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第12話 闘技大会というのがあるそうです。

「へ? なにこれ」

「防壁補修のお仕事だよ。これは半年くらい続くっぽいし、この鎧があれば力仕事もできるかなって」


 住み込みの寮もあるらしく、ここで頑張ればけっこう貯金できそう。


「闘技大会には、出られないのですか?」


 横からチラシをのぞきこんでいたウェイナリアが私を見上げた。


「いやー出たくないよー。こんなの私が出ても勝てるわけないじゃない」


 チラシに書かれた説明によると、一対一の本格的な試合形式で勝った人が先へと進んでいくっていうトーナメント形式の決闘大会。

 一回勝つごとに賞金が出るらしい。


 けど、武器あり、魔法あり。

 そして、対戦相手の殺害も事故扱いになるという、文字通りの無差別なルール。

 そんなのに、まともな戦いの経験がない私が出場しても、無事に帰ってこられるわけがない。


「私の目的は資金稼ぎだよ。自分の住む場所を作るためのね。それ以上のことをするつもりはないの」

「もったいないなあ。せっかくそんな鎧を手に入れたってのに」


 ケイは首を横に振ると、自分のグラスにお酒のおかわりを注ぐ。


「もったいない?」

「そりゃそうよ。なんたって闘技大会の上位入賞者は、希望すればエクサの軍隊の部隊長になることもできるんだから」

「へえ、知らなかった。それじゃ強い人も集まるのかな」

「そりゃもちろん。このへんじゃ有名な大会だよ」


 ケイがグラスに口をつけて、一口飲んでからこっちを見た。


「国同士の小競り合いがが絶えないこの世の中。一旗あげるととしたら、戦いで手柄を立てられる軍人なわけよ。だけど、いきなり軍隊の隊長さんになるなんてことは、統治者の一族でもない限り不可能。ってことで、この大会は実力者の出世街道、成り上がりの近道ってわけ」


 なんだか、演劇の前口上みたいなかっこつけた口調で語られた。


「あんたみたいな素人でも、その鎧があればそれなりにいい線いけるよ? きっと」

「無理だってば。軍人さんを本気で目指すような人が集まるんでしょ? 絶対無理」

「その鎧を活かしてお金稼ぎするなら、一番手っ取り早いと思うんだけどねえ」


 ケイは強いからそんなこと言えるんだろうけど、私にはできそうもないよ。


 まだ闘技大会を勧めたがるケイから目をそらすと、反対側に座るウェイナリアが視界に入ってくる。

 彼女は黙ったまま、わずかに水の残ったグラスをふりふりして、揺れる水面を眺めていた。

 お肉の皿は主にケイの手によって空になりそうだというのに、一度も手をつけていないようだ。

 水差しはいつの間にか空っぽになってるけど。


「お肉、苦手だった?」


 私の声にウェイナリアが顔を上げる。私は自分の胸を叩いてみせた。


「あなたも、なにか好きなものを頼んでいいんだよ。ここは私がお金を出すから」

「では、水のおかわりを」


 こちらをうかがっていた店員さんは不思議そうな顔をしたが、そのまま黙って奥へと歩いていった。


「ちょっと、水だけってのはないんじゃない? こいつのおごりなんだから、もっと高いのをじゃんじゃん頼みなさいよ」

「いやまあ、お財布にも限界はあるけどね?」


 勝手なことを言うケイに、私は思わず苦笑いしてしまう。

 だけど、ウェイナリアは小さく首を横に振った。


「水分は、肉体の維持に、必要です。でも、食事は、不要です」

「必要ないって、大丈夫なの?」


 そんな種族もいるのかな。聞いたことないけど。

 ファンタジー小説で思い当たるのは、植物の精霊ドリアードとか、木の人間トレントとか?


 でも、ウェイナリアには植物っぽい特徴は見当たらない。

 青い髪はちょっと珍しいけど、他は普通の女の子だ。


「ふーん。果物だけ食べて生きるとか、そういう種族は前に見たなあ」


 ケイは目を上に向け、いろいろ思い出しているようだ。


「水だけっていう種族も、いるのねぇ」


 ケイは、ちょっと珍しそうにウェイナリアを見たけど。


「それじゃ、遠慮なくいただきまーす」


 それ以上突っこみはせず、残りのギウ肉に手を伸ばした。

 ウェイナリアがちらっとだけ私を見たけど、ケイは気づかなかったみたい。


 店員さんが水差しと新しいグラスを持ってくる。

 ウェイナリアは持っていた水を飲み干して、店員さんから水差しを受け取った。


 私はこの鎧を着たときに聞いた、王様やウェイナリアの言葉を思い出していた。

 ギド王に仕えるために生きる従者、だったっけ。

 王様が死んでから六百年って言ってたかな。


 こんな鎧の番をしているんだから普通の女の子じゃないというのは想像できるけど、そんな何百年も生きられるような生物がこの世界には存在するんだろうか。


「ちょっとクロウ。女の子をそんなにじろじろ見ちゃダメでしょお」

「ああ、ごめんごめん」


 ケイに腕をつつかれ、私は前を向いて自分のグラスを手に取った。

 グラスに映る、真っ黒な兜。

 顔の向きに合わせようとする兜の動きはけっこう大きくて、どこを見てるかは丸わかりみたいだ。


 私は視線を意識されないよう、首をわずかに曲げて横目でウェイナリアを見てみる。

 彼女はグラスを両手に持ち、背筋を伸ばした姿勢でひたすら水を飲んでいた。

 その見た目や仕草は、普通の子供と同じだ。


「うーん……」


 思わず声が出てしまう。

 やっぱり気になる。


 この子は、あの遺跡の奥の、真っ暗闇の中で、人が来るのををひたすら待ち続けてた。

 鎧を着ることができた人には、その人に付いていったんだろうな。今、私に付いてきてくれているんだし。

 でもそれは、その人の最期さいご、死んでしまうときまで?


 私が見ていることに気づいたのか、ウェイナリアは水を飲むのを中断してこっちに目を向けた。

 私が鎧を必要としなくなったあとは、また遺跡に戻って、新しい鎧の主が来るまで、ひとりぼっちであの遺跡に残るの?


 それは、いくらなんでも、辛すぎるんじゃないかな。

 この子にあまり感情を表に出さないのは、そんな生活を、ずっと続けてきたからなのかも。


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