雨脚
世界で一番つまらない灰色の世界
1,2,3,4
空が少女をはやし立てるように雨粒を落としてきた。
なんでこんなところにいるのかもわからなくなった少女は座り込んでしまった。
空はそれを責めるように雨脚を強める。少女の制服は濡れてしまい、鮮やかの紺色のブレザーは重たげに色を濃くしている。
少女の手には一輪の真っ白な百合の花。こちらは雨に濡らされて、元気を取り戻したのか、曇天の世界には似つかわしくないほどの眩い白に包まれている。
ずぶ濡れのブレザーが煩わしくなった少女はボタンを外し、目の前へと脱ぎ捨てた。水を含んだブレザーはひらひらと舞うはずもなく、なんの未練も、迷いもなく少女の手から離れていく。
雨が少女を責めることをやめる気配はなく、むしろこれから強くなりそうなほどだ。
ボタンがアスファルトに跳ねる音とブレザーが地面を包む音が響く。なんとも頼りないそれらの音は少女の耳には届かなった。
カッターシャツになった少女の肌は白く張り付き、百合の白さにも引けを取らないほど透き通っていた。一点だけ青黒くにじむのは、両膝を抱える両手首、幾重にも重なるその線は少女が生きようとした証である。これらが消えてしまうとき少女はこの世界に自分がいなくなるような気がしてやまなかった。
目を閉じている少女の瞼を赤く染め上げる雷。雷鳴は遅れて彼女の耳に届く。少女はゆっくりと目を開け周囲を見渡す。
この雨の中、傘を差さずに道を行くものはおらず、だれも少女の姿には気が付かない。少女は灰色の空とカラフルな道を交互に見て、世界がひっくり返っているみたいだと思った。いつみても空は最高でも二色で彩られているように思えるが、少女はいつも空のカラフルさに惹かれていた。
地平線に向かうにつれグラデーションに白んでいく空、夕方になればまずは黄金色の日が差し、オレンジになるころには鳥たちが黒い斑点を描きながら巣に帰っていく。
それは雨の日であっても変わらないはずだった。雲の色が灰色から黒色までまんべんなく敷き詰められる空を少女はむしろ好んでいた。
しかし、今、少女の目の前に広がる空は灰色一色でなんの味気もない空だった。
空もまた、彼女の最後を悟っているのだ。
誰にも歓迎されない最後を知った少女は立ちあがる。
少女が座っていた形に灰色が残っていたが、それもまたすぐにかき消されてしまった。
雨脚は一層強まり、少女の視界を曇らせていく。少女の後ろから殴りつける雨はやはり少女の後押しをしているようだった。
少女はさっきブレザーが見せてくれたお手本のように飛んだ。落ちている最中くらいは大好きな空を見たいと思う背中から飛んだ。
視界の端を通り過ぎてゆく逆さまの世界を存外つまらなかった。
また、少女めがけて落ちてくる雨粒も温度がなく、まったくそこにいるのかどうかもわからないほどつまらなかった。
しかし、空だけは違った。さっきまで手が届きそうなほど少女の誓うにいた空は今はもう到底届きそうもない。しかし、流石に空も少女を哀れんだのか、空が少女の最後の光景に選んだのは満天の星空だった。
少女の目にはさっきまでは考えられに程の星空が、カラフルな星空が広がっていた。赤、黄色、緑、青、オレンジ、紫。とても絵の具だけでは描き切れないような光景がそこにはあった。
そうなってくると雨粒も態度を変え、彼らは落ちてくる流れ星のように振舞った。
少女は微笑んだ。優しく、後悔もなく。
夢の時間の終わりを告げるように少女の足が遅れだす。切れにそろえられた爪がどこかよそよそしかった。
次第に一番先を行くのが少女の頭になって来た時、人々がざわつきだす。
しかし、今、少女の感覚の全ては最後の夢を思い返すことに使われ、それらの雑音は耳に届かなかった。
辺りに響き渡る少女の音は空に届き、答えるように雷鳴が鳴った。