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「……時代ってこんな簡単にスリップして大丈夫なの?」
「簡単じゃないよ! 今の一瞬にどれだけのテクノロジーが詰まってたことやら!」
「いや簡単ってそういう意味じゃなくて、まず久世…さんがこの時代にとんで来たし、時空唐揚げ軍もとんでただろうし、俺たちもとんだし。そんなポンポンやっていいものなのかなって」
なんだかんだ彼女の名前を口に出したのは初めてな気がする。ずっと顔と名前の知る人物と一緒に仕事をしてきたので、新しく知った人の名前の呼び方がわからなくなっていた。
「ポンポンって…、まぁ言わんとすることはわかるけど。けど、余程大暴れしたりしない限りは案外大丈夫なものよ。さっきも説明しかけた、バタフライエフェクト。その逆が起こるだけなんだから」
バタフライエフェクト、その言葉の意味はなんとなく知っている。蝶が飛んだくらいの小さな出来事が波及して波及して最後大きい影響を与える、みたいな。その逆って、なんなんだ。
「ま、すぐに分かるわ」
いまいちピンと来ていたなかったのだが、色々頭を悩ませている間に、エントランスに白衣を着た女性がやってきた。
「どうも、お待たせしました! 受付からもう来ているって連絡を受けまして。すみませんねー!」
どうやら俺たちを誰かと勘違いしているらしい。久世さんは俺に、「ほらね」みたいな顔を見せてきたのだがイマイチわからない。
「ウチの会社に見学に来てくれた大学生だよね?」
「はい! そうです!」
久世さんは、やたら元気よく答えていた。そして今度は「話をさっさと合わせろ」と言いたげな顔をしている。俺も、「同じく、見学生です」と言っておいた。
白衣の女性は、真木と名乗った。真木さんは、「じゃあついてきてください」とすぐに歩き始めた。
「ごめん、まだよくわからないんだけど」
久世さんに尋ねると、彼女はため息をついた。
「だから、バタフライエフェクトの逆よ。私たちがこの時代に来たという大きな出来事が、それっぽい自然な形になって小さな出来事へと収縮するようになっているの」
なんとなく、わかるようなわからないような。…にしても、これを理解できなかったからと言って、そんなため息疲れる必要はあったのか?
階段を上がって3階、昇ってすぐの部屋に案内された。来客用というか、打ち合わせで使いそうな部屋、そこの机に会社案内に幾つかの資料、タイムスケジュールそれとボールペンが用意してあった。用意された資料の内容から察するに、研究職の大学生に向けた見学会みたいなのに俺たちは参加していると思われる。
「では改めて、月清食品の研究職のご案内をいたします!」
月清食品、それは生前オヤジの勤めていた会社だった。ボールペンを見ると、ローマ字でゲッシンとプリントされている。このボールペン、オヤジが家に持って帰ってきていた気がする。
「ざっと成り立ちから説明しますと最初は精肉の卸売り業が始まりです。そこから加工肉の販売、料理済みの販売と形を変えていき、最終的に今の冷凍食品や乾麺が一番の商品となっています。で、より良い冷凍方法とか、もっと効率の良い保存方法とか、美味しい冷凍食品を開発している場所でーーー」
ほとんどが知っている話だった。まだ俺がオヤジと話さなくなる前にある程度は聞いていたから。しかしその話していた内容を実際にこの目で見られる日が来るとは思わなかった。
「では、いくつか研究室を回っていきますか。代表的な部署を説明していきますね」
再び部屋を出て、いくつかの部屋を説明された。重要資料がありそうなところは案内されなかったが、表面的な作業を見られる分には問題ないであろう箇所だけ入らせてもらって、担当者から説明を受けたりもした。その幾つかの部屋の一つに、オヤジがいた。ずっと昔の、オヤジ。完全に俺が生まれる前だし、きっとオフクロとも結婚する前だ。当たり前だけど死んだ時よりずっと若かった。
説明会の最後は、一階の食堂での食事だった。まあ、察するに開発された自社商品を頂けるのだろう、当然の如くその予想は当たった。しかし料理人からすると、やはり当時の冷凍・保存技術の甘さは簡単に感じ取られる。
しかし、当時からすればとんでもない技術の結晶だったのだろう。真木さんは語っていた、やはりまだまだ本物の『料理』には勝てず保存食としての側面が強すぎる、と。しかしそれでも月清は研究を続け、理想はウチの技術で料理を楽で楽しく感じてもらう、そんな風になるのを願っている。それは、相反した願いなのではとも考えたのだが、確かに人生で初めて乾麺を作ったのが、人生で初めての調理だったのかもしれない。あそこから作り上げる楽しみを学んだ…のかもしれない。
スケジュール通りに終了し、建物を後にした。真木さんの様子からこの説明会は、何度もやり慣れたものなのかもしれない。きっと、何度もやっているうちの、取るに足らない説明会の一つに過ぎないのだろう。確かに言われてみればこの時代にとっては小さな出来事だ。