞きました」


「なるほど。突っ込んでこい牛野郎ってことか。そいつは見ものだぜぇ」


「まあ、今回は牛じゃなくて狂犬……というよりかは熊か何かのようですけど」


 ダリルが動くと床が激しく軋んだ音を立てる。

 その巨躯からは信じられないほどの速さである。

 初見殺しと言ってもいいそのギャップに対して、フードの方は寸前で掻い潜り、右脇を抜けて背後を取った。


「いい身のこなししてるな。その気ならダリルの奴脇腹をざっくりやっちまってるぜぇ」


「それは彼がが一番わかってるでしょうね。手を抜かれてる、とね。見てくださいあの顔。相当頭に血が昇ってますよ」


「頭に酒を置いたら熱燗の完成しちまいそうだぜぇ」


 怒り狂ったダリルは振り向きざまに右の裏拳を放つが、そんなラッキーパンチ狙いの攻撃は当然のように空を切った。

 しかしその風圧は凄まじく、フードがめくれそうになる。

 フードの方は慌てて両手でフードを抑えて後方に飛び退いたが、その慌てようは少し異常だった。

 それを見てニヤリと凶悪な笑みを浮かべたのはダリルだ。

 フードの方は何が理由かは分からずとも、顔を見られるのを恐れた。

 それだけで十分過ぎる程の弱点を晒してしまったのである。



「弱点を晒すとは。こりゃあフードの方が不利か?」


「さぁて、ダリルがどう闘うかにもよるでしょうねぇ」


「でもあいつがそんな器用に立ち回るのは無理だろぉ」


「なら強引にいくに、次の一杯を賭けるとしましょう」


「おい、俺もそっちに賭けたいぞ。だから賭けは成立しない。代わりにフードは取れないに俺は賭けるぜぇ」


「それじゃあ私だってフードは取れないに賭けたいです。ふむ、ではこうしましょう」


「互いに奢るということで!」

「互いに奢ればいい!」


 ダリルは大振りのアッパーを繰り出した。

 そんな攻撃が素早い相手に当たるはずもないのだが、力任せに放つことで起こるその風圧によりフードをめくる作戦だったのだ。

 あまりに馬鹿げた作戦に先程口笛を吹いていた男は「そんなんでフードがめくれるはずがない」と、腹を抱えて笑い出す。

 その直後トメートの実を潰して煮たスープの皿がひっくり返り、男は熱さに飛び上がって情けない悲鳴をあげた。


「これはあるかもしれないぜぇ」


「ところで二人負けたら払いはどうなるでしょう?」


「がはは面白ければどっちでもいい!飲め飲め」


「それもそうですね。では、乾杯」


「負けんなフード!」


「ダリル、息が上がっていますよ!」


 大振りなダリルの一撃を躱しながら店の周りを跳ね回る。

 あちらこちらで皿がひっくり返り、料理が跳ねて飛んできたと別の卓同士でいざこざが起き出した。

 ただでさえ喧嘩っ早い冒険者達だが喧嘩の熱気に当てられているせいか、胸ぐらを掴み始めるまでの早さがいつもよりやや早い。

 いっそのこと店の中の全員で殴り合いでも始めようかという寸前まできていた。



「騒ぎ過ぎだガキども。店壊す気か」


 一触即発、というところで店の奥から大きな人影がのそりと現れる。

 背丈はダリルを上回り、この店の中でも一番デカい、そして分厚い。


「おっと、オヤジ殿のお出ましだぜぇ。今日はもう終いだな」


「決着はつかず、ですか。あのまま続けていたら結果は見えていたようなものですけど」


「いや、待て。ダリルの奴オヤジに向かって行ったぞ」


「ほほう、これはこれは。いい酒の肴になりそうではありませんか」


 いつもはお開きになるタイミングでダリルは店主の方向へ、肩を大きく揺すりながら向かっていく。

 ダリルもデカいが店主はさらに一回りデカい。

 冒険者を引退して暫く経つはずなのに、どこで鍛えているのか筋肉は寧ろデカくなっている。


「隠居したジジィは黙って飯でも作ってな」


「十段に昇格したくらいででかい口叩くじゃねぇか。誰のおかげでそんなデカくなったと思ってるよ」


 数秒間睨み合う二人。

 そして示し合わせたかのように二人同時に右の拳を握り締めて振りかぶった。

 ただ力任せに殴る。

 次の瞬間立っている方が勝者という簡単でわかりやすい方法だ。

