⑥
勤務時間を終えて裏口から店を出て駅まで歩く途中、誰かに尾けられている可能性に気付いた。お金を下ろそうとATMに立ち寄り、そこから出た際電柱の後ろに隠れている男が見えたのだ。その瞬間は本当に尾行なのかどうかの判断はつかなかったのだが、まずそこでその男の雰囲気を覚えてしまった。そして気まぐれに自販機でお茶を買った際に、その男は俺が自販機の前で立ち止まっている間、同じように足を止めていたのが視界の端に入った。単に駅まで歩くだけならば、俺をどこかのタイミングで追い抜かしていないとおかしい。尾行されているのは、決定的と考えて良いだろう。
何故尾行されるのか、誰が尾行しているのか、色々と考える必要はあるのだがとりあえず今は振り切ることに集中しよう。勝負は電車だ。これほど混雑している電車をありがたいと思った日は無い。俺は一番後ろの車両に乗り、この時はまだその男がどのあたりにいるのか把握できた。前車両に移動し、タイミングを見て一旦電車を降りた。ホームで若干また後方車両に戻る。家の最寄り駅で降りた後再度周囲を確認すると、先程の男はいなかった。どうやら振り切るのには成功したらしい。
改札を出て家までの道中、二、三回後ろを振り返ってみた。さっきの男はいなかったのだが、別の男に見られていた。
このまま家に戻って住所を特定されるのは非常にまずい。複数人数で尾けてくる相手だから何をされるのかわからない。夜道で一人になる瞬間もまずいのではないか。例えば拉致が目的であれば、住所を特定せずともそのタイミングで問題ないはずだ。とりあえず駅前商店街を往復して策を考える必要がある。しかしやはり気になる、なぜ俺がこんな目に逢うのだろうか。人に恨まれる事でもしたか? 知らない借金でもあるのか? とんでもない科学兵器を生み出し、闇の組織からその頭脳を求められているとか? いや全く心当たりはない。大体俺が、最近何を生み出した。
……あった、唐揚げだ。俺は最近、唐揚げを生み出した。しかし唐揚げを生み出したぐらいでこんな事起こるのか? 色々思うところはあるが、とはいえ若干の心あたりはある。あの会見でのヤジだ。あのヤジの正体が俺を狙っているのかもしれない。
推測が立ったところで、どう逃げ切る。もう駅前のコンビニ前も三回は通過しているが妙案は浮かばない。痺れを切らしたのか、奴も歩く速度が上がり近づいている気がする。商店街の終わりに着いたら折り返す予定なのだが、それも難しそうだ。折り返し奴の横を通過する瞬間までは近づく必要があるし、その際強制的に拘束されるかも。
俺は考えに耽りすぎて、前から来る大学生らしき集団に気づかなかった。俺はその集団の間を割って入る形になった。そして俺の体が完全に隠れたその瞬間、左手を誰かに思いっきり引っ張られた。全身がビルとビルの間の狭い路地に入り込むのと同時に、口も抑えられた。俺に触れていたのは、華奢で色白な手のひらだった。そのままクーラーの室外機や飲食店のゴミ箱の裏にまで連れられ、さらに姿勢を低くさせられた。
「しっ! 静かにして! 私は貴方の味方よ!」
「んー! んー!」
何が何だかわからない。それに口の押さえ方が強すぎて苦しい。
「落ち着いて! 落ち着いてってば!」
「ちが、強すぎて…!」
「あぁ、ごめんなさい」
やっとまともに呼吸ができるようになった。そこで初めてその手の正体を見ると、髪の長い女性がいた。
「はあ、はあ、誰でしょうか…?」
「びっくりするのも無理はないわね。自己紹介するわ。改めて、私は貴方の味方よ」
「えっと、それはさっき聞いたんですが」