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第5話 いろいろ言ったし、言わされました。

 私が最後まで言い切ったところで、首の圧力がなくなった。

 ギド王が手を放したみたいだ。

 そのまま下に落ちた私は、大きく咳き込みながら手を床につく。


「……あれ、床がある?」


 指先から、石の冷たくてザラザラした感触が伝わってくる。

 見えないけど、これは多分、床の石。


 リギドゥス王の手から離れたせいなのか、あるいは王様の質問に答えられたからなのか。

 私の身体には、五感が戻り始めていた。


≪……あん?≫


 リギドゥス王は、私を持ち上げていた姿勢のまま、硬直していた。


≪おかしいな。聞き間違うほど、耳は遠くないはずなんだが≫


 首をかしげたリギドゥス王は、口の中で何度か私の言葉を繰り返す。

 やがてリギドゥス王は、へたり込んだ私に目を向けた。


≪自分の家を建てるだって? もう一度、もっと詳しく言ってみろ≫


 座り込む私の横であぐらをかいたリギドゥス王が、改めて問いかけてきた。

 その表情はさっきより力が抜けていて、迫力もちょっと薄れている。


「言わなきゃ、だめですか?」


 リギドゥス王は返事の代わりにまた私の首をつかもうとしてきた。

 私は慌てて自分の首を両手で守る。


「私の望みは、さわやかな風の吹く草原で、野菜や動物を育てたりしながら、木で作った小さな家で静かにのんびり暮らすこと、です」

≪……本気か?≫


 なんだかバカにされたみたいで、私はギド王をまっすぐ見られなくて下を向いた。

 顔がどんどん熱くって、鏡を見なくても真っ赤になってるんだろうなってのが自分でもわかる。

 そりゃ、鎧といったら戦いのために着るものなんだろうけどさ。


≪戦争で手柄を立てて出世するとかじゃなく、故郷を潰した軍隊を倒すとかでなく?≫

「はい」

≪自分の国を作ってやるとか、この世界が気に入らないから滅ぼしてやるとかでもなく?≫

「そういうのは、考えてないです」

≪好きな男を振り向かせるとか、寝取られた恋人と女を殺すとか。美女ばかり……、と、お前は女か。美男子ばかりのハーレムを作るとか≫

「そんなことしません! 恋人なんていないし……」

≪怒るな怒るな。実際いたんだよ、そういう奴も≫


 涙目な私の頭を手で押さえながら、リギドゥス王はまた首をかしげた。


≪しかし、なんでだ。この鎧がどういうものか、知ってるんだろう? 長く着てると命にかかわるってことを≫

「それは、調べて知りました」


 魔力を吸い取って、自分の力に変換する鎧。

 ものすごく強力だけど、使いすぎれば魔法の力がなくなって、死ぬ。

 調べられたのは、それくらいだけど。


≪死の危険を承知の上で、寿命を魔力ごと吸い取る呪いの鎧を探し出して。んで目的は、家を作って静かに暮らしたいだけ?≫


 だけ。

 その言葉で、私のおへそのあたりが、ぎゅっと縮まる。


「でも、私にとっては、なによりも大切なことなんです」


 私は目の端にたまった涙を拭くと、リギドゥス王を見上げた。


「私には、なにもないんです。気が付いたらこの世界にいて、道を歩けば猛獣や盗賊に追いかけられて。町についても、全然知らないことばっかりで、知り合いも、こっちのことがわかる人もいないし、家もないし、お金もないし。そんな人間が、どうやって生きていけばいいんですか」


 あっけにとられるリギドゥス王。

 だけど、私の口は止まらなくなっていた。


「持ってたもので売れそうなのを雑貨屋に売って、そのときに頭を下げまくって、店番をさせてもらって稼いだはじめての日給は、一時間でスリにすられました。取り返すなんて、私の力じゃ無理です。それでもなんとか、その日暮らしの生活をしているときに、この鎧の噂を聞きました。魔法の力を吸う、呪いの鎧がある、って。でも、魔力のない自分なら、これを使えるかもしれない、これを使って、どこかで稼ぎを……」


 そこまで話して、私は口を止めた。

 慌てて自分の口を押さえて、リギドゥス王から目をそらす。


≪そういうことか≫


 黙って話を聞いていたリギドゥス王が、私のあごをつかみ、顔を自分のほうへ向けさせる。


≪妙だとは思ってたんだ。そもそも、この兜をつけた奴がこんなに長話を続けられるわけがない。普通ならもう、魔力と、それに結びついた生命力の大半を兜に吸われて、まともに話せなくなるはずだからな≫

「う……!」

≪例外はただひとつ。鎧を着たやつが、もともと魔力を持ってない場合だ。この鎧に使われている死鋼が吸い取るのは、あくまで魔力だからな。生命力だけが単独で吸われることはない≫


 バカだ、私。

 勢いで、つい言っちゃった。

 魔法が使えないって、知られちゃった。


≪生まれ持った魔力に大小はあっても、ゼロって事は滅多にないが……。お前はその、滅多にない奴の一人ってことか≫


 肩が、勝手に震える。

 目の端から、あふれた雫が、ぽたぽたとこぼれ落ちる。


≪おいおい、泣くな。別に責めてるわけじゃない≫


 リギドゥス王は手を離してくれた。

 けど、私は自分の身体を支えていられなくて、そのまま床にごつんと頭をぶつける。


「みんなにできることが、ひぐっ、できなくて……。魔法が使えないって、ばれたら、バカにされて……」

≪泣くなって≫

「がんばっても、なんにもできなくて」

≪なんにもってことはないだろ。ここまで来られたじゃないか。それに、お前の判断は正しい。確かに初めから魔力がゼロのやつなら、この鎧を着ても死にはしない。それはもう、実証済みだ≫

「……好きで、こんなところに、来たわけじゃないのに」

≪人の話は聞けよな。俺も魔力がゼロだったんだよ≫


 え?


 その言葉で、私は顔を上げた。

 涙でよく見えないけど、王様はしっかりとこっちを見つめている。


≪俺も、生まれつき魔力が無かった。だから、さんざんいじめられたさ。それで、そんなやつらをどうにか見返してやろうと考え続けた。思いついたのが、この鎧だ≫


 そう言って、リギドゥス王は自分の鎧を叩いた。


≪魔力と生命力を、根こそぎ吸い取るっていう忌み嫌われた真っ黒な金属、『死鋼』を使って、鎧を作ってみたのさ。結果は大当たりよ。受けた魔法を無効にした上に、その魔力を吸い上げて自分の力にできる、無敵の鎧の完成だ≫


 自慢げな笑顔を見せると、ギドは私を指さした。


≪お前は正しい。自分の欠点を認め、それをなんとか活かそうとしてる。対抗手段を思いつき、実行するなんて、簡単にできるもんじゃないさ。まして、命を賭けてだなんてな。たいしたもんだ≫


 なんだか、頭がごちゃごちゃになってるけど。


≪認めるよ。お前がこの鎧の新しい所有者だ≫


 魔力がないことで、はじめて、ほめられたかもしれない。


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