隣家には魔物が住んでいる
隣家に魔物が住んでいるというので、退治しに行こうと思う。
「止めておきなさい」と母が言う。「お隣さんにだって事情があるでしょう?」
「事情?」と僕は首を傾げる。「どんな事情があれば魔物が人の村に住むっていうんだ」
「それは分らないけど……。だからって、いきなり退治するのはどうかと思うわ。今までご近所付き合いしてきたじゃない」
母の言う事にも一理ある。
魔物と知らなかったとはいえ、隣に住む者同士、摩擦無く交流できていた。それを魔物だからという理由だけで退治しようとするのは、人として問題あるのかもしれない。
「だったら、探りを入れてくるよ。何か企んでいないかをさ」
「それもどうかと思うけど」と母は考え込む。「穏便に済ませられるの?」
「相手の出方次第だよ」
「危険な事はしないでよ?」
「大丈夫。隙を見せた瞬間、叩き切るつもりだから」
「それを危険な事って言うのだけれど……」
心配そうな母に見送られ、僕は隣家へと赴く。
「御免下さい」と僕は隣家の扉を叩く。「何方かいませんか?」
「はーい」と声が聞こえた後、少し間を置いて扉が開く。
「あれ? アルトくんじゃない。どうしたの?」
顔を覗かせたのは、幼少から付き合いのある女の子、ラナだった。
「訊きたい事があるんだ」
「訊きたい事って?」とラナは首を傾げる。
「企て事があるんじゃないのか? この村を壊滅させるとか」
「ええ!? 私がなんでそんな事しなくちゃならないの!?」
「魔物だから。ラナが魔物だっていうのはもう分っているんだ」
ラナは驚いた表情を浮かべる。が、すぐに気を取り直し、「気付いていたんだ」と言う。
「最近だけどね」
「それで? アルトくんのことだから、退治しにきたんでしょ?」
ラナは顔を伏せる。
「初めはそのつもりだった」と僕はラナを真っ直ぐに見つめる。「だけど、今は違う」
「……アルトくんは、敵に容赦ないでしょ? 魔物なら尚更じゃない」
「否定はしない。それでも、敵対しない者には寛容さを持ち合わせているつもりだ」
「なにそれ」とラナは顔を上げる。そこには呆れたような、それでいて安心したような笑みがあった。
「で、どんなんだ? 何か企んでいるのか?」
「何も企んでいないとして、それをどう証明するの?」
言われてみればその通りだ。言葉だけではどうとでも言える。
「襲撃の計画書は持っていないか?」
「持ってるわけないでしょ。ってこれも証明が必要なのかな」
物的証拠がないのであれば仕方ない。
「今後、付きっ切りでラナを見張ることにするよ」
「それって……、ずっと側にいてくれるってこと?」
ラナは何かを期待するように僕を見つめてくる。
「ああ。そうすれば、危険かどうか判断できるはずだ」
「もしも、……もしもだよ? 私が危険な魔物になったらどうするの?」
僕は迷わず答える。
「その時は叩き切る」
「なら安心だね」
そう言ったラナの笑顔はとても綺麗だった。
ラナと暮らすことになった。
この状況であれば、ラナが人間を襲うことはできない。
こうして僕は、魔物を退治した。