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どのくらいたったのか、たぶん一時間か二時間くらいだろう。ほかにもいろいろ考え事をしていたら時間がたってしまった。わたしはようやく立ち上がって、池をあとにした。もう部屋に戻らなければ。校舎の鍵を閉めるまでに15分しかないと、鐘が知らせていた。

 部屋に入ると、すでに3人は帰ってきていた。この時間だと、普通はそうなんだけど。

「エマ、遅いんじゃないの?どうしたのかと思ってたわ」ベスが聞いてきた。

「ちょっと校舎内を歩いていたの。その前は厨房の手伝いをしていて、ミセス・ウェストヴァンがお菓子をくれたわ」お菓子を取り出しながら、できるだけ自然に言えるように気をつけた。実際、この言い訳はよく使うから、本当っぽくなりやすい。

「ありがとう」お菓子を渡すと、ソフィが言った。「それにしても、よく先生たちに見つからなかったわね。運がよかったんじゃない」彼女が感心したように続ける。

「ほんとそうよね。でも、この時間だと誰も出歩いてないわよ」

「そうなのね。この時間まで出歩いてたことなんてないからわからないわ」メロディが言った。

「ほらね、誰も出歩かないでしょう。こういう人ばかりだものね」わたしは眉を吊り上げた。

「エマったら、おとなしいのにそういうところでは自由に行動するんだから。まあ、そこがいいところなんだけどね。おびえて何もしないよりは」ベスが最後の言葉をメロディの方に向けていった。

「みんなのことを悪いとは思わないけど、そういうのがばれたら退学になるわ。そうじゃなくても立場がなくなるし」メロディが言い返している。

「これまでばれてないでしょ。少しくらい羽目を外したって大丈夫だって」ソフィが言った。

「お好きにどうぞ。わたしはしませんからね」メロディはそう言うと読んでいた本を持ち直し、わたしたちに背を向けてしまった。

「ジェームズ・ティルベラーがどんな人だったか聞いてたところなの。よかったわね、彼と同じクラスで」ベスが恨めしそうに言う。

「ほんとにうれしいわ。べつに話すわけじゃないんだけど、彼ってホントにかっこいいんだから」ソフィがうっとりとした口調で言った。

「かっこいいことくらい知ってるわよ。クラスの女子がどれだけ噂していたことか。彼なら年下でも構わない。大人っぽい子だからだってさ」ベスがあきれたように目をぐるりと回した。

「そんなこと言わないで。一回見てみればわかるわよ」ソフィは笑っている。「そう思うでしょ、エマ」

「そうね。彼の瞳はほんとにきれいな色なんだから」わたしはそう返していた。

「エマも言うくらいなら、興味が出てきたわ。ソフィが言うだけじゃだめだけど」ベスが折れてうなった。

「なによ、わたしが言うだけじゃだめですって?」ソフィが聞いている。

「だって、あなたは誰でもそういうじゃないの。すぐに男の子に目が行くんだからね」ベスが言い返す。

 わたしは二人の会話から外れると、メロディの横に腰かけた。

「なにを読んでいるの?」そっと聞いてみる。

「高慢と偏見よ。ジェーン・オースティンの作品は大好きだから」

「そうだったわね。わたしも好きだわ。すてきな話だものね」

「ええ、いつかミスター・ダーシーみたいな人が現れたらいいのに」夢見るような口調でメロディが答えた。

「その前にエリザベス・ベネットみたいにしっかりした女性でいなくちゃね」わたしが返す。

「やめてよ。そういわれるのがいやでこっちに来たのに」メロディがあきらめたように言った。

「ごめんね。謝るつもりで来たのに。わたしだって気が強いわけじゃないわ。それにメロディがしてることの方が正しい。悪いことはしてないのよ」

「そうね。それにしても、あなたと話してるとわたしの方が年下みたいだわ。もっと大人にならなきゃね」彼女は本にしおりを挟むとぱたんと閉じた。

「そんなことないわ。あなたは十分大人よ。そうじゃないからわたしたちは口が悪かったり、門限を破ったりしてるの」

「わかったわ。そういうことにしておく」メロディは立ち上がると、バスルームに入っていった。

 わたしは自分の棚から《冬物語》を取り出した。わたしのお気に入りの作品だ。わたしが好きな作家はジェーン・オースティンとシェイクスピア。この作品は後者のだ。好きな理由はパーディタが最後には王子様と結ばれて、自分の本当の親にも会えるから。わたしの場合、羊飼いの親はないが本当の親が現れることはあるかもしれない。その気持ちがあるからこの本は初めて読んだ時から、わたしの一番のお気に入りなのだ。もちろん、そのほかの登場人物も大好きだけど。

「またその本を読んでるの?」気が付くと、ベスが隣にいた。

「この本はほんとに好きなの。おもしろいわ」

「わたしはあまり読書はしないのよ。メロディやあんたとは違うの」

「読んでみればわかるわよ。おもしろいし、本の世界に入り込める。素晴らしいものだわ」わたしは無意識に本の表紙をなぞっていた。題名の部分をなぞるのはずっとやっていて、なぜか落ち着くのだ。

「わたしも何か読んでみようかな。好きな本が見つかればいいんだけど、そんなこと

会ったためしがないんだよね」

「そのうち見つかるわ」くすっと笑うと、わたしは本で顔を隠した。読ませて、という意味だ。ベスは窓辺に行ったと思う。そこが彼女のお気に入りの場所だもの。

 本を読んでしまってベッドに入った後、手はポケットを探りペンダントを触っていた。わたしの両親が分かる唯一のもの。これについて何かわかれば、わたしは孤児じゃなくなるかもしれない。そしてこれは両親が持っていたことがあるかもしれないもの。つまり、これを両親が触った記憶をこのペンダントは残しているかもしれない。そのためか、わたしはペンダントを触るたび、心を癒されるような気分になるのだった。

 まだ今日は火曜日だ。それなのになぜ、こんなに疲れた気分なのだろう。しかも今日は両親のことを考えたり、ペンダントを気にしてばかり。

 理由は薄々わかっている。ジェームズ・ティルベラーだ。あの美しい転校生と目が合ったとたん、わたしは深緑の瞳に魅せられてしまった。輝いているようで暗くもある瞳。そのようなものを持っている人はそうそういない。彼には何かある。そのような暗さを持つ瞳になった理由が。ほかの人は気づいているのだろうか。瞳が暗くもあったことを。

 いいや、そんなことはないだろう。第一、暗いと思ったのは光の加減かもしれない。わたしの思い込みかも。そんなことはどうだっていい。

 気になるのは、どうしてわたしは彼のことが気になって仕方がないかということだ。そして、怖いのはわたしがあの瞳のとりこになってしまったような気がすることだ。


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