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数ヶ月後、俺は再び本社に来ていた。俺本人としては、この唐揚げがこんな展開を迎えるなんて思いもしなかった。
本社の会議用ホール出入り口。その扉を開くと、数々のフラッシュが俺の虹彩に飛び込んできた。シャッター音が重なると意外とうるさいのも、この時知った。このコンペが開催された当初、社長、広報担当、エリアマネージャー、この人たちと肩を並べて記者会見に参加するとは思いもしなかった。
「えー、それではまず、今回の業務提携についてご報告とさせていただきます。まずそちらにいる阿部孝宏社員が---」
社長が、説明を始めた。俺の唐揚げは思っていた以上に汎用性が高く、色々な展開が出来ると踏んだらしい。作り置きにも向いているし、出来たてでも味が良い。味付けの幅もかなり広く、チーズや唐辛子にカレー等色々とできる。これに気づいたエリアマネージャーが企画を出し、コンビニチェーンと提携して、骨なしチキンや肉まんの一角に並べようという運びになったのだ。以前の世界では当たり前だったところまで、やってきたのだ。これは会社の歴史の中でもかなり大規模な事業拡大である。そして俺は、その拡大にあたり製品監修のために召集された。
「この鶏の唐揚げは、手軽さと満足感がかなり高いレベルで同居しております。そのため店で手間暇かけて調理して提供する他にも、晩のおかずに加えて頂けたり、小腹の空いた時のおやつとなったり出来ると考えました。そしてこちらから、お話を持っていき、今回の商談が成立したとうい運びになります。以上です」
今回の事業提携は、小売業界や食品業界から見ても珍しかった。『チェーン店の味をコンビニでも!』的なコラボ商品は幾つかあったのだが、完全な新商品がこうなったのは、これまでにはない。カレーの弁当をカレーチェーン店の味にしたりドーナツをドーナツ有名店の味にしたりはあるのだが、そもそも唐揚げはこの世に存在していなかったのが注目点となっている。
「それでは、質疑応答の時間に入りたいと思います」
記者がそれぞれ落ち着いて挙手をして、質問を述べていった。
「金額はいくらぐらいで提供予定ですか?」
「いつ頃から並べ始める予定でしょうか?」
「どのようにして唐揚げは誕生したのでしょうか?」
「このパクリ野郎がよぉ!」
「おそらく食べ歩く形にもなるのかと思われますが、どんな提供方法になるのでしょうか?」
「普通の唐揚げじゃねぇか!」
俺には幻聴なのかどうかわからなかったのだが、罵倒する声が聞こえた気がした。
その日から、誰かに尾行されている気がする。