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 本当に唐揚げがこの世から無くなったのか? それを確認するのは非常に難しい。オフクロの言動も今思えば辻褄が合うのだが、「俺の作った唐揚げ」を食べた事がないという意味でも通用する会話だった。メニュー表だって二日間の休みに刷新されたのかもしれない。他の店では全然存在している可能性だってある。

 仕事終わり、着替えもせずにロッカールームで携帯電話にて検索をかけてみた。『唐揚げ』『鶏の唐揚げ』『唐揚げ メニュー』『揚げ物 鶏肉』『鶏肉 揚げ方 種類』考えうるパターンをいくつも試してみたのだが、小エビをカラごと揚げたアレしかヒットせず、いつも食べていた鶏の唐揚げは見当たらない。それに、竜田揚げは存在したし、チキンソテーやチキンカツはある。つまりは鶏の唐揚げだけがすっぽりと存在していなかったのだ。念の為コンビニにも行った。今まではレジ横のホットスナックで唐揚げの串やカップに入った唐揚げが売られていたはずだ。これも無くなっていた、フライドチキンや骨なしチキンは売っていたのに。

 まだ帰り支度を済ませていない同僚にも聞いてみよう。

「…なあ、鶏肉を揚げた、一口サイズから拳ぐらいまでのサイズ幅がある料理って正式名称なんだっけ?」

 なんてアホな質問なんだ。単語名が分からなくなったボケ老人じゃないんだから。同僚も、急に何を聞かれているんだ、と言いたげな顔をしている。

「えっと、フライドチキン? いや一口サイズじゃないもんなアレ。そんな料理ある?」

「…だよな、そんな料理無いもんな」

 マジか。俺はパラレルワールドに来てしまったのか? それとも唐揚げの存在を無くしてみるという俺にかけられた壮大なドッキリなのか? あるいは唐揚げなんてものは元々存在せず俺の妄想でしかなかったのか?

 別に唐揚げが大好きだった訳ではないのだが、なんだか悲しくなった。過去の悲劇が忘れ去られるとか、ブームが過ぎ去り大量に売れ残った商品とはまた異なる悲しみ。なんというか、自分の中ではレベルが高く且つ大好きなアニメやゲームを俺しか知らなかった時のあの感じ。

 しかし、別に俺が何かに困ったり仕事に支障をきたすものでもないし、そんなレベルなのだから放っておいても問題は無い。俺が世の中に「実は唐揚げって料理があって…」なんて布教活動をするのも意味が分からない。記者会見を開いて「鶏の唐揚げはぁ…ありまぁす‼︎」なんて涙ながらに訴える義理もない。悲しみはそっと胸の奥にしまっておいて、何かのきっかけで唐揚げが帰って来ればそれでいいのではないだろう。

 そう考えていた。同僚から次の言葉を聞くまでは。

「そういえばさ、阿部は新作コンペ参加すんの?」

 忘れていた。それがあるんだった。これを思い出し、俺は一瞬で、誰もが簡単に思いつく、シンプルなアイデアが湧いてきた。

 三週間後の新作コンペ。そこで鶏の唐揚げを出すと、どうなる? いけるか? 流石に無理か? いや、試してみる価値はあるんじゃないか? もしかしたら、俺にとんでもない幸運が舞い込んでいるのかもしれない。

「あー、参加するわ」


 それからは、それなりに充実した日々が始まった。仕込みを早く終わらせたら仮眠を取るのではなく、肉に味を染み込ませる方法を考えたり、食材や揚げ衣によっての特徴を調べたり。店で何種類か鶏肉料理があるのも好都合だった。調理している間も、本社から提示されたマニュアルを馬鹿正直に守るだけだったが、加熱具合での肉の硬さの変化や部位の特徴を意識的に確認するようにしている。今までの勤務時間と比べて急に短く感じるようになった。それと、試行錯誤の記録もノートや携帯電話の動画に納めている。これは俺がコンペで出した後から本社が「こっちが先に考えていたんだ」なんて言い出されても、「○月○日の時点でアイデアが固まっていた」と主張できるようにである。念には念を入れておこう。

 正直、ある程度の手間をかければ、ある程度の質の唐揚げは完成する。いっぱしの料理人なのだからそれぐらいは容易だ。けれど、俺はそこで止まらなかった。なぜなら俺は、いっぱしの社会人だから。シンプルに金が欲しい。社員用の掲示板に書いてあったのだが、採用されると賞金五〇万と、実際に店に出しての売れ行きや利益金額によってボーナスが出る。しかも出世の可能性も出てくる。そんなチャンスが、はっきりと目の前に転がっているのだ、手を伸ばさない訳が無い。

 漬け込みダレなら、醤油・みりん・料理酒・ニンニク・生姜・塩・出汁…、これらの種類。衣の小麦粉、片栗粉の分量はどうするか。ただ揚げるだけでも、温度、時間、油の種類、他にも油の深さ。そもそも思考停止でモモ肉を使って良いのか? 鶏肉を揚げて終わるだけの料理だったのだが、急に奥が深く感じられる。

 自分一人では限界があったので、オフクロとオフクロのご近所の知り合い、パート先の人なんかにも協力してもらった。若干おばさんの割合が多かったのだが、ある程度老若男女バラけてくれた。しかし、揚げ物を年のいった親世代に食べてもらうのは若干申し訳なかった。賞金で胃薬でもプレゼントしよう。

 料理に絶対的な正解は無いとはいえ、方向性としての正解はある。今回のこの唐揚げ作りにおいて、その方向性が存在しない。誰も漬け込みダレの調味料でそれらが使われている理由を知らない。小麦粉と片栗粉の混ぜる割合の食感への影響も自分で検証しなければいけなかった。この過程は面倒だしダルいし、何より怖かった。その分量のパターンで作って、他の人にも味見をしてもらって、それがクソ不味かったらどうしよう。そんな不安にずっと苛まれた。けれど人間とは不思議なもので、考えて、試して、調べて、知っていくのは不思議とワクワクした。カードゲームで自分の持っているカードの効果を読んで頭を捻って、デッキを作っていくあれに似ている。それと、高級店ではないので原価も考慮して良い食材ばかりを集めるわけにもいかない。光っているカードはなかなか集められず、多くはデッキに入れられないあたりもカードゲームと似ているみたいだ。


 そして俺は、準備万端でコンペ当日を迎えた。


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