 そして十分に力を溜めてそれを解き放った。


 肉を思いっきりぶっ叩く。

 そんな鈍い音がした。

 吹き飛んだのはダリルの方である。

 回転しながら十数メートル吹き飛ぶ大男。

 こんな光景滅多に見られるもんではない。

 酒場ではあちこちで口笛が鳴り、乾杯の音が響いた。

 店主は口元から流れる血を手の甲で拭って、ダリルと一緒に飲んでた二人組に拾って帰れと言うと奥へと消えた。

 あちこちで酒が空になり、慌てて給仕がほとんどの席へと回る。

 そしてポツンと残されたのはフードの人物だ。

 困ったように周りを見渡して、戸惑っているような感じがフード越しに伝わった。



「それにしても違和感だぜぇ。お前もそう思うだろムガード?」


「えぇ、どうにも釈然といかないことがありますねぇ」


「よし、呼ぶかあのフード」


「一緒に飲めば先程の戦い方の違和感の理由くらい聞かせてくれますかね?」


「おーい、そこのフードの。折角だから一緒に飲もうぜぇ」


「面白いものを見せてくれたお礼に一杯奢らせてください」


 酒屋の片隅で顔を赤らめながら酒を煽る二人組が、手招きしながらフードの人物へと声をかける。

 誰もが断られるだろうと思ったに違いない。

 しかし意外なことにフードの人物は、二人の席に向かい小さく一礼するとそのまま席に着いた。

 呼んだ本人達さえ目を丸くしているので、余程予想外だったのだろう。

 冒険者の中には過去を探られると困るような黒い人物も多く、素性を隠したがったりパーティーを組まなかったりするのは大抵そういった者達だからだ。

 黒いフードで顔を隠して、実力があるのにソロで活動を行い、様々な噂が飛び交う人物ともなればもはや役満である。


「……よっ、よし、まずは酒だ。冷たいビールを飲まなきゃ宴は始まらないだろぅ?」


「それにこの店はどの料理も美味しいですから。特に肉料理は最高ですよ。たーんと召し上がってください」


「おーい、ヘンリー。ビールと肉料理を持ってきてくれ」


「肉もいいが、俺はとびきり新鮮でドレッシングのかかっていない生野菜のサラダと薄味の塩で茹でたエア豆が食べたい。それと飲み物は今朝採れた牛のミルクにしてくれ」


 声変わりのしていない少年が無理矢理に作って低く出したような、違和感のある声だった。

 しかしそれよりその注文に対しての疑問の方が強かったようで、二人は同時に首を傾げた。


「野菜?ミルク?そんなんこの店にあったか?」


「頼んだことないからわかりませんねぇ」


「おーいヘンリー。野菜と豆とミルクはあるか?」


「はい、ありますよ。お二方が頼まないだけで、栄養を考えて食べてる人結構いますよ」


 給仕の男が返事をすると料理のオーダーを通して、その後飲み物を注いでから戻ってきた。

 酒飲みの二人には小さな樽かと言うくらいに大きなジョッキに注がれたビール、フードの前にはグラスに注がれたミルク。

 どちらもキンキンに冷えているのが周りに付いた水滴を見ればよくわかる。


「まずは乾杯致しましょう」

「この出会いに乾杯!」

「おう、乾杯」


 グラスを合わせて乾杯し、一口煽った。

 酒飲みの二人はそれだけで三分の一ほどが消えたが、ミルクの方は減ったかどうかわからないほどである。


「フードの下とかそりゃあ色々と気になることはあるが、詮索は無しだ。そのためのフードだろうからな」


「そうしてくれ、俺は元来人見知りなんだ。そして誰にも顔を見せられない深ーい事情もあるんだ。なんたって俺の顔を見たやつはみんな石みたいに固まって動かなくなっちまう」


「そりゃあ、フードで隠すのも無理はないぜぇ」


「この街に来たのも色々と理由があってのことなのでしょう。事情のある冒険者は珍しくありませんから。折角ですからなんでも私達に聞いてください。こう見えて結構情報通なんですよ」


「狙ってるクエストがあるならその話もしてやるぜぇ」


「ほんとか!それは助かるぜおっさん達。どの街でもみんな不親切でよぉ。いつものけものだぜ。このフードと他人との距離感がいけねえと思うんだよな俺は。まぁ、とにかく聞いてくれ今回この街に来た理由をよ。とっ、その前にもう一口ミルクをいただくか」


