②
そういえば、二日連続の休みは久々だった気がする。ヘルプだなんだと、週休2日は取れていたのだが、不規則な週が多かった。
…季節の変わり目だし、久々に実家戻るか。駅前で食材も買っておいて、オフクロになんか作るか。メニューは…、その時安いのにしておこう。
電車の帰り道、休日のやる事リストを何となく頭に組み立てておいた。
翌日はあいにくの大雨だった。服を取りに行くというのに随分嫌なタイミングだ。なんかもう色々と面倒だったので、駅から一〇分程度の実家までの道のりで、わざわざタクシーに乗った。食材は、一旦帰ってから車借りてスーパーに買いに行こう。自宅から実家までも大した距離じゃないし、頻繁に開発が進んだり頻繁に店が潰れたりするほどの田舎でもない。徒歩を楽しむ必要もないのだ。タクシーの窓は、見慣れた景色が流れ続ける。
と、その時だった。大雨の騒音をさらに押しのけるような、轟音の雷が、近くに落ちた。信号機が止まっていたし、通り沿いのファミレスやホームセンターの看板の光、スポーツショップの電光掲示板が消えていた。ほとんどの車は停止し、俺の乗るタクシーもその一台だった。クラクションが鳴り響く中、警察らしき人が慌ててやってきて、交通整理的な事を始めた。雨の中大変な仕事だ。料理人が雨に打たれるなんてそうそう無いから、屋外で作業をする人を見かける度に料理人でよかったと思う。まぁそれ以外は料理人でよかったとあまり思わないのだが。
程なくして、予備電源が作動したのか復旧操作が終わったのか、信号機が動き始めた。携帯電話でニュースサイトを見てみると、さっきの停電はかなり規模が大きかったらしい。なんなら雨が降っていない地域でも発生したとか。
実家に着くと、オフクロは早速停電の話題をあげてきた。
「大丈夫だった? 結構いろんなとこの電気止まったてね」
「らしいね。オフクロこそ、っていうかこの家こそ大丈夫だったの?」
「まぁ電気止まったわよね、そりゃ」
「だよな。電球とか切れてるとこあったら言ってね。今日のうちに取り替えるよ」
「いやそんな老人じゃないよ私」
「天井届かないでしょ」
「背伸びすれば」
「危ないって」
久々に実家に帰ってきた息子と、その母親はおおよそこんな感じの会話をするのだろうか。あまりにも定番そうな内容なので、変化を求めている俺としては発想の貧弱なやり取りなので、悲しい気分になった。
「じゃあ、スーパー行ってくるよ。食材買ってくる。作り置きもしようか?」
「あー、うん、お願いする」
「夕勤って何時から?」
「五時からだから、晩ご飯用の弁当も作ってくれるとありがたい」
「分かった」
車を借りてスーパーに向かった。
さすが日本である。さっきの停電の影響を微塵も感じさせない営業ぷりだった。何も変化も変哲もなく、営業している。べつに冷蔵の機械が壊れていたっておかしくないのに。野菜も肉も普通に冷やされているし、アイスのケースも作動している。最早停電したのかすらわからないレベルである。
今日はたまたま、鶏肉が安かった。ちょっと重いかもしれないけど、鶏モモの唐揚げでも作るか。弁当は鶏肉で炊き込みご飯と、魚系で見繕っておこう。値段が安いものがあると助かる。すぐにメニューが組み立てられる。
オフクロはこことはまた別のスーパーでバイトしているのだが、シフトの時間帯の関係で遅めに昼食をとっている。そのおかげで、手抜きや簡略化無しで唐揚げを作れた。
「お、なにこれ。良さそうじゃん」
「なにこれって、唐揚げだよ」
俺は半笑いしながら答えた。
「えー初めて食べるかも」
「あれ、俺唐揚げ作ったの初めてだっけ?」
「うん、食べたことないと思う」
そうだったのか。こうして実家に戻って俺が料理するのは何度かあったが、唐揚げは今まで無かったらしい。言われてみればあまり店で作らない、洋食系が多かったかもしれない。
「うわ、これ何の肉? 高いいいヤツじゃないの?」
「いやスーパーで買ったやっすい鶏だよ」
オフクロは昔から誉め方が下手な気がする。年齢を聞いてから、わざとらしく「えー、そんな歳に見えなーい!」みたいな。
弁当を作った後はテレビを見ながら適当に話した。中学の友達が結婚していたとか、近所のお菓子屋が移転したとか。その日はバイトに行くオフクロを見送って、翌日はグダグダしてから本来の目的である服を入れ替えて、また昼食だけ作って家に帰った。
そして翌日。いつも通りの勤務が始まる。朝早く起きて職場に来て着替えて厨房掃除して野菜を切って肉を切って、サラダは一〇〇皿ほど作っておく。仕込みを終えてまた仮眠をとって、朝礼に合わせて起きる。今日も仕事の時間だ。
「生姜焼き定食一丁お願いします」
「かしこまりましたー」
「かけそば一丁お願いします」
「かしこまりましたー」
「とんかつ定食お願いします」
「かしこまりましたー」
「塩サバ定食お願いします」
「かしこまりましたー」
「とんかつ定食お願いします」
「かしこまりましたー」
俺はここでやっと、ある違和感に気づいた。そしてピークの時間帯が終わると、すぐにその違和感の正体を確かめに行った。俺は店に出ているメニュー表を開いた。
そこには、唐揚げ定食が、いやサイドメニューとしての唐揚げすらも、全て無くなっていたのだ…。