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 現代に唐揚げを取り戻すためにやること、それはオヤジの封印したレシピを消してしまう事。そうすれば盗まれる可能性は完全にゼロになるので、最強の冷凍食品誕生による唐揚げ消滅のバタフライエフェクトも発生しなくなる。俺たちは時代を少しだけ移動し、皆が寝静まっている時間帯のうちにオヤジから会社の鍵を拝借した(無断で)。いとも簡単に建物に入れたし、そのレシピもパソコンから見つけた。この手の研究施設でパスワード設定を『1234』にしているのは不用心すぎる。データの最終更新は、数年前だった。

 しかしせっかく開発したオヤジはどう思うのだろうか。残念に思うのか、どうでもいいと思うのか。いや、もしかしたら封印している以上必要ないものと認識しているのかもしれない。それは誰にもわからない。

「念の為説明しておくけど、このデータを削除するという事は、唐揚げが無くなった未来も存在しなくなるからね。それは、わかっていてね」

 久世さんはそう言った。そういえばそれを忘れていた。唐揚げが存在する以上、俺の成功も出世も、さらには賞金もなかった事になる。俺は時空唐揚げ軍に追いかけまわされていたせいで、それがすっかり頭から抜け落ちていた。…正直、非常に悩ましい話だ。ここで彼女の邪魔をすればデータは消されず唐揚げが消える。未来で俺が唐揚げ軍側につけばきっと金も入るだろう。邪な考えだが、ずっと何かしらの幸運を待ち望んでいた俺からすればとても残念だ。俺が手にした幸運を、俺が自ら手放すのだ。

 俺があれこれ悩んでいる間に、彼女はさらに付け加えた。

「もう一つ言っておくと、レシピを消しても君のお父さんは現代で生き返るわけじゃないからね」

 まあ、確かにそうだ。あくまでバタフライエフェクトにはそれぞれ要所があって、そこを点かないと意味がない。俺は、この説明が妙に頭に引っかかった。そこから短い時間でいくつもの自問自答が始まった。

 オヤジは事故で死ぬし、それに何よりオヤジに生き返って欲しいなんて思わない。オフクロはそうじゃないかもしれないが、けれど少なくとも今はオヤジの死を乗り越えている。他にも、別の要因で死ぬたびに生き返る選択肢に修正するのか? 今度はオフクロが死んだ時にまた修正するのか? きっと俺は、そうはしないだろう。俺は心の底で、そんなズルをしてまで都合よく物事を進めたいと思わないタイプらしい。

 それに気づいた時、邪な考えは薄まっていた。俺が唐揚げを生み出したのは、どこかズルをしたという感覚があるのだ。確かにそれなりの努力はしてきた。けど、この先立場が上がったり金を得たりする度に、『あの時ズルをしてしまった』という言葉が自分にのしかかったままになるだろう。

 もっといえば、オヤジが死んでオフクロの代わりに料理もするようになって、そういうふうに人生が成り立ってきた。過去の失敗も過ちも何もかも、今の俺に繋がっている。特に今の自分が最高で自分大好き人間ではないのだが、過去のいい思い出や都合のいい部分だけでは今の俺でもいない。俺はそれをわかっている。

 それに気づいた時、邪な考えは失われていた。世界から唐揚げが無くなっている間、俺は幾つもの懐かしい感覚、体験を思い出した。俺は別に、この出来事で得たのはなにも成功、出世、賞金だけではない。もっと別の、もっと大事なものを手に入れられたのだ。それで十分だろう。

「なぁ、データの削除なんだけどさ、俺にやらしてくれないか」

 彼女はこの申し出を快く受け入れてくれた。

 データの削除処理の間、戻ったら何をするか考えた。まずは、店でもやめるか。やめてもっと、いろんな料理できるところでも探してみよう。


   ・・・


 久世さんは現代に戻った後「修正が終わった以上、これでお別れですね」そう告げて消えてしまった。食事に対してガサツな彼女だったのでもっと色々と振る舞いたかったのだが、仕方がない。

 時空唐揚げ軍がさらに歴史を上書きするのではという疑問もあって、それを久世さんに聞いておいたのだが、それは実質不可能らしい。データの封印はオヤジの死を機に解かれ、そこを盗まれた。しかし俺たちは完成してから何年も放置されたものを特に指標も何もないタイミングで削除した。時空唐揚げ軍側が削除を止めるには、俺たちが現場に居た瞬間に居合わせなければならないが、数千日以上あってしかもその中の時間帯も不明であればその時間を探し当てて移動するのは実質不可能だ。それに何より俺たちが削除している間時空唐揚げ軍が現れなかったのだから、それが上書きのできなかったという証拠になる。


 戻ってから二ヶ月、転職活動みたいなのを続けた。その結果、この店で一〇〇皿のサラダを作るのも先週で最後になった。今日から新しい場所での仕事だ。世の中には唐揚げは存在するし、オヤジもいないまま。俺がもし歴史に唐揚げを取り戻さない選択肢を取ったら、ずっとあの会社で唐揚げを作り続けていたのだろうか。それはそれでゾッとする。俺が店を止めるのは副店長が残念がってくれたけど、同時に応援もしてくれた。『もしかしたら追いかけるかも』なんて冗談も言っていた。あの人のことだから案外冗談ではない気がする。


 新しい仕事場は小洒落ているという印象の、ゆったりしたスペースが何席も用意された店だった。ピーク時間はなかなかに忙しいらしい。ダラダラ働いている人のほうが少ないし、けれども緊張感がありすぎるわけでもないという、ちょうどいい刺激的な環境だ。

 新天地での初出勤、店を開けて何人もの客に料理を提供した。

 その中には、見覚えのある華奢な手をした客もいた気がする。


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