 再びミルクを飲むがやはりほとんど減った様子はない。

 しかし、満足したように喉を鳴らしたフードが話を始めた。

 この街に来た経緯と、何を目的にやってきたのかを。




 古都アスカと呼ばれるかつて栄えた亡国の都。

 ここには数多くの歴史的建造物がある。

 街並みも伝統的な建築様式で作られた建物しかないのは、現在この土地を治める保守的な考えのクロフォード伯爵の意向が強く反映しているからだ。

 古き良きものを残すと言えば聞こえはいいが、それに伴う弊害というのはなかなか避けられないものである。

 特に人々を困らせるのは古戦場の跡地である。

 そこには多くの戦士達の魂が残り、今でも定期的にアンデッドを退治しなければいけない。

 アンデッドが多く集まり過ぎれば、そこには負の力が溜まりさらなる強力なアンデッドが生まれるからだ。

 民の暮らしを第一に考えるならば、廃棄されて二百年以上経過した古城などはとっくに取り壊していいはずなのに、とある古城は未だ朽ちた状態でそこにある。


 かつて栄えた亡国の都に建てられた城。

 その名はアマギ城。

 城下を見下ろすために造られたとさえ今では言われるその城は、切り立った崖の上に建てられている。

 そしてそこには大群に周囲を囲まれ逃げ場もなく、業火に包まれながら最期の時まで戦い抜いた戦士達の魂が眠る。

 いや、眠っていたと過去形で言うのが正しいかもしれない。

 実際この古城にいるアンデッドの強さは、他と比べて遥かに強い。

 アンデッドの強さはその土地の負のエネルギーと、亡者の魂の現世への思いの強さで決まるという。

 故に最期の時まで王とともに戦った強者どもの集まるアマギ城のアンデッドは強力なのだ。

 そしてその城の天守閣には、二つ名持ちの上位アンデッドがいるという。

 その討伐が長い間この街の最難関クエストとして君臨しているが、百年以上経った今でも誰も攻略できていない所謂百年クエストと呼ばれるものである。

 今回の狙いはその百年クエストだと、フードは語った。



「つまりはそういうわけだ」


「なるほどな。あの古城にいるアンデッドの、よりによって断末魔のムラサキ姫が討伐対象とはな」


「あっ、うん。それでそいつ強いの?」


「単体でも推定討伐難度五十オーバーの化け物だぜぇ。しかも道中は何千というアンデッドが城を守っちょる。この街の冒険者だけじゃあちと厳しいだろぅな」


「討伐難度五十かぁ……まあ、それくらいならギリいけそうだよな?」


「なんで疑問系なんだ?」


 フードの人物の言葉に首を傾げるのはムガードだ。

 そしてヨルドは俺はわかってるぜと、そんな顔をしている。


「そりゃあ、俺達を狩りに誘ってるってことだろぅ」


「ほぅ、大した観察眼です。まさか私達二人が、この街の冒険者で最上位の三十段クラス冒険者と知ってこの席に座ったなんて」


「さっきの身のこなしといい大したもんだ。いいぜぇ、丁度俺達も助っ人を探してたところだ」


「他の冒険者パーティーに声を掛けようと思っていたんですが、あなたが味方になってくれるなら心強い」


「よし、今日は飲んで明日準備に掛かるとしよう。と言っても聖水やポーションはダース単位で頼んであるし、武器と防具の整備も明日には完了だぜぇ」


 と、話は勝手に進んでいく。

 フードの方は戸惑いながら二人を交互に見て、フードの中で小声で「断ってよ」「いいじゃん折角だし」「足手纏いは要らない」、などと喧嘩でもしているかのようなやり取りが起こっている。

 そんなことはつゆとも知らずに、ムガードとヨルドはご機嫌で酒と肉を食い続けていた。

 結局その晩の間に、明日の出発時間と集合場所などが決まっていくのだった。




 翌朝、古都リュミテーンにある巨大な正門の前にフードの人物は律儀にも立っていた。


「嫌なら一人で行けばいいのに」


「約束したなら破るわけにはいかないじゃん。待ち惚けさせるのも悪いし」


「あははは、そういう真面目なとこも好きだよ僕は」


「バカにしてるだろ?」


「してないしてない」


「───あの二人も来たみたい!早くフードの中に隠れて!それじゃああとはお願い」


「顔隠してるんだから自分で喋ればいいのにさ。声を低くして喋るのも結構疲れるんだよ」


 フードの下では、二人で言い合いでもしてるかのようである。

 しかしその会話も、昨晩酒場で会った二人が来たことで終わりを告げた。

 それ以降は昨日と同じく、声変わり前の少年のような声を無理に下げたような声で挨拶を返す。


「おはよう、ムガード君、ヨルド君。昨日とは見違えたね。なかなか冒険者姿も様になってるよ」


 甲冑に刀を腰に二本差した二人の男が大手を振って門に向かってくる。

 ヒョロっと背の高く手足が異様に長いムガードで、筋骨隆々だが背の低い岩のようなのがヨルドだ。


「これが私達の戦闘服です。前衛攻撃職のいわゆる侍ってやつですよ」


「どうだかっこいいだろぅ?」


「よく似合ってるよ二人とも。昨日は二人が本当に冒険者か疑っててごめんね」


「そうだったんですか!?」


「てっきり強そうだから俺らの席に座って誘ってくれたのかと」


「えー、全然強そうに見えなかったよ。ただの酔っ払いって感じ。まあ今でもギリギリって感じだけど。あははは───」


「ガハハハ───」


「ダハハハ───」


 昨晩の間に意気投合した三人は道の往来で一頻り笑う。

 そして暫く笑った後、素早い切り替えでムガードとヨルドの表情はキリッとした物に変わった。


「さて、行きますか」


「ムラサキ姫。今終わらせに行きますぜぇ」




 正門から出て少し歩くと道が二手に分かれる。

 東に行けば隣の都市へ、西に行けばアマギ城へと続く山道へ。

 当然、西の道を選び一行は山道を進む。


「アマギ城ってのは随分と不便な場所に建てられたんだな。妖精ならこんな山道ひとっ飛びなんだけど」


「妖精ならそうでしょう、私はまだお目にかかったことはないですが。それはさておき今と違って昔の城はこういう自然を利用した場所に建てられたものですよ。いわゆる天然の要塞というやつです」


「不便=往来が大変=守り易い。ってことだぜぇ」


「でも落ちたんだろこの城」


「絶対に落ちない城なんてこの世には無いと思いますよ。それこそ今の王国もいつかは滅ぶこともあるでしょう」


「人に寿命があるようにこの世のどこにも永遠なんて存在しないもんだぜぇ」


「それもそうだな」


 フードがそう言って、会話は一旦途切れた。

 というより、ムガードとヨルドの雰囲気が一変したからとも言える。


「さて、敵さんのお出ましだぜぇ」


「前来た時より多いですよ。これは初めから気を抜けませんね」


「うわっ、侍がいっぱいだぁ。ヒェッしかも骨だけのやつもいる、こっちはなんか透けてるやつもいるし」


「冒険者をやっているですから初めてアンデッド見るわけでもないでしょうに。あれは雑兵も雑兵ですよ。骨だけのやつがスケルトンで透けてるのはスケトルン!」


「勿論知ってるぞ。さっ、早く倒してくれ」


「……もう一度言いますよ。透けてるのはスケトルン!」


「もうわかったから!」


 渾身のギャグをスルーされてがっくりと肩を落とすムガードとその肩を叩いて慰めるヨルド。

 慌てふためく声を出すフードの中身だが、動きだけは洗練されて落ち着いていた。


「喋り声と動きが別物みたいで、全然平気そうに見えるけどまあいい。ヨルド先生によるスケルトンを始めとする物理攻撃の効くアンデッド系モンスターの倒し方を教えてやるゼェ。基本的には他のモンスターと変わらない。殴って倒せ!」


「骨だけの身体なので軽くて脆いですからね。注意するのは多少のダメージでは怯まず骨がバラバラになっても元に戻って再生すること。なので頭部を破壊するか、粉々になるまで骨を叩き折るか。そして私のおすすめは聖水を武器にかけて使う戦い方です」


 ヨルドが使うのは棒術だ。

 伸縮のある程度自在な棒を自身の身体くらいまで伸ばし、スケルトンの頭を一つ一つ叩いていく。

 これがまた一つ一つの威力が段違いなのである。

 ヨルドの扱う棒は、見た目より遥かに重量物で、一撃の重みはスケルトンの頭は首から下に向かい胸部までめり込んで砕けさせた。


 ムガードが扱うのはかなりの長刀、刃渡りは180cm近くあり常人では引き抜くことさえ敵わない一振り。

 その刃に聖水をかけて簡易的な聖属性武器として使う。

 針の穴を通すような精密さで骨の隙間を縫って心臓の辺りを一突き。

 それだけで骨の身体は崩れた積み木のように地面に転がって、二度と動くことはなかった。


「お次はスケトルン。もとい、ゴーストを退治て見せましょう……と言おうと思ったのですが」


「おいおい……こりゃまた凄いな」


 フードを被ったままローブの隙間から見える針のように細い刺突武器。

 レイピアと呼ばれるそれを駆使して辺りにいた数十のゴースト達は、瞬く間に討伐されていた。

 先程ムガードが見せた骨の隙間を縫う刺突攻撃が熟練技ならば、フードの技は神技である。

 大太刀の本来の攻撃方法が刺突攻撃ではないにしても、二人が感嘆の息を漏らすほどの実力がフードの人物にはあった。


「全く、人が悪いぜぇこりゃ」


「これだけの実力があるのにアンデッドに怯えるフリなんてして。ドヤ顔で解説していた私達がバカみたいじゃあないですか」


「お、おうっ!こ、これくらいの奴は俺の敵じゃねぇのよ」


 こんな入り口で時間を割くわけにはいかないとばかりに、歩みを止めることなく一行は進む。

 道中のモンスターは数は多くともどれも弱く、冒険者段位三十段越えのムガード達の敵ではなかった。

 それから小一時間ほど進み、ようやくアマギ城へと到着する。

 周囲を囲む塀は朽ち果て正門は破城槌にて破壊された跡が生々しく残っていた。


 ピューー

 っと一本の矢が飛んできて、それをムガードが太刀で打ち落とす。

 櫓があちこちに建っていて、そこには元は弓兵のアンデッド、スケルトンアーチャーが数十待ち構えていた。


「これまた厄介な」


「その辺の瓦礫を盾にして突っ込むか?」


「その前に確認を。クロノワール殿。遠距離魔法は使えませんか?先程のレイピア捌き、あれは単なる体術だけではなかったとお見受けします」


「ふっふっふー、よくわかったな。じゃあここは俺に任せてもらおうか。よし行け」


 クロノワールがローブの隙間から手を出し、狙いを定めて火球を放った。

 アンデッドの弱点は聖属性だが、スケルトンのように実体があれば炎でも効果はある。

 櫓の上部に火球は命中すると、焼け落ちる前に上部が吹き飛んでスケルトンアーチャーは焼かれながら地に叩き落とされた動きを止めた。


「だいぶ脆くなっていたようで助かりましたね」


「しかしあんだけ近接戦闘で動けて、魔法まで得意とは流石はクロノワールだぜぇ」


「確かに私達二人は遠距離魔法などは使えませんからねぇ。肉体強化のスキルは幾つか使えるんですが、遠距離はてんでダメで」


「気にするな二人とも、俺が凄すぎるだけで、二人もよく頑張ってる」


「そうだな。ここからの敵は強敵だが、近接特化の強者ばかり。俺達の見せ場はこれからよ」


 ヨルドはそう言って、大きく発達した大胸筋をドンッと強く叩いてみせた。

 ムガードも静かに闘志を燃やした瞳をしている。

 そしてフードの中から僅かに覗かせる口元は、僅かに緩んだようだった。




 一行は城の中へと足を踏み入れた。

 落城の際に火を放たれたせいであちこちは焼け落ちているが、防火の魔法の効果もあり全焼まではいっていない。

 しかし壁などあちこち煤けていて、空気は綺麗とは言い難い。

 何よりもアンデッドが好みそうな空気である。


 ここからのアンデッドは急激に実力を増す。

 先程のスケルトンやゴーストが冒険者段位五級クラスならば、城の中は初段以上である。

 先程まで骨だけだったスケルトンもボロボロになった甲冑を着て、より力強い意志のある攻撃を繰り出し。

 ゴーストの幽体はより濃く現世に映し出され、強い怨念を吐き出す。


 しかしムガードとヨルドの冒険者段位は三十段。

 現役ということであればこの街で最も高段位にあたる。

 そしてフードの方はそれを上回る実力を持っている。

 故にこの程度であれば、外の敵と変わらず処理が可能だった。

 しかし進めば進むほど、敵の強さは倍々的に強くなっていく。

 つまりそれはある事実を指している。


「アンデッド系のモンスターの強さは、この世への未練の強さとその場所の負のエネルギーによって決まると言いますが。進めば進むほど強くなるということは、この先にいるのは確定と思って良さそうですね」


「二人はここに来たことがあるって言ってたけど、二人の実力でも一番奥まで行けなかったのか?」


「……そうですね。無理でした」


「それに仲間を一人失ったんだぜぇ……」


「ふーん、そうまでして倒したいモンスターがいるってわけか」


 フードの言葉を聞いて、二人は静かに頷いた。


「我々の御役目ですから」


「おっと、こいつは強敵だぜぇ」


「ジェネラルスケルトン級ですね。あの真っ赤な甲冑はおそらく、侍大将のユキナリのもの」


「討伐難度は二十オーバーってとこだぜぇ」


 通路の真ん中を塞ぐように立つ武人がいた。

 そのプレッシャーは刀を抜く前だというのに、並の者なら足がすくんで動けなくなるほど。

 他のスケルトンのように生者に気付いても微動だにしないのは、生物としての知性が僅かでも残っているからかだと言われている。

 骨だけのスケルトン、実体の無いゴースト、それらを合わせたような骨の身体に張り付いたように薄っすらと生前の姿が映る。


「ここは拙者に任せて頂きたく思います」


「いいよ、拙者に任せる」


 多対一の戦いは恥だと言わんばかりに、一人称が変わったムガードは一人前へと進み出る。

 互いの間合いより離れた位置でピタと止まり、己の呼吸音さえ煩く感じるほどその場の空気は静かになった。

 時間の切り取られた一枚の絵のように、誰も動かない。

 こういう一瞬で決まる戦いでは先に動いた方が圧倒的な不利を被る。

 一撃必殺の返し技は存在しても、返し技の返し技は存在しないからだ。

 故に先に動いた方が負け、というのは鉄の掟である。


「きぃいいぇええええええ!!!!」


「先に動くかムガードよ!」


 耳をつんざくようなおよそ人間の出す声と思えない音を発したムガードは、長い刀を上段に構えて摺り足で一気に間合いを詰めた。


「……隙が大き過ぎる」


 フードの下から、いつもより少し高い声がしたが、その声は一人を除いて誰にも届かない。


 数kgの鉄の棒を上段から振り下ろすという行為それ自体に威力はある。

 ただの素人が使っても人を死に至らしめることが出来るほどだ。

 しかしその命中率は横に薙ぐことに比べたら受けることも回避することも容易になる。

 ユキナリはその突進をいなすように身体を左に躱し、鞘におさまっている刀を抜きざまにそのガラ空きの脇腹を抉る。


「ぐぅっ!!!」


 苦痛に耐えて呻き声を上げたムガードの表情が歪んだ。

 脇腹の甲冑は裂けてそこから血が滲み出る。


「見事だぜぇ!ムガード!よくやった!」


 それと同時に、ヨルドは喝采を送っていた。


「やられたってのに何喜んでんだおっさん!」


 フードから少年のような声でツッコミが飛んだ。


 いつから振り下ろした刀はその位置にあったのか。

 事態を飲み込めていない一匹だけがその一瞬を見逃していた。

 否、見えないほどの電光石火の一撃だったのである。

 振り下ろしたはずのムガードの刀は振り下ろした位置とは逆に、左の肩口にあった。

 先程まで顔を歪めていたムガードも誇らしげに今度は口角を吊り上げる。


「……秘剣燕返し」


 ユキナリの胴体と頭を繋いでいた部分に一本の線が入っていた。

 そしてズルリと頭部が滑り落ちる。


「返し技に返し技が存在しないなんて誰が言ったか。ここにある!ここにあるではないか!」


 ヨルドは今度は拍手を交えて喝采を送った。


「脇腹を少しやられました。この技も私もまだまだ未完、まだまだ未熟です」


 振り返ったムガードの表情はいつもの飄々としたものに戻っており、少し照れ臭そうに微笑んだ。




 一行はさらに進んで城の最上階を目指す。

 道中、同じく侍大将級の大男が現れたが、今度はヨルドが応戦。

 力対力の激戦を制して見事に打ち倒した。

 ここまで来るともうただの雑兵は一人としていない。

 どれもが討伐難度二十超えの難敵ばかりである。

 無傷で通ることなど不可能、進むごとに生傷は数を増やしていった。

 そして一行は最上階の一つ下にある謁見の大広間の手前まで到着する。


「ここから先は本当に命の保証はありません。それでも一緒に来てくれますか?」


「ここまで来てそんなこと言うなって……え、そんなにやばいの」


 やっぱり不安になったのか、言葉の真意を確かめる。


「この先におわすは大殿様」


「ん?知り合いか?」


「アスカの国の大殿、サガラ様。私達の先祖が仕えていた人です」


「ふーん、でも殿様ならあまり強くは無さそうだな。今の王国の王様も小太りのおっさんだし」


「いや、それがそうでもないんだぜぇ。元々は後継者争いでも下のほうだったんだが、武勲を立てまくって地位を上げて、他の後継者をほとんど牢獄行きにして大殿になった御仁よ」


「若かりし日は百の戦場を駆け、唯の一度も傷を受けなかったと逸話もあります」


「でも負けて国は無くなったんだろ」


(まつりごと)は苦手だったんですよ。周囲の三カ国と国民を敵に回して、最期は業火の中壮絶な討ち死にをしたそうです」


「さいですか」


 そして最上階の一つ下、謁見の大広間まで辿り着いた。

 一段高くなった場所には一際立派な甲冑が置かれている。

 それはまるで中に人が入っていて、座しているような佇まいだった。


「あれがその大殿様か?」


「えぇ、前回はここで友を失いました」


「討伐難度は四十超え、冒険者段位三十段の私達の力でも手に余るんだぜぇ」


「なるほど、そこで俺の出番って訳か」


「卑怯は承知ですが、援護はさせて頂きます」


「頼むぜぇ。俺達じゃあ姫をお救いできない」


「……救う?まあいいや。やれるだけやってみよう」


 それまで中身の無かった甲冑が近付いた途端に音を立てて立ち上がる。

 身長はムガードよりも大きく、肉付きはヨルドよりもいい。

 手に持った十文字槍の長さは三メートルに及ぶ、とても人の姿で扱えようには見えない逸品。


「長すぎだろ。どうやって近付くんだ、あんなのズルじゃん。そう言ってる間におじさん構えてるし。二人はちょっと後ろに下がってるし」


 距離は十分にあったはずだが、構えた十文字槍の矛先は僅かに踏み込めば掠めそうな程に近い。

 ゆらゆらと僅かに揺らめく矛先。

 それはただの動きではない。

 人体の動きを予知しているかのように、先読みで動いている。

 右に重心が動く前に矛先は動いていて、慌てて左に動かせばその矛先には既にあるといった具合。

 イメージの中で何度も攻防を繰り返し、そして失敗して腕を失い、胴を裂かれ、首を落とされる。

 何十通りもあるはずの攻撃パターンを試しては、失敗してまた練り直すの繰り返し。

 一歩も動けないとはまさにこのことである。


「……仕方がない。アレを使うよ」


 フードの中から女の声がした。

 レイピアを持っている右手とは逆の左手で、フードの端を摘んで持ち上げる。

 勿論後方にいた二人にそのフードの下の素顔は見えない。


 静かな動きだった。

 予備動作もなく不意にフードの身体が動くと、視界から消えたような錯覚すら覚えた。

 虚から実に転じる動作がなくては反応することなどできない。

 が、それは目の前の武人が人だった頃ならば、と付け足さなくてはならない。

 およそ人では不可能な反応速度で動いたのは、おそらくアンデッドは人の動きを目で捉えてはいないからだといえる。

 故に、動いたフードの眼前には繰り出された突きの矛先が唸りを上げて迫っている。


 レイピアは細く脆い刺突武器、それでこの攻撃を防いだりなどしたら、ただの一撃で真っ二つに折れる。

 だからこの攻撃はなんとしても躱さなくてはならない。

 ムガードのように肉を切らせて骨を断つ戦法もこの槍の前では無意味、肉も骨も胴体ごと半分にされてしまうからだ。


「風の精霊よ、踊れっ!!」


 ブワッと真下から突風が吹いた。

 フードのいる場所から目の前だけ限定で吹いた風は、僅かに矛先を浮かせ、その下を掻い潜るようにスライディングして十文字槍の突きを躱す。

 だが今度は槍を引き、その凶刃が背中側から迫りくる。


「風の精霊よ、唸れっ!!」


 今度はフードの後ろから突風が吹いた。

 その風に背を押され、低い体勢のフードは矢のように大殿目掛けて飛んだ。

 それは間合いも読みも全てを置き去りにして突き進む。

 まさにフードそのものが風になったように、ビュゥと吹きすれ違いざまに刺突を繰り出した。


「三回か?」


「いえ、おそらく五回かと。私でなければ見逃していましたよ」


「五回!?早くて見えなかったぜぇ」


 二人は瞬きも忘れてその光景を見ていたが、何回攻撃を繰り出したか全て見切るのは不可能だった。

 圧倒的な速さで立ち回り、刺突攻撃を繰り返す。

 長い得物では不利の超近接戦に持ち込むことでフードが圧倒していた。

 そして十字槍が一度振られる度に刺突攻撃を幾度も返す。

 刃先が掠りそうなギリギリの距離での回避は精神が擦り切れるが、それを難なくこなす胆力にムガードとヨルドは舌を巻く。


「なんちゅう胆力。あんなにギリギリで躱し続けるなんて常人には不可能だぜぇ」


「えぇ、凄まじい限りです。しかし少々浅いかと」


「手数で勝るとはいえ、甲冑にあの程度の攻撃は通るまい」


「これを幾度も繰り出せば或いは。それでは我々も加勢いたしましょう」


 ガタンッ!!!!


 大きな音がして、十文字槍の槍は地面へと転がった。

 そして次に甲冑が崩れるように辺りに散らばる。

 そこには既に大殿の姿はなく、完全に討伐されていた。


「倒したのか?もう?」


「ありえませんよ。そんな大技を繰り出したようには見えませんでした」


「なぁ、クロノワールよい。どうやって大殿を倒したんだ?」


 戦いを終えてフードの下の汗を拭っているところに、ヨルドが質問をする。

 クロノワールは甲冑の傷跡をレイピアで指して答える。


「……五回と言っていたが実際は十三回だ。雨粒が同じとこに当たり続ければ石をも穿つように、私は繰り返しただけだ」


 ムガードの細目は驚愕で丸くなっていた。


「同じ箇所に幾度も刻まれた傷。確かに鎧を貫通していますね。しかも光属性の魔力を込めて、一撃毎に直接魔力を注ぎ込んで大ダメージを与えていたということですか」


「……控えめにいって神技だぜぇ」


 二人の賞賛を浴びて、フードの中では恥ずかしそうにもぞもぞしている。


「そんじゃこの調子でそのなんとか姫ってのも倒しちゃおうぜ!」


「そう簡単にいけば良いですが。心して掛かって下さい」


「それにしてもあの殿様より強いのか本当に。だって姫なんだろ?」


「……そうですね。たぶん大殿様は戦いの中で死ねて満足したから、未練というものが少なかったのでしょう」


「でも姫は違うんだぜぇ」


 二人の声音が僅かに下がる。


「へぇ、詳しいんだな」


「そうですね、なにせ我々は───」


「何か来たぜぇ」


 背後から感じた気配を感じ取り、すぐさま臨戦体勢へと入っていた。

 手には無駄な力が入り、呼吸は浅くなり、額に嫌な脂汗が滲んだ。

 大広間の高座にて佇む一人の女性。

 アスカの国では古くから着られていた、着物に身を包み、周囲には負のエネルギーを撒き散らす。


「……醜い……醜い。妾は醜い、呪いの子。誰も彼もが妾を陰で蔑んでおる。今度は誰ぞ。妾を蔑み、拒絶する者は」




 かつて栄えたアスカの国。

 そこに一人の姫がいた。

 顔の左半分に黒い痣。

 姫は誰にも顔を見せたくないと、塞ぎ込み人を寄せ付けない。

 子宝に恵まれなかった大殿からすれば可愛い御子。

 しかしその醜さを揶揄した隣国と気付けば戦争をしていた。

 元々火種はあった、だからそれは単なるきっかけに過ぎない。

 しかし心優しい姫は、自分の醜さから多くの民草が死ぬと憂いた。

 密かに恋心を抱いていたが、決して表に出さずにいた想い人も死に。

 大殿である父も死んだ。

 そして姫は自らの醜さを呪い、自らの腹を短刀で刺しこの世を去った。


「……言葉を発するなんて、相当上位のアンデッドのようだな」


「姫様。もうおやめくだされ。成仏して下さい」


「我々はそのためにここに来たんですぜぇ。貴方の心をお救いするために」


「お前達、まさかそのためにここへ?」


「私達の先祖はアスカの人間でした。戦に負け、敵に捕まり、奴隷に落とされ、それでも生きながらえた侍です」


「国は滅ぼうとも、国に忠を尽くし、俺達は生きる。それが侍というものだろぅ」


「よし、いいぜ。俺達も姫を救うのを手伝ってやる」


「下がれっ!!!!」


 フードの下から大きな怒声が飛んだ。

 その声は普段のものとは違う、明らかな女性の声だった。

 ローブを前面に投げ捨てて味方を庇うように手で下げた。


「なんですかこれは」


「ローブが腐っておる」


「というか今の声は、いつもと違うように聞こえましたけど」


「長くて綺麗な金髪だぜぇ」


「女性……だったんですか?」


 二人は目の前で起きたことに対して思考が追いつかず困惑していた。

 そしてフードを取った金髪の髪肩口から、ひょっこりと顔を出したのは、水色の髪を下手のひらサイズの小さな生き物。

 人形のように小さな身体に、背中には透き通った綺麗な四枚の羽、小さな耳はピンっと立っている。


「やっ!僕はポックル。改めてご挨拶を」


 妖精は二人の周りを優雅に飛行して見せると、恭しく礼をした。


「……え?」


「それじゃあ、今まで喋ってたのは君の方だったわけ?」


「だから最初に言ったろ。クロノワールは恥ずかしがり屋だって」


「あまりジロジロ見るな。私は醜女(しこめ)だ。見てもいい思いはせんぞ。それより、気を抜くなよ。あれは難度五十を超えてる。下手をすれば全員死ぬぞ」


 金髪の女が叱責すると、二人の背筋も伸びる。

 二人とも武器に聖水をかけて、再び構え直した。


「憎いわ。美しい者が憎い!あなたみたいなのが一番嫌いよぉおおお!!!」


 ムラサキ姫が袖を振ると、濃い瘴気が羽虫の群れのように四人(・・)に襲い掛かる。


「私が美しい?そんなわけなかろう。"不浄なる異物を阻み、退け、返し給え。聖なるバリア、ミリテシア"」


 少し曇ったガラスが目の前に現れたように、僅かに視界がぼやけた。

 瘴気はその壁にぶつかると反転して、ムラサキ姫の元へと還る。

 ムラサキ姫が再び袖を振ると、瘴気は霧散して消えた。


「よく聞けムラサキ姫。お前の気持ちはよくわかる。私も醜いと蔑まれ、婚約を破棄され、謀反の疑いを掛けられて国から逃げてきた身だ。だからお前を成仏しに来た。大人しくやられてくれ」


「馬鹿にするなぁああああ!!!!!お前などに何がわかるかぁあ!!!!!」


 無意味だとわかっているのに、ムラサキ姫は執拗に袖を振って、瘴気を何度も何度も何度も壁に叩き付けた。


「くっ、なんという威力だ。押し潰されてしまいそうだ。しかし何故あのように怒るか理解できん」


 周囲に張ったバリアはひび割れては新たに魔力を流して修復している。

 しかしその猛攻により段々とヒビの数が増していく。


「それでは我々が露払いを致しましょう。ちょうど聖水があと一本ずつ残っております故」


「いいぜぇ、行こうか友よ。あとは頼むぜぇ、クロノワール」


 二人は聖水を頭からかけて、覚悟を決めた顔で大きく破顔した。


「これより我ら死兵である」


「いけぇええ」


 バリア自体は不浄なものを対象として発動しているので、人間であれば通ることは可能だ。

 そして聖水をかけることで、僅かでも瘴気に耐える腹づもりだとクロノワールは察した。


「あぁ、無駄にはしないぞ」


 瘴気はバリアの中から出てきた二人に襲い掛かる。

 いくら聖水を浴びていようが、肌は火傷のようにヒリヒリと痛み出す。

 その痛みに耐えて声も漏らさず、二人はさらに速く走った。


「聖なる女神、アルカンシエラよ。現世に留まる邪な魂を祓う力をお貸し下さい」


 レイピアが神々しく光り輝き、その光が先端へと凝縮していく。

 右手を胸の前に置いて、左手は腰に添える、目を閉じて、精神を集中する。

 ふぅ、と息を吐き出して前を見る。

 狙いは一つ。

 ムラサキ姫の心の臓。


 一気に駆け出して最短にて最高速度を叩き出す。

 それに気付いて狙いを変えたムラサキ姫だが、後出しでは決して追い付かない程に速い。

 正確無比な突きは寸分の狂いもなく突き立ち、レイピアに込められた魔力が一気に放出された。


「ぎぃいやぁあああああ!!!」


 叫びが耳をつんざいた。

 しかし一撃では倒すに至らない。

 身体から瘴気が放出されて、あちこちを飲み込んでいく。

 クロノワールはそれを吸い込まないように息を止め、限界まで魔力を込めた。

 瘴気が全員を腐敗させるか、クロノワールの聖なる魔力で浄化するかの我慢比べである。




「どどどどどうしよう、みんな瘴気に呑まれちゃったよ。アナスフィア!ムガード!ヨルド!みんな!」


 瘴気の上を飛び回る妖精のポックルは、この中で一番邪の属性に対する耐性が低い。

 瘴気に入れば瞬く間に羽が腐り落ち命を落とす。

 何とかしようと風の魔法を使ってみるが、瘴気は重くて動かない。


「ダメだよ。俺の魔法じゃみんなを助けられない。ってあの光はもしかして」


 瘴気の中に僅かに光る部分をポックルは見つめる。

 その光は段々と力強さを増していくのがわかった。


「……頑張れ……頑張れ……頑張れ……」


 パァと光が弾けて、闇が一気に払われる。

 そこには膝を付いたクロノワールと、うつ伏せに倒れ込む二人がいた。


「おいっ!生きてるか三人とも」


「……あぁ。私は平気だ」


「倒したのか」


「あぁ、最期まで恨み言を言っていたがな。お前には私の気持ちがわからない、と」


「まぁ、そうだろうな。で、こいつらは平気か?」


「そっちは少し瘴気を吸い過ぎてる。命に別状は無いだろうが、早めに治療しないと後遺症が残るな」


 二人の元へ近付いて、仰向けに直す。

 まずはヨルドの頭を左の膝にムガードの頭を右の膝の上に置いて、ポシェットからポーションを取り出した。

 ポックルがヨルドの口を力づくでこじ開けて、次にムガードの口をこじ開けるとそれぞれポーションを飲ませていく。


「三十段位なら少し休めば良くなる。流石に二人を担いで山を降りるのは骨だからな」


「スケルトンだけに」


「別にそういうつもりで言ってないが」


「はぁ、それよりまた人に顔を見られてしまうのがちょっとな。私を見た時のあの引き攣った顔を見るのは何よりも憂鬱でね」


「それじゃあ、起きる前に置いて帰るか?」


「……それも悪くないな」


 二人の顔を見て本気でそう考えていそうだと、ポックルは心配そうに見つめる。


「……流石に冗談だよな」


「不浄なる異物を阻み、退け、返し給え。聖なるバリア」


 アンデッド避けの魔法のバリアを張ると、二人の頭をゆっくり地面に置いて立ち上がった。


「これでこいつらは安全だ。さて、ギルドに帰って報告。そしたらすぐにこの街を出よう」


「おいおい、また野宿するのか?せっかくの街なんだし、報酬も出るし、ちゃんとした宿に泊まろうぜぇ」


「おい、変な語尾を真似するな。それに自分が醜いと未練を残した哀れな姫君は救えたんだ。だからもう行くぞ」


「えーーーー」


 腐敗したローブに目をやり、もう着れないと悟り名残惜しそうに別れを告げた。


「私は醜いと言われても後悔しないくらい、好きに生きると決めているんだ。そのためには時間が惜しい。次は本命の南の街だ。そこに行って姿を変えて何千年も生きるという最古の魔女にその姿を変える魔法を教えてもらいに行くんだ」


 いつものことだったと諦め混じりに項垂れて、羽の動きを緩めて自然落下でクロノワールの綺麗な金髪を潜って肩に乗る。


「ここの野菜とミルクは美味かった。報酬が出たら屋台で買ってから街を出てくれよ」


「わかったわかった」


 そう言ってクロノワールは来た道を戻る。

 道中の雑魚敵は見つけ次第討伐しながらの帰路だったのは、残った二人を思ってのことだろうと、思ったポックルだったが、どうせ認めないのはわかっている。

 だからそんな心も見た目も美しい相棒を誇らしく思いながら、鼻歌混じりに肩で揺れる二人旅を楽しむのだった。





「ヨルド。今の見ました?」


「……美しい女子じゃった」


「今まで見た誰よりも気高く強く美しく感じました」


「確かにあれほど美人の一人旅、面倒に巻き込まれるのを嫌がって顔を隠していたのかもだぜぇ」


「そうでしょうね。しかし最期に良いものが見れました」


「あぁ、これで満足して逝ける」


「では、あちらでまた会いましょう」


「おう、また酒を酌み交わそうぞ……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ざまぁはどこですